第十七話 決着
「このっ、クソ野郎がぁあああああっ!」
ベルウェスト兄様が叫び声を上げ、降り注ぐ凡そ三十の炎弾に対抗すべく、剣を振るった。
……七、八、九。
次々に剣で切り落として行くが、全てを切り落とすのは不可能だ。
斬り損ねた炎弾が一発、二発と続けて直撃してしまい、ベルウェスト兄様は感情を荒げて魔法を使った。
「クソが! “炎壁”!」
次々に襲い掛かる炎弾に嫌気が差したのか、ついにベルウェスト兄様が魔法を使った。
炎弾は防がれたが、魔力を使わせた。
「“風切”! “炎槍”!」
「このっ……、“炎槍”!」
ベルウェスト兄様は風の刃は切り落とせたが、流石に炎槍までは対応できないと判断したらしい。同じ“炎槍”をぶつけて、相殺した。
着々と魔力を使わせている。
元々の魔力量が違うんだ。
同じだけ魔法を使っていても、先に無くなるのはベルウェスト兄様だ。
「“乱土礫”!」
「くううぅぅ!」
いくつもの石の礫が、ベルウェスト兄様に襲い掛かった。
何発も身体に当たっているのに、維持でも魔法を使わないという事は、魔力切れが迫っているという事だ。
「――――“岩弾”」
石の礫だけじゃ荷が重たいか。
ならばと巨大な岩を作り出し、ベルウェスト兄様に向けて放った。
「――――、“三連斬”!」
巨岩は切り裂かれた。
しかしベルウェスト兄様は肩で息をして、どう見ても体力の限界が近かった。
それを自分でも悟ったのだろう、ベルウェスト兄様が激昂と共に魔力を練り上げる。
「いい加減に、しろやァ! “炎球”!」
「“水壁”。……ここは水資源が豊かで良いですね、兄様」
「~~ッ、化け物め!」
ベルウェスト兄様が放った炎球は次々に水壁の内側に呑み込まれ、鎮火されて行った。
炎は水に弱い。常識だ。
「“炎球”“炎球” “炎球”“炎球”!」
ヤケクソなのか、残り少ない魔力で炎球を次々に放つベルウェスト兄様。
一発目、二発目、三発目と、次々に深蒼剣で打ち払った。
こんなものは俺には効かない。もう、正常な判断が出来ない程に満身創痍なのだ。
すぐに終わらせよう。
そして四発目を――――。振り下ろそうとした剣の握が、滑った。
「しまっ――――」
擦り抜けた、炎球。
右足、被爆。
激痛に、意識が遠くなる。
その場をふらつき。そのまま――――
「しっかりしやがれ、馬鹿野郎! あと少しだろうが!」
声が、聞こえた。ベッカムの声だ。
見れば、ベッカムが最前席で身を乗り出して、何なら落ちるんじゃないかっていう勢いで唾をまき散らしながら応援していた。
その周りにもクラスメイト達が、みんな応援してくれていた。全員が。
「リュート!」
父様にマリー母様、そしてサラ。
ありがとう。声は届いているよ。大丈夫。俺は、負けない。
「ウ、ァ……!」
意識はある。足は痛いけど、動く。
なら大丈夫だ。
俺はまだ立っていられる。
「うあああああああッッ!」
剣を握り直して、一歩。一歩と、前へ踏み出す。
瞬間、闘技場が湧く。
凄まじいエネルギーを一身に受けて、俺は駆け出した。
「――――“複合魔法”」
先ほどのダメージがまだあるのか、ふらついているベルウェスト兄様を見定めて、それぞれ火と土の魔力を宿した左右の手を合掌させた。
血だらけの右足に響く程、魔力の高鳴りを感じる。
大地が吼えている。
我を、解放せよ。と。
「複合魔法!?」
観戦に回っていたスタンから驚きの声が上がる。
驚きの方が大きいが、何よりも自分があの“切り札”を出させる事が出来なかった、無力な自分への怒りが上回っていた。
「こんな場所でお目にかかれるとは……」
この激戦は何としても見て置きたいからと、控室の廊下から観戦していたヴィクターからも驚きの声が漏れる。
事実としてリュートと同量の魔力を宿しているヴィクターに置いても、複合魔法なんている馬鹿げた芸当は出来なかった。
「学生とはとても思えない」
皇帝陛下の側近であり、護衛を勤めていた【帝国最強の剣士】騎士団長ブラントも驚きの声を漏らした。
