第一話 リュート・マイリヒト・リスト
はじめまして! 近藤ハジメです!
よろしくお願いします!
クローゼットを開くと何着もの服が掛けていた。今日着る服を手に取ろうとして、士官学校の制服が目に入った。
まさか俺が士官学校に入れるとは思ってもいなかったので、合格通知が来た時は飛び跳ねて喜んだのを思い出す。勿論、今も嬉しいし、制服を着て生活したいぐらいだが、それは明日に取っておこう。
隣に掛けていた適当な貴族服を着て、食堂に移動した。
「おはようございます、父様。カイル兄様」
「うむ」
「おはよう、リュート」
父様――――ディエス・ロティ・リスト子爵――――は新聞を読みながら答え、カイル兄様――――長男カイル・ティト・リスト――――はにこやかに挨拶を返してくれた。
俺が席に座るのを確認して、メイド達が食事を並べて行く。
「神よ。恵みに感謝します」
「「神よ。恵みに感謝します」」
並べ終わると俺達は両手を組み、目を瞑り神への祈りの言葉を唱えた。
十秒程経ち、ようやく食べられる。
「父様、マリー母様の容体はどうですか?」
「難航している様だ。ここまで難産なのは初めてかもしれないな」
「苦労して産まれてくれたら、きっと可愛いですよ」
「ふふ。そうかもな」
今、この食卓にいない家族がもう一人いる。
父様の正妻のマリー母様――――マリアンヌ・フリア・リスト――――だ。今は出産のために医師が付きっ切りだが、昨夜から産気づいて今だに産まれていない。
心配だが出産に関してのエクスパートの医師を、帝都から呼び寄せたらしい。専門家に任せていれば安心だろう。
普通貴族の当主になると妻を何人も娶るのだが、父様はマリー母様と俺の実母――――リアル・ミティーナ・リスト――――の二人しかいない。貴族界ではかなりの変わり者と認識されているらしい。
「楽しみですね」
「ああ。今日も食事を終えたら、産まれるまで付き添ってやるつもりだ」
「ですが身体には気を付けて下さい。父様が倒れられたら困ります」
「そうだな……。時間を見つけて仮眠を取ろう」
よく見れば父様の目の下に隈が出来ていた。恐らく昨日もほとんど寝ていないのだろう。
いつもは心配しても聞き入れてくれないのに、素直に聞くという事は相当消耗しているのだろう。
「それよりもついに明日が旅立ちの日か」
「はい。入学式はまだ二週間も後ですが、帝都まで遠いですからね」
「僕も帝都に行った事はあるけど、やっぱり貴族学院と士官学校は違うからね……」
「ははっ、まあ仕方ないですよ。俺は三男で、カイル兄様は長男なんですから」
「…………気を付けるんだぞ。士官学校はお前にはかなりキツイぞ」
そう。俺は半森人だ。エルフ程では無いが、人間よりも長くて鋭く尖った耳を持っている。髪色は森人よりも薄いが緑色をしている。
帝国歴六百七十八年。当時、二十八歳という若さで帝位を継承したウォーレン十四世によって【奴隷解放宣言】がされた。奴隷として扱われていた亜人種、森人や岩人、獣人が帝国民として一定の地位が与えられるようになったのだ。
しかし、それまでは帝国全体が人間至上主義の社会だったのに、急に言われても適応できない人々が沢山いたのだ。彼らは今だに亜人を差別する。半森人の俺もその対象だ。
幸いにも、このリスト子爵家には良い人しかいなかった。正妻のマリー母様も、母さんが死んだ後も実の息子の様に愛情を注いでくれた。だからこそ俺はやさぐれる事も無く、真っすぐ育つ事が出来た。みんなには感謝しかない。
でもこの家の外では別だ。如何に領主の息子だからと言っても、差別的な視線を向ける人間はいる。わざと聞こえる様に陰口を言われた事もあった。
父様が気を付けて欲しいのは、まさにそういう部分だ。
士官学校は奴隷解放宣言がされてから一度も、半森人の入学を認めた事が無い。三十年間で一度もだ。軍人は亜人がなるものでは無いと、今も思われているんだ。
この領地で味わうものの何倍も差別を受ける事になるだろう。
それでも。
「俺は大丈夫です。夢のためにも、誰かが道を作らないといけないんです」
「……そうか」
「リュートらしいね」
俺の覚悟を伝えると、二人は嬉しそうに笑った。
この二人は俺が自分から差別を受けに行くようなものだと、士官学校に入学する事を反対していた。けれど俺が何度も熱意を伝え、こうして入学を許してくれたんだ。
そんな二人が大好きだし、俺も夢を叶えるために士官学校では必ず好成績を出して見せる。例え誰の邪魔があろうとも。
朝食後、勉強を終えると俺は庭にある訓練場にやって来た。
「御主人様、私も仕事があるんですが」
「いいだろう? 今日で最後の訓練になるんだから」
ディーナは俺の専属メイドだ。南の狩猟民族出身らしく、褐色肌にタトゥーで何やら紋様が刻まれている。
違法に奴隷販売をしている店を見付け、売られていたディーナの身元を俺が引き受けた。本当は少しすれば故郷に帰してやるつもりだったんだが、いつまでも居座ってついには俺専属のメイドにまでなった。
色々とあり、ディーナが戦えてしかもかなり強い事が分かったので、剣術の師匠になって貰った。
「はあ。士官学校に入る前に心を折りたく無かったんですけど……」
「今日こそは一太刀、入れて見せるよ!」
