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爆破解除キーはどこだ?

(どうして爆弾に気づいたかは不思議だけど、考えすぎかな)


 鳩山(はとやま)は後頭部に両手をやって天井を見上げる。

 ラウンジは警察預かりとなったので、どちらにしても、これ以上龍屋と話すのは難しい。あの後、山口(やまぐち)警視から伝えられた内容は二つ。一つは暗号について、もう一つは、爆弾解体班の到着予定だった。


 服部(はっとり)雀部(ささべ)に話を伝えるか、とラウンジを出て一階層下へ歩を進める。そこは臨時に解放された二等クラスの客室で、まるで体育館に避難して来たかのように、招待客らが床に座っていた。


 目ざとく鳩山を見つけてきた服部が、手を振ってくる。


「じんくん、どうだった?」

「うーん。話を聞く限り、龍屋(りゅうや)さんは巻き込まれただけって感じだったな。俺の考えすぎみたいだ」


 服部はほっとした様子で、傍らの雀部へ声をかける。


「雀部さん、大丈夫みたいです。犯人はとりあえず捕まったみたいで」

「良かった。さすがに、何度も死にそうになるのは、ご勘弁願いたいよ」


 『雀部 由恵(ささべ ゆえ)』鳩山と服部とは三歳年上の女子大学生だ。彼女は南海出版でインターンをしていたようで、豪華客船『メリクリウス』でコテージ以来の再会を果たしていた。


(もうすっかり元気みたいで、良かった)


 吹雪のコテージで兎本(うもと)が捕まった直後、雀部は倒壊した客室から這い出て倒れているのを発見された。後から聞いた話では、事件の記憶も朧気だったらしい。危うく殺されそうだったことを考えれば、覚えていない方が、むしろ幸せかもしれない。


「俺が山口警視に聞いた話だと、あと約一時間半で爆弾処理班が来るみたいです」

「それなら安心だね。さすがに、あんなに大きな爆弾が爆発するとなったら、こんな立派な船でもただじゃ済まないだろうから。でも……」


 雀部の表情は冴えない。個人スペースのない二等客室とはいえ、さすがに窓はある。雀部は、窓から外へ視線を向けている。


「天気が心配ですね。私は酔いに強くないし……」

「八丈島も、さっき通り過ぎちゃいましたよね」


 五月ということでまだ台風の季節ではないが、徐々に雨の季節が近づいている。空はどんどんと曇天になっていくし、最悪のことを考えれば、ヘリコプターが飛べない可能性だってある。


「……解除用の鍵を探した方が早いかもな」

「でもじんくん、あの暗号、解けるの?」

「ずいぶんと……難しいと聞きましたが」


 服部と雀部は不安そうだ。鳩山は、山口警視から預かった暗号の写しを広げる。


「わかってる。でも、だからって手を込まねいてもいられないさ。なんせ……俺は名探偵のひ孫だ」


 そう、謎があるなら解かなければいけない。それが鳩山家で、教えを請うた者の宿命だった。名探偵と呼ばれた曾祖父の娘、彼女から教わった探偵への道。そこには当然、暗号解読だってあった。


「……解けない謎なんて、ない! ばあちゃんの教えにかけてな!」



◇◆◇



「しっかし、見れば見る程この暗号、どんな意味かわからないぜ」

「あらら、つい五分前まではあんなに意気込んでいたのに」


 雀部がくすくすと笑いかけてくる。


「そうは言っても、文字数は多いし、なんか変な暗号なんだよこれ」

「変?」

「おかしいんだ。普通はやらないことをしている」


 そういって、鳩山は暗号文の一部を指さして見せた。

 首を傾げる雀部と服部に向かって、鳩山は説明を続ける。


◇◆◇◇◆◇◇◆◇

暗号文『

天e高4%%天gT次次hhtこL

今fw竹66&野=8よ,Y名;Iさ

いQaT女p0いOoす

蒙ij察!r覆TheItre1Al

の部屋

◇◆◇◇◆◇◇◆◇


「この暗号は、犯人である吉川(よしかわ)が自首してまで警察に届けてきた。ってことは、解けるなら解け、っていう前提に違いない。ここまではいいか?」

「たしかに」、「そうね」


 服部と雀部は得心した様に頷く。


「それにしては、見間違いやすい文字が多すぎるんだ。例えば『i』と『j』。それに、『0』と『O』と『o』まで使われている。これじゃあ、作った本人だって見間違えるぜ?」

「確かに……大学の論文でもそんなことを指摘されたね」

「でも、じんくん、それを含めて暗号なんじゃないの?」

「もちろん、その可能性はあるけど、俺はこう思ってる」


 どんな風に、服部と雀部の顔にはそう書かれていた。


「『日本語以外は全てノイズ』じゃないかって」

「僕も同じ見解だよ」


 山口が何かを口に吸いながら、近づいてくる。ハードボイルドそうに見える装いに鳩山は顔をしかめた。火こそつけていないようだが、室内は禁煙だ。


「山口さん。あんた、仮にも公務員だろ?」

「ん? あぁ、これ? ニンジンスティックだよ。禁煙中でね」

「……紛らわしいよ。ったく」


 けっ、と腕を組み、鳩山は冷たい視線を山口に向ける。


「まあ、僕なりに頭を働かせているところさ。で、暗号だけどね。僕は吉川っていう、人となりからも日本語以外はノイズだと思うよ」

「……どういうことだ?」

「彼は、古典や漢文、つまりは国語に纏わる教科書を手掛けていた。そして、会社からは捨てられている。その会社に復讐するための暗号に、『日本語』が不要な物を使うかい?」


