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第十二話 闘技大会開幕と兄

 帝都士官学校には、一年に一度しか使われない空間がある。


 その日の早朝に何重にも巻かれた錠が外され、教官総出で清掃を行う。ピカピカになった闘技場には教会から出て来た司祭様によって、祈祷が捧げられる。


 一時間による祈祷が終われば、観客の案内が開始される。総収容人数一万人。


 帝都で有名なジェリック闘技場の次に巨大な闘技場なのだ。


「凄い……」

「うん。去年より顔ぶれは凄いかも……」


 俺とアレックス先輩は出場者のみが利用できる廊下から、観客の顔ぶれを見て驚きの声を上げた。


 帝国で名を轟かせるヴァイゼル商会の会長を務める豪商、ユーリッヒ男爵。


 帝国軍で最も高い階級である元帥、及び軍総司令官であるグランド総督。


 錚々たる面々が若き将兵候補を見にやって来ていた。


 帝都士官学校は富裕層向けだ。その親は貴族や商人だらけで、運営費は彼らの寄付金によって成り立っていると言っても過言では無い。


 この闘技大会は生徒にとっては名前を売るチャンス、学校側にとってはそのスポンサーに対して


「貴方達がくれたお金のおかげで、こんなに立派な訓練兵が育ちましたよ」とアピールする場でもあるのだ。

『帝都士官学校闘技大会! 出場者、前へ!』


 今回に限り、ジェリック闘技場から臨時で司会者のイリスが来ていた。


 闘技場は円形であり、中心部に円い戦場(フィールド)があり、その周囲を深い水堀で囲まれている。大会規定により水堀に落ちれば即失格となっている。俺達は跳ね橋を渡り、中央んい集まる。


「ふう……」


 アレックス先輩はかなり緊張していた。


 無理も無い。俺もかなり緊張しているからな。


 何せ……。


『本日はこの闘技大会に皇帝陛下が謁見される事になっております!』


 ふっと空気が重たくなった。


 気のせいなどでは無く、この会場にいる誰もが緊張感を持ったのだ。


 その場に立っている俺達は即座に膝を突く。


 示し合わせたわけでも無く誰もが静まり返った会場で皆が視線を向ける先には、一際豪華な席が用意されていた。


「余も楽しみにしているぞ」

「「「ハッ!」」」


 ただ、一言。


 はるかに離れた場所から放たれた小さな呟きが、会場中に響いた。


 これが帝国の皇帝ウォーレン十四世。


 亜人(おれたち)の英雄……。


『さあ、では早速第一試合が始まるぞぉ! 出場者以外は控室に下がり、順番まで待っていて下さい!』


 出場者の控室があるのは闘技場で二番目に高い場所にある。廊下からは闘技場全体を一望できる。休憩室に入って休んでいても良いし、時間までに戻っていれば、闘技場から離れていても良い。


「僕は次だから、準備して来るね」


 俺は周りに他の出場者がいない事を確認してから、アレックス先輩を抱き締めた。


「頑張ってくださいね」

「うん……。決勝で会おう」


 アレックス先輩は確かな闘志をその眼に宿し、闘技場の下にまた降りて行った。


 俺は廊下から闘技場を見下ろし、これから始まるベルウェスト兄様と二年生の試合を観戦しようとした。すると隣に気配が現れた。


「ちょっと隣いいかな?」


 ふと隣に視線をやると、輝かしい金髪をなびかせた男がいた。


 同じ闘技大会の参加者の一人で、生徒でありながらアレックス先輩と並んで一等兵を与えられている実力者。


 その名はヴィクター・ロメロ・オリアス。帝国の次期皇帝、光魔法の使い手である皇太子。そしてアレックス先輩と双子の兄妹であり、貴族学園から三年になって編入して来た、異端児だ。