複合魔法の難易度を現すならば、水と油を解け合わせようとしている様なものだ。
その圧倒的な戦闘センスに、ブラントは久しく忘れていた“闘争心”を思い出し、猛々しい笑みを浮かべた。
「“金の卵”が、こんな場所に埋もれていたとはな」
ウォーレン十四世が重たい口を開いた。
その視線は真っすぐに、半森人の少年を見定めて離さない。
「あうあっ」
三か月にも満たない、赤ん坊のサラが笑った。
まるで兄を応援するように、二人の兄の姿をつぶらな瞳に写して。
場所が揺れ、地面が割れる。
光が漏れ出て、辺りを照らすが、あれは炎だ。
そこに眠るのは試合開始からずっと俺が溜めていた、炎だ。
その火力は炎球百発に相当する。
「“疑似噴火”!」
「ぐっ、おおっ、おおおおおおおっ!!?」
盛り上がった場所から、天に昇ろうと火炎が噴いた。
呑み込まれたベルウェストの悲鳴が会場に満ちる。
炎が止んだ時、それでもベルウェスト兄様は立っていた。
剣を握り、虚ろな瞳で、尚も俺を睨んでいる。
今しかない。畳み掛けろ。この好機を見逃すな。
「“炎球”!」
頼むから倒れてくれと祈りならが、炎球を炸裂させた。
「ま、ダぁ……!」
それでも倒れない。
強靭な意志が宿った瞳で、俺を睨み付ける。
まだ終わっていないと。まだ負けていないと。
(俺には、俺じゃ倒せない。ベルウェスト兄様を、倒せない)
勝つにはベルウェスト兄様を水堀に落とすしか、無い!
「俺が、勝づんだァアアア!」
掠れた声で、咆哮した。
「うあああああっ!」
釣られて俺も咆哮する。
しなければ、気力で押し切られると思った。
「――――ァ、ァア……」
「……え?」
刹那。スローモーション化する世界で、ベルウェスト兄様が仰向けに崩れ落ちた。
何が起きたのか一瞬分からず、観客も同じだったのだろう。俺と同じく静まり返っていた。
『劇的! まさに、まさしく、劇的な決着! 野望と夢を賭けた兄弟喧嘩の勝者は、夢! その名を、リュートオオオオオッッ!』
「「「「ウオオオオオオオオオオ!!」」」」
司会者のキャロットによって、ようやく事態を理解した。
観戦者たちは闘技場を揺らす程に、爆発したのかと勘違いする様な、天にまで届く様な叫び声を上げた。
勝った。勝ったんだ。俺がベルウェスト兄様に勝ったんだ。
「やった……、やったぁああああああああ!」
長年勝てなかった、兄への勝利。
俺は外聞も考えず、高々と剣を掲げて咆哮した。
観客もまた会場が震える程に叫んだ。
「――――おい、リュート」
呼ばれ、振り返る。
全身にやけどを負ってぼろぼろになったベルウェスト兄様がそこにいた。
何を考えているのだろう。
分からない。けれど、少しして呟く様に口を開いた。
「お前は強いんだな」
「ベルウェスト兄様……」
どこかスッキリした表情をしている。
どこかを見つめて、何かを決心した様に口を開いた。
「一度しか言わねえから、良く聞けよ」
何となく、何を言おうとしているのかが分かった。
自然と姿勢を正してしまう。そして。
「ごめ――――」
その先の言葉を聞く事は叶わなかった。
「――――“氷結界”」
「ッッ、“炎壁”!!」
反射的に、いや。ほぼ直感的に魔法を使う。
本来なら敵を焼くための炎で、自らを包み込んだ。
結果は正解だったろう。そうしなければ、闘技場の場所を中心に、観客席に届く冷気が大氷結を引き起こしたのだ。
俺は炎のおかげで無事だったが、ベルウェスト兄様や最前列の何人かが氷漬けになっている。
同時に闘技場の中心部に黒いフードで顔を隠した何者かが飛来した。
「アハハハァ? コンニチハァ~~! 皆さん、死んでくださ~いィ~!」
その中の一人が深いフードを脱いだ事で露わとなる素顔。
乱雑に切られた白髪に、頬から首に掛かった切り傷、狂った様な笑い顔。
俺の記憶に間違いなければ、S級指名手配犯ホワイトベティ、その人だ。
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