第二話 ルームメイト
帝都は人が溢れ返る程、賑わっていた。
世界的に見ても大国の一つに数えられる、オリアス帝国は当然ながら人口も多い。元々は戦争で国土を増やしていたため、多種多様な国の人間が闊歩している。
当然ながら亜人も帝国に住んでいるが、帝都ではあまり見られない。
実は奴隷解放宣言への反発が最も大きかったのが、帝国の中でも特にこの帝都なのだ。
何百年もの間、帝国の魂に根付いて来た人間至上主義。
最早プライドと言っても良いほどに、帝都の民は人間である事に誇りを持っていた。
「おい、あれ見ろよ」
「半森人か」
「チッ。気持ちが悪い」
「人間でも森人でも無い、中途半端な生き物だな」
直接声を掛けられる事は無いまでも、聞こえる程度の声量で陰口はあちこちから言われた。
軍事国家でもある帝国は軍人と、軍人になろうとする士官学校の生徒には敬意を持って接するものだと思ったが、違ったらしい。
いや、それも半森人の俺だからか。
「リュート・マイリヒト・リスト訓練兵です」
しばらく歩いて士官学校の寮に到着した。受付のおばさんに名乗ると、あからさまに嫌そうな顔をされた。
「ああ、アンタが……。部屋は2019号室だよ」
流石にその対応は無いだろうと言う事も出来るが、今更だな。
鍵を受け取り部屋に向かう。
ちなみに士官学校では同じ部屋をもう一人の生徒と一緒に使う。つまりルームメイトがいるわけだ。
王族貴族の跡取りが通う貴族学校では個室らしいが、まあ比べる物では無いな。士官学校を卒業して戦場に行けば、赤の他人と雑魚寝する事もあるだろう。これも訓練の一環だ。
「失礼します。本日より同室になるリュート・マイリヒト・リスト訓練兵です」
正直、同室の相手くらいは半森人の事を嫌がらない人であって欲しいが……。
「わあっ! 待ってたよ!」
「えっ、あっ」
「僕はアレックス・ティナ・オーティス! 三年生だけど階級は一等兵だよ! よろしくね!」
勢いに圧倒される。
彼、アレックス一等兵は俺よりも身長が高く、恐らく180近いだろう。まるで磨かれたばかりの剣の様な銀の髪を短く切り揃え、全体的に細いがしなやかかつ俊敏な体さばきは剣豪のそれだ。一瞬の出来事だったが、彼が相当な実力者だと言う事が良く分かった。
しかし、それと同時に俺はあまり他人に握られた事が無かった俺の手を包み込んだ彼の手を凝視していた。
「あっ、ごめんね! 馴れ馴れしかったよね?」
「い、いえ。その……」
アレックスは慌てて手を離すが、少し暖かい手の甲に残る温もりが、喪失感を加速させた。
手を繋いでいたかったと言うわけじゃないが、心を曇らせたこの不安の正体を聞かずにはいられなかった。
「俺は半森人です。嫌じゃないんですか?」
「うん? ああ、そういう……」
何事かを察したアレックスは、優しく微笑んだ。
「僕はそんな事気にしないよ。だって、君は同じ帝国の仲間で、僕の後輩のリュート君なんだから」
「あっ、ああ……。うぅっ……」
良かった、と。心の底から安堵した。
リスト子爵家の人間以外にも、偏見を持たない人間がいるという事実に希望を持つ事が出来た。
ずっと不安だった。帝都に来てからの蔑みの視線。帝都の人間から受ける心無い言葉、態度。
正直、舐めていた。
リスト子爵領の比じゃ無かった。
「えっ、大丈夫!? ご、ごめんねっ。嫌だったよね?」
でもこういう、偏見を持たない人もいるんだなぁ。
「ははっ。いえ、ごめんなさい。思い出し泣きをしてしまって」
「思い出し泣き!? それはそれで気になるけど……」
アレックス先輩は本当に良い人の様だ。
俺は失礼が無いように、少しだけ溢れた涙を拭う。
「これからよろしくお願いします。アレックス先輩」
「うん! よろしくね、リュート君!」
改めて硬い握手を交わした。
これが俺と将来的にも長い付き合いになるアレックス・ティナ・オーティスとの出会いだった。
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