第十五話 火花と煤
控室の入り口がある廊下から見下ろすと、まだ第四試合は行われていた。
「光剣乱舞!」
『決着ぅうう! 勝者ヴィクタァアアアア!』
大歓声が巻き起こった。やはり皇太子は人気だな。
最後に少しだが、ヴィクター殿下の試合が見れてよかった。
最後に使った、十本の光の剣が縦横無尽に宙を舞い、斬り付ける魔法は凄まじかった。正直、今の俺にあれを捌き切れる自信は無い。
光魔法は元来、魔力消費が激しい魔法だ。それをあれだけの数を出し、尚且つ使いこなすなんて、戦闘センスと皇族が代々受け継いだ膨大な魔力量によって始めて為せる技だ。
やはりアレックス先輩と双子の兄なだけはある。
「よっ!」
「スタン先輩? 怪我は……」
「おう、もう治ったぜ! すげぇのな司祭様の聖魔法って! 一瞬だったぜ!」
そう言って、服を捲って見せて来た。
確かに傷一つ無く完治していた。
「お前、次って兄弟対決だろ?」
「そうなりますね……」
「勝算はあるのか?」
「五分五分、いや、少し悪いかと」
「そこはありますって言えよ! 真面目か!」
バシィンッ、とかなり強めに背中を叩かれた。痛い。
「俺はこれから観客席に戻るけどよ、期待してるからな! 頑張れよ!」
「――――っ。はい、頑張ります!」
俺が負けた側だったら、果たしてこの人の様に応援出来ただろうか?
深々と頭を下げていると、司会者の声が響く。
『これにて準決勝の組み合わせが決まりました! 準決勝第一試合はリュートVSベルウェスト! 第二試合はヴィクターVSアレックス! この両試合の勝者が決勝に足を進めるのです! 尚、準決勝まで出場者が回復するために一時間の休憩時間を挟むので、トイレに行く方は今の内にどうぞ!』
休憩は一時間か。ベルウェスト兄様と出くわしたくなかったため、場所まで続く橋の階段付近まで降りる事にした。
さっきは気付かなかったが、地下はひんやりとした空気で満ちていた。
(これからどうするか――――)
「あれっ、君ってリュート君? わあっ、握手して握手!」
そして一瞬で捕まる俺。
「初めまして! 私、兎人族なんだ! だから君の活躍が凄く嬉しくてね!」
誰かと思えば、臨時司会のキャロットさんだった。凄くテンションが上がっていて、俺の両手をがっしり握られて、激しく上げ下げされる。
腕の根元である肩、胴体、全身と伝わって、全身が揺れているみたいだ。
遠目だったから気付かなかったが、その頭には可愛らしい二つの耳が生えていた。触るともふもふして気持ち良さそうだ。
「お姉さん、君のファンになっちゃった! かっこ良く紹介してあげるから頑張ってね!」
とだけ告げると、嵐の様に去って行った。
天真爛漫というか、活発系というか。まあ元気なのは良い事だし、亜人が人目に付く職業に就けているというのは、凄く仕事が出来る証なんだろう。
とりあえず俺は予め持って来た、アレックス先輩が作ってくれたお弁当を食べて時間を潰すのだった。
――――時が来た。
『さあっ、休憩時間も終わり準決勝が始まるぞ! まず登場する男達はこいつらだ!』
事前に俺が先だと言われていたので、深呼吸をしてから覚悟を決め、場所に上がった。
『皆も見ただろう、一回戦での闘いを! 分かっただろう、この男は間違いなく本物だと! 私は見たい、この男が勝利する姿が見たいんだ! お前が戦っているのは“兄”なのか!? それとも“帝国史”なのか!? 答えは出ているんだろう!? 【歴史への挑戦者】リュートぉおおおおお!』
一回戦の時とは比べ物にならない大歓声が湧き起こった。
ははっ、カッコ良く紹介ってこういう事かよ。
すでに準決勝。観客全員の興奮度がマックスに上がり、会場を揺らす程の怒号が響き渡る。
『相対するはこの男! かつての【半才鬼】という不名誉な二つ名を背負いながら、尚も剣を振るい、魔法剣士への道を進み続けた! 決して諦めない心の源は果たして爵位への渇望か!? それとも弟への怒りなのか!? 【不諦鬼】ベルウェストぉおおおおお!』
再び、大歓声。
ゆっくりと場所に上がって来たベルウェストは俺を睨み殺しそうな程に、鋭い視線を向けて来た。
二年前のあの日、兄弟喧嘩の日以来だ。
こうしてベルウェスト兄様と相対するのは。
でも今日は負けないぞ。必ず勝って、アレックス先輩と決勝の舞台で戦うんだ。
『これは果たして運命か、宿命か!? 今ここに野望と夢が激闘する! 試合開始ぃいい!』
鐘の音が鳴り響き、一万人に見守られた兄弟喧嘩が今、始まった。
アレックスは精神集中のために秘密の闘技場に足を運び、剣気を研ぎ澄ましていた。
結果は見ていないがヴィクターが必ず上がって来るとアレックスは確信していた。
最初は貴族学園から転入して来て何がしたいんだと不審がったが、それが自分の様子を見るためだと知って少し嬉しくなった。そして同時に転入早々三体の鉄熊を倒し、あっと言う間に一等兵になったヴィクターを見て焦りを覚えた。
光魔法を駆使した魔法剣はまさに最強だった。何度か模擬戦をして、負け続けた。
でも今日だけは負けられない。勝ちたい。生まれる前から負けていた兄に勝ちたい。
ゆっくりとした動作で剣を振るう。まるで踊っているかの様に美しく、それでいて一振り一振りに、ヴィクターを斬る想像を乗せて。
「ん……?」
その時、何かが降って来て違和感を覚えたアレックスは剣を止めた。
頬にある違和感を手で拭うと、指先が黒く変色していた。
擦ってみればさらに広がる。煤だ。
変に思い、空を見上げたアレックスは絶句した。
「岩盤が、焦げてる……?」
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