俺は長剣を抜き、ディーナに向かって駆けた。
対してディーナはメイド服のまま、剣を抜いてはいるが刃毀れを気にしている。
戦の最中ではあり得ない事だが、この光景こそが俺とディーナの実力差を現している。
「火炎弾ッ!」
しかし俺は剣だけで戦うワケじゃない。剣術に混ぜて魔法も使って戦う、魔法剣士スタイルだ。長距離から近距離まで汎用性が高く、最近はこういう戦闘スタイルの人間が増えている。
俺の剣先から放たれる炎の弾丸がディーナに直撃し、爆発した。
だが、俺は知っている。ディーナがこの程度で倒れる相手ではない。
「こほっ、こほっ……。煙たいですよ、御主人様」
「せめて掠り傷ぐらい付いて欲しかった、なっ!」
剣で打ち消したらしく、煙だけが上がっていた。
だが良い目晦ましになって、俺の間合いまで接近する事が出来た。
一太刀目に大袈裟な程、振り上げて打ち下ろす。
両手で握った剣の一撃を、ディーナは容易く受け止めた。
「成長しましたね、御主人様」
「この状況じゃ馬鹿にしている様に聞こえるぞ」
「いえいえ。事実ですよっ」
ディーナは軽々そうに剣を振るうと、俺は容易く身体ごと吹き飛ばされた。
ステップを踏み態勢を整えるが、この時間もディーナが作ってくれたおかげだ。
「炎槍!」
炎の槍を三本造り、力を抜いてその場に佇むディーナに向けて放った。ディーナはバックステップで躱しつつ、ぎろりと視線を尖らせた。
ああ、来る。そう予感していても避けられない事もある。
一度、瞬きする。そこにディーナの姿は無かった。
二度目の瞬きをする。目の前にディーナの可愛らしい顔があった。
「やっぱり成長しましたね。ご褒美です」
「~~痛ッッ!」
額に激痛が走り、衝撃で尻もちを突く。
ディーナのデコピンは凄まじく痛い。
これだけ手加減をされてしまうと、ちょっと泣きたくなる。
完全敗北だ。俺達は剣を鞘に納めた。
ディーナに差し出された手を取り、立ち上がる。
滅多に笑わないディーナが、俺の事を愛おしそうに微笑んだ。
「学校、頑張って下さいね」
「ああ。次に会うのは三年後だな」
二週間後に入学する士官学校は三年制だ。
帝都で買い物に出掛ける事は許されているが、家に帰宅する事は許されていない。
「……前にも言ったけど、故郷に帰っても良いんだぞ?」
「嫌です。私は御主人様に生涯の忠誠を誓っています」
即断される。
ディーナのためを思えば故郷に帰る事が一番なのに、こう言ってくれるのが嬉しかった。
帝都に向かう出発の朝。いつもより早く起きて制服に袖を通し、少し肌寒い庭に出た。
母さんが愛し手入れをしていた花園は、今はマリー母様が引き継いでいる。
その中央に椅子があり、腰を下ろした。
はーっと息を吐くと少し白い息が出た。
この屋敷で作った沢山の思い出を思い出していた。
その時だ。バンッと力強く、屋敷の一室の窓が開いた。
「リュート! 産まれた、産まれたぞ!」
「ッ、すぐに行きます!」
カイル兄様がそう叫ぶ。
俺は全速力で屋敷の中で、マリー母様の寝室にまで走った。
あまり強い音を立てず、ゆっくりと部屋の扉を開くとそこに父様、カイル兄様がすでに集まっていた。
深呼吸をして息を落ち着かせてから、マリー母様に祝いの言葉を送った。
「おめでとうございます、マリー母様」
「ええ、貴方が旅立つ前に産めて良かったわ」
マリー母様は汗だくで自慢の綺麗な髪もぼさぼさだ。
それでも愛しそうに産まれた赤ん坊を抱いて、父様と寄り添って幸せに満ち溢れた顔をしている。
「この子の名前はサラ」
「マリーの祖母の名前を貰ったんだ」
「良い名前だと思います」
「僕もぴったりな名前だと思います」
サラか。俺もカイル兄様も異存なかった。素晴らしい名前だ。
そして、マリー母様が俺を見た。
俺は父様とマリー母様から、赤ちゃんが産まれたらセカンドネームの名付け親になってくれないか?と言われていた。
セカンドネームは親しい者以外には滅多に呼ばれる事が無く、最近の平民の間ではセカンドネームを持たない子供もいるそうだ。
だが貴族界ではセカンドネームは大事な役割を持っている。貴族界では名前も大切な情報の一つだ。下手な名前を付けてしまえば、社交界やお茶会で馬鹿にされ事もあるだろう。
「実はもう決めていたんです。ずっと、父様に名付け親にならないかと言われた時から」
俺のセカンドネームは母さんが付けたと聞いた。
産後、定かでは無い意識のまま俺の抱き上げ、こう呟いたと聞く。
――――私の光、と。
この話を聞いた時、俺は涙が止まらなかった。
それまではずっと産んだ事を後悔してるんじゃないか、俺の事を恨んでいるんじゃないかって不安だった。
でも産まれた後に母さんは俺を抱き上げて、そう言ってくれた。
それが嬉しくて。生まれてきても良かったんだって思えた。
だから君にもこの名前を送るよ。
俺と母さんと、みんなからの愛を。
「――――俺の宝石」
サラが微笑んだ気がした。
何よりも愛おしい妹よ。
「俺は頑張るよ。サラが大人になる頃に差別が無い社会にするために――――」
それなりに長くなると思うので、最後まで書き切れる様に頑張ります。
これからよろしくお願いします。
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