 鳩山は顎に手をやって考える。山口の意見はもっともだ。


「となれば、仮に日本語だけが残るとして、どういう意味になるか……」

「うーん、そこまではまだわからないね」


 山口と鳩山が顔を突き合わせて、うんうん唸っていると、服部が慌てた様子でスマートフォンを見せてくる。


「じんくん、じんくん」

「ん? なんだよ」

「これ見て! 龍屋さんが……龍屋さんがおかしいの!」


 服部のスマートフォンには、龍屋の物らしきSNSアカウントが映っている。

どこから見つけた、と鳩山が呆れそうになると、雀部が補足してくれる。


「リアルタイムで実況してるみたいですねえ。あー、トレンド入ってる」

「え、何それ」


 思わず、鳩山は目を丸くする。


「あんの野郎……」


 普段の柔和な表情に似合わず、山口が口端をひどく歪めている。さっきまで咥えていたニンジンスティックは真っ二つになっていた。


「止めてくる」


 山口が走り出し、上層のラウンジへ向かっていく。鳩山は生暖かい目で、その背中を見送りながら服部に質問する。


「これ、英語?」


 龍屋は現在も次々と、何やら投稿を続けている。


『TBH, 来たくなかった』

『IMO, このままだと爆発して死んじゃう』

『本当に助かるのかSUS。R.I.P私』

『LOL』


 龍屋は実況しながら不平不満を喚いているように見えたが、どうにも知らないい単語が多い。言いたいことは、『さっさと助けてくれよ』だろうが、急いでいる爆弾処理班が見たらげんなりするだろう。


 服部は首を傾げている。わからないのだろう。


「たぶん……でも意味までは」

「これは英語のスラングですね」


 雀部がちょっとばつの悪そうな表情で語り出す。


「例えば『TBH』は『to be honest』の略で、『正直に言うと』みたいな意味ですね。SNSの文字数制限を避けるために使ったり、ゲームとか短時間にさっとチャットしたい時によく使います」

「へえ。雀部さんも使うんですか?」

「ま、まあ……ゲーム中とかは」


 雀部が少し目を泳がせて答えてくれる。なんだろう、様子から察するに、あんまり詳しく聞かない方がいい話題なのだろうか。


「と、とにかく! 外国の人も使う表現なので、早く止めないと炎上は止まりませんよ。もうまとめスレ立ってるし。『この龍屋さんとはどういう人でしょうか? わかりませんでした!』って、テンプレかよ!」


 鳩山は雀部の表情を見なかったことにする。猛烈な勢いでスマートフォンを操作し始めた雀部はとりあえず放っておくとして、『略称』これはもしかしたら、暗号を解く鍵かもしれない。


「なあ、ひとみん」

「……で始まる……って何かない?」

「あぁ、それなら……」


 さすがは成績優秀な服部。質問したことにさらさらと答えてくれる。鳩山は暗号の書かれた紙に何やら書き留めると、ぐしゃ、っと握りしめる。


「ありがとうな、ひとみん!」

「えっ、なにが?」


 鳩山は、上層階に向かって走り出す。山口警視に伝えなければならない。


「謎は……全部、きっちり解けたぜ! 爆弾の解除キーは……あの人の部屋だ!」



◇◆◇



「山口警視! 暗号、暗号が解けましたよ!」

「あぁ、もういいんじゃない? どうせ待ってれば爆弾処理班来るし」

「いやいや、何があったんですか」


 山口警視は、コンビニにたむろするヤンキーの様にラウンジの隅っこにしゃがみこんでいる。スーツのポケットからニンジンスティックを取り出し、口を付ける。


「どうしたもこうしたもないよ」


 見るからにイライラした様子の山口警視。がりがりとニンジンスティックを噛んでは、次の一本を取り出している。


「クソ。禁煙なんてするんじゃなかった」

「いや、屋内は吸っちゃだめだから」


 鳩山は、内心でダメな大人と思いながら、とりあえずたしなめる


「お堅いやつなあ……。ばれなきゃいいんだよ」

「あんた……本当に警視なの? それよりさ、暗号だよ。暗号!」

「もしかして、解けたの?」


 実にやる気のない返事をする山口。

 ラウンジの中央ではひとりぽつんと着席しながら、必死の形相でスマートフォンをいじっている龍屋がいる。龍屋と何をやり合ったのだ、と鳩山は呆れながら続ける。


「あぁ、解けたよ。あれは『書籍暗号』だった」

「へぇ。めずらしいな。どんな本を使ったんだ?」


 エッセイを出版しているくらいだから、山口の趣味には読書でもあるのだろう。少し興味を取り戻した素振りで鳩山の話に乗ってきた。


「使われたのは、『古事記』、『竹取物語』、『源氏物語』、『太平記』の四冊、山口さんが睨んだ通りなんだよ。吉川は国語由来の書籍、古文や漢文に纏わる物を使って暗号を作っていたんだ」

「なるほど……。暗号中の日本語、あれはそれぞれの書籍冒頭文を句点句読点で切って抜き出したのか」


 さすがは山口警視だった。『今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山に……』で始まるのが竹取物語、ここから文字を抜き出すと『今竹野……』となる。

 書籍名だけでそこまでわかってくれるなら、話が早い。


「その通り! そして、それぞれのタイトルの頭文字、それを並べると……」

「『古竹源太(ふるたけ げんた)』か! 会長の! となると、あの暗号は」


 鳩山はぴっと上層階を指さす。豪華客船『メリクリウス』のスイートルーム、そして、南海出版の会長が救助を待っている場所……


「そう。『古竹源太の部屋』そこに爆破の解除キーは、ある!」


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