間話 ベルウェスト
俺は間違っていない。
今も思っているさ。俺は正しいんだって。
「よし、行くぞ! 付いて来い!」
「まってください、ベルウェストにいさま!」
小さい頃の俺とリュートは仲が良い普通の兄弟だった。
俺はリュートが産まれるまではカイル兄様の背中ばかりを追っていたが、弟が出来てからは良き兄になれるように頑張った。
後から付いて来る弟が可愛くて仕方が無かった。
けれど、その日、街に一人で買い物に出ていると、頭に強い衝撃と痛みを感じた。足元に転がった石を見て、次に飛んで来たと思われる方向を見ると、人間の老人がいた。
「亜人を匿う邪教徒め!」
なんで俺が石を投げられなきゃいけないんだ!?
亜人だから? もう二十年も前の話じゃないか!
でも、待てよ。そうしたら、母様や、これから生まれるかもしれない俺の、純粋な人間の妹や弟はどうなるんだ?
こうやって理不尽な怒りに晒されて、石を投げられるのか?
「ベルウェストにいさまっ、あそんでください!」
小さくか弱い者達が、悪意から身を護れるわけがない。
「だいじょうぶですか?」
俺が、追い出さないと。
「ぅるさい……」
「えっ」
俺が護らないと。
「近寄るな、亜人が! ――――あっ」
気が付くと俺は、リュートの手を払ってしまった。
かなり力を込めてしまった。リュートの手の甲が赤く腫れている。
違う、違う、違う!
自分に言い聞かせる様にして、俺は屋敷から抜け出し、街まで走った。屋敷の人間が探しに来ない様に、路地裏に入って身を隠した。
「ベルウェスト様!」
けれど、時間が経てば見つかってしまう。
俺を最初に見つけたのは、当時から親身になってくれていた、父様の部下の騎士、ギースだった。
「ウッ……、ウウッ、ギース……!」
「ベルウェスト様!?」
家族以外で一番信頼出来たギースだからこそ、俺はもう耐えきれずに嗚咽を垂れ流した。
それから今日あった事を全て話した。
怒られると思った。それとも、我慢しろと言われるかと思った。
「いいえ、いいえ! ベルウェスト様は正しいです!」
けれどギースは決して否定せずに、俺の悩みに真剣に耳を傾けて、肯定してくれた。
「本当に、そうかな……」
「勿論です! あの亜人達が我が物顔で街を歩く様になってから、この国はおかしくなってしまったんです! 正しき世界であればベルウェスト様が石を投げられずに済んだのです!」
動悸が波打ち、少しすると止んだ。
凄く、冷静になれた気分だった。
「全ては亜人が悪いのです」
「……全ては、亜人が悪い」
「人間こそが至高の存在なのです」
「……人間こそが、至高の」
「亜人を追い出すのです。家から、街から、帝国から!」
「……追い、出すっ。リュートを、追い出してやる!」
それから俺はリュートを屋敷から追い出すために様々な嫌がらせをしたが、父様に怒られるだけで、リュートは一向に家を出て行こうとしなかった。
十四歳になった頃、俺は大切に保管されていた髪飾りを取り出し、地面に落として踏み付けた。粉々になった髪飾りの破片を見て、少し気が楽になった気がする。
リュートの実の母親で、俺の義母の遺品だった。
記憶の断片に残っている。美しくて、とても優しい人だった。
でも民がこの家に悪意を向ける、原因となった亜人だ。
「何を……、やってるんだッ!」
リュートだ。随分と大きくなった。
怒った顔も、リアル母様にそっくりで品性がある。
「やめろよ! 俺の母さんのだ!」
「触れるな!」
「っ、どうしちゃったの、ベルウェスト兄様!」
その眼で見るんじゃねえ。触るな、近付くな。
「っ、さっさと出て行けよ! いつまでも居座りやがって、ここはお前の居場所じゃないんだ!」
「ここは俺の家だよ!? どうして家にいちゃいけないの!?」
「テメェの家じゃないんだよ! ここは亜人じゃなくて、人間が住む屋敷なんだ!」
「~~っ」
今の一言が相当ショックだったのか、リュートは瞳に涙を溜めた。
「テメェみたいな……、奴が……」
大体、こいつはいつもいつも、父様や母様からの愛情を独り占めして!
お前が産まれなければ俺のものだったのに。
二人とも、俺の事をもっと見てくれたのに!」
「消えちまえよ、汚い亜人が!」
「痛ッ」
近くにあった、手頃な写真たてをリュートに投げつけた。
割れた写真たての破片がリュートの頬を切り、うっすらと鮮血を流れさせる。
床に落ちる、割れた写真たて。そこに入っていたのはリアル母様の肖像画だった。
リュートはそれを見て、激昂した。
「絶対に許さないぞ、クソ兄貴!」
「死んじまえよ! この亜人が!」
産まれて初めて、兄弟でやる殴打や蹴りを交えた大喧嘩だ。
結局、ディアス父様が止めに来て、俺は追放を言い渡された。
二度とリアス子爵家の領地に足を踏み入れる事は出来ないと思え、と。
間違っていたのか? そんなはずが無い。
俺は正しい。亜人がいるから、余計な悪意を増長させ、危険を呼び込むんだ。
再びこの国を人間が支配する国に変えないとダメなんだ。
俺がやらなくちゃいけない。
貴族学園は無理だ。推薦状が無いと入れない。
なら、士官学校に行き、戦場で戦果を挙げ爵位を手にする。
そこからだ。俺は必ず、亜人を追い出してみせる。
あれから三年、いや四年か?
リュートは大きく成長した。
魔法の腕前ならもう足元にも及ばないだろう。
だが、負けるわけにはいかないんだ。
俺は兄として、家族を悪意から護らないといけないんだ!
「お前を護ってやるよ、リュート!」
「殺されてあげないし、負ける気も無いよ! ベルウェスト兄様!」
――――そうだ、思い出した。俺、お前のその世界を変えてやろう、身の程知らずに輝いてる眼が、大嫌いだったんだよ――――。
《環境が差別を産み出すんだよ。という事を意識して書きました。実際に日本でも、自分達が直接何かをされたわけじゃないけど世間や親が言っているからと言う理由で他国を嫌っていませんか? 》
ベルウェストには決して悪意があったわけじゃない
むしろ家族思いないい兄だ
でも他人にそそのかされ、環境に巻き込まれてしまったんです
これからベルウェストが堕ちて行くだけなのいか、それとも……
この兄弟喧嘩の行く末を見守ってあげて下さい
ベルウェスト兄様は悪い奴じゃないんです!
良く言えば純粋な人、悪く言えば流されやすいというか、思い込みが激しいというか……。
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