「初めまして。リュート・マイリヒト・リスト訓練兵です」

「うん、よろしくね。俺はヴィクター一等兵だ。学校始まって以来初の半森人(ハーフエルフ)の生徒だからね」


 士官学校では身分差は関係無いが、先輩には敬意を払う。


 一度姿勢を正してからお辞儀をすると爽やかな笑顔で返された。


「ちょっと一緒に観戦しても良いかな?」

「勿論です」


 一人じゃベルウェスト兄様の試合を、平常心で見て居られるか自信が無かったところだ。


 何より実力者の先輩の話を直に聞けるのはでかい。


「ベルウェストとは兄弟何だっけ?」

「そうですね。腹違いではありますが」

「へー。じゃあ、昔からあんな感じなのかな?」

「昔からとは……」

「一人で勝手にピリピリして、人を寄せ付けない一匹狼」


 なるほど。士官学校でも変わらないのか。


「まあ、はは……」


 身内ネタだし、ここで頷くのも変なので、軽く愛想笑いをして誤魔化した。


 その反応で大体察したのか、ヴィクター殿下は小さく笑った。


「それじゃあ別の質問。この試合、どう見る?」


 いつの間にか始まっていた、ベルウェスト兄様の試合を見た。


 相手の二年生は魔法主体、剣は接近された時だけというスタイルの様だ。水魔法や風魔法など、応用が利く魔法を連発してベルウェスト兄様を翻弄している。


 対してベルウェスト兄様は剣と魔法を組み合わせて戦う、いわば近中距離型のスタイル。しかし剣と魔法を平行して使える程安定はしておらず、剣術で斬り込めば良い物を、魔法にこだわって攻めあぐねていた。


「……二年生の先輩の方が有利、ですかね。ベルウェスト兄様の本領は近距離戦。お世辞にも強いとは呼べない魔法で応戦しようとしている時点で、相手の土俵に乗ってしまってます」


 ベルウェスト兄様は貴族界隈では【半才鬼】として名が通っている。それは決して褒められたものでは無い。


 半分の才能。剣術の才能はあるのに、魔法と併用する事にこだわって身を滅ぼしている。


 そういう意図が込められた二つ名にベルウェスト兄様は憤慨していたが、正直に言えば俺もそう思う。


 仮に剣術のみに集中していれば、恐らくはアレックス先輩と並ぶ程の剣士になるだろう。


 俺はそういう変なこだわりを持つベルウェスト兄様が嫌いだった。


「そうだね。リュート君の言っている事に、間違ってないよ」


 でも、とヴィクター殿下が言葉を続けた。


「俺達、三年の間じゃね、ベルウェストはこう呼ばれているんだ。――――【不諦鬼(ふしぎ)】と」


 どういう意味が? そう聞こうとした時、闘技場が湧いた。


 視線を向ければベルウェスト兄様が剣を地面に刺して目を閉じ、無防備な姿を晒していたのだ。


 あんなもの、打ち込んで下さいと言っている様なものだ。


 現に対戦相手の二年生も頭にきたのか、魔法を詠唱する。

そして放った。真っすぐしか飛ばない、一点突破の火槍を――――。


「あっ、駄目だ!」


 思わず叫んでしまった。


 しかしすでに火槍は放たれた。


「待ってたぜ」


 そうベルウェスト兄様の呟きが聞こえた気がした。


 瞬間、地面に刺した剣を抜き、身体強化で疾走する。


「ベルウェストは凄い奴さ。手の皮が破れ、血が噴き出ても剣を振るう事をやめない。雨の日に相性が悪い炎魔法を、わざわざ演習場に出てずぶぬれになっても魔法の鍛錬をする」


 真っすぐにしか飛んで来ない火槍など、身体能力が高いベルウェスト兄様なら余裕で躱せる。そのまま身体強化でさらに加速し、接近する。


 対戦相手の二年生は焦り、魔法を放とうとするが、ベルウェスト兄様の方が速い。


「俺達、三年はみんなアイツを尊敬している。どんなに不可能と呼ばれても、魔法を併用する事を諦めず、一心不乱に鍛錬を積み重ねる鬼。【不諦鬼(ふしぎ)】のベルウェストをね」


 接近したベルウェスト兄様は大袈裟に剣を振り上げると、二年生は剣を抜いて防御の姿勢を取った。


 瞬間、深々と二年生の腹にベルウェスト兄様の前蹴りが食い込んだ。


 剣術の玄人であるベルウェスト兄様の、剣を振り下ろす速度があんなに遅いわけが無い。全て意識を上に向けさせるための偽造(フェイク)だ。


 二年生は前蹴りが相当深く入ったのか、嘔吐した後にその場に倒れ込んだ。


 司会者による勝利宣言があり、ベルウェスト兄様の初戦突破が決まった。

観客が盛り上がる一方で、ベルウェスト兄様は一切表情を変えず、ゆっくりと闘技場から降りて行った。


「……どうして俺にそんな事を?」

「いやあ、可愛い後輩にアドバイスしたいと思ってね」


 へらへらと笑って、本心を誤魔化された。


「ほら。次の試合はリュートなんだし、早くいかないと」

「そうですね。では、また」

「決勝で会おう!」

「――――決勝で会うのは、アレックス先輩と俺です」

「……そっか」


 アレックス先輩に代わり、ほとんど宣戦布告の様なものをしてしまった。あのヘラヘラとした態度に我慢が出来なかった。


 未熟な自分を恥じてヴィクター殿下に背を向けた去り際、「妹をよろしくね」という小さな呟きが聞こえて来た。


 俺は振り返る事無く「勿論です」と告げて、俺は階段を降った。





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