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地雷は尻の下

 『洋上の豪華客船』×『名探偵』といえば。そう、『事件が起こる』


 ここは、南海出版(なんかいしゅっぱん)五十周年記念パーティ会場。舞台は、東京湾から出発した豪華客船『メリクリウス』の上。そして、もう事件は起こっている。


 南海出版の会長『古竹 源太(ふるたけ げんた)』彼の傍系にして役員、『不知火 徹(しらぬい とおる)』と『不知火 紘一(しらぬい こういち)』が、椅子に仕掛けられた地雷型爆弾で爆死。寸前で気づいた女投資家の『龍屋 葵(りゅうや あおい)』は地雷付きの椅子上で座り続けているものの、なんとか生きていた。


(うん。最悪)


 龍屋はため息を吐きながら、この後のシナリオを思い起こす。


(犯人は、陸上にいる『吉川 蒼(よしかわ そう)』こいつが、船に爆弾を仕掛けた。仕掛けた爆弾は、椅子に仕掛けた地雷型の他に、もう一つ……)


 龍屋は蜂の巣を突いたようなカジノ風のパーティスペース後方へ目をやる。

 そこに鎮座するのは、パーティの目玉として用意した『特注のケーキ』と皆は思っているはずだ。しかし、実際には吉川謹製の『超特大爆弾』がカウントダウンをしている。


鳩山(はとやま)が事件を解くために必要なのは、まず陸上にいる『吉川 蒼』を捕まえること。まぁ、吉川は自首してくるんだけどね……)


 その後が問題だった。作中でも屈指の暗号を解読して、すべての爆弾を無力化する『解除キー』を見つけてもらわなければならない。


(このシナリオ、ボリュームあるから、記憶違いなければいいけど……)


 カウントダウンは六時間もあって長丁場になる。もちろん、ゼロになると爆発して船が沈むBAD END。船体が斜めに傾いて、やがて垂直に……そして、沈没。


 しかし、プレイヤーの間では、ここのBAD ENDは高評価だったりする。

 何せ、沈み行く船を巡って繰り広げられるサイドストーリーは百を超えている。


 その中でも、船内で繰り広げられる、愛憎の不倫劇は特に好評だった。許嫁がいる金髪の美青年と、貧乏画家である少女の、身分を超えた純愛。垂直に傾いた船体から、両手を広げてダイブする美青年の姿に、昔プレイした時は涙した記憶がある。


 そう言う訳で、わざと船を沈めるプレイヤーもいる程の大ボリュームのシナリオだったが、これが被害者役となれば、そうもいかない。


(椅子から離れたら爆死するし、そもそも六時間も待てない!)


 さっきから、妙にむずむずする感覚がある。これは、気づいてはいけない感覚だった。今はまだ……気のせいだと思って無視しておくことにする。


(爆破停止キーの隠し場所、その暗号のヒントを出さないと……)


 犯人である『吉川 蒼』は国語の教科書、特に古文や漢文に長く携わった元社員だ。ゆえに、こんな暗号を思いついたのだろう。彼の動機は『南海出版を変えてしまった人間への報復』だった。


 出版業界は、電子化や海賊版の氾濫で、業績が薄皮を向くように剥離している。投資家である龍屋は、株主総会で利益向上のために人員の削減を提言し、薄利になった南海出版はそれを選んだ。


 リストラの実行部隊となった不知火親子は、昨今話題の『古文や漢文の学習は不要では?』というSNSでの言説を利用した。この流れに乗って、古文や漢文に携わる部門を、追い出し部屋にした訳だ。


 吉川のいた部門は、まるで沈み行く船だったのだろう。舫綱を外されて、荒れた海に放り出されるように、彼の所属していた部門は赤字の海へ飲まれていった。いつしか、吉川もリストラ同然に南海出版を去る。


『南海出版は、古い文化なんていらないと言うのか――』


 彼の犯行動機は、会長である古竹への報恩か執着か、それはわからない。わかるのは、不知火親子と龍屋を殺そうとし、船の行く末を会長古竹に託した……それだけだった。


 吉川はこの後、警察に自首してくる。ゆえに、探偵役の鳩山は暗号解読に集中することができる。しかし、暗号文は、漢字・ひらがな・英数字・記号を織り交ぜた複雑な物。初見でノーヒントクリアはまず不可能だ。


(『書籍暗号』だから、ヒントも出しにくい)


 『書籍暗号』――文字通り書籍を使用する暗号で、例えば聖書や辞書など、広く一般に流通する場合もあれば、個人の日記帳などを使用することもある。


 具体例を上げれば、『童話、桃太郎の一行目一番目の文字を抜き出す。それをP.3、P.20、P.16の順番で行う』などと言えるだろうか。そうして抜き出された文字列を暗号として使ったり、解読するための鍵として使用したりする。


 要するに、鳩山には、まず対象となる書籍を特定してもらわないといけない。付け加えておくと、今回の暗号に使う書籍は一冊でなく、おまけに暗号自体もけっこう長い。



◇◆◇◇◆◇◇◆◇

暗号文『

天e高4%%天gT次次hhtこL

今fw竹66&野=8よ,Y名;Iさ

いQaT女p0いOoす

蒙ij察!r覆TheItre1Al

の部屋

◇◆◇◇◆◇◇◆◇



(こんなの解けるわけねえ……)


 開発スタッフの意地悪さを象徴する難易度を思い出し、龍屋はげんなりする。


(あー、やっぱり、暗号の答えもダメみたいだな)


 『犯人』と『暗号』は違うよね、と言葉遊びで答えを告げられないか試したが、頭の中では無機質な警告音が響いていた。この雰囲気からすると、『暗号の答えを知っていると確信されたら即死亡』なのだろう。


 とはいえ、今回は正直、動くこともできないし、話すような相手もとくにはいない。幸か不幸か、時間切れ以外に死ぬ心配は今回なさそうな一方で、探偵役の鳩山へのヒントが問題だった。


 なんせ、使えるのが化粧品かスマートフォンくらいしかない。おまけに……


(あー、トイレ行きたい)


 ついに、認めてしまった。六時間の時間制限の他に、もう一つある龍屋の制限。どうやら、事前に酒を飲んでいたらしく、めちゃくちゃトイレに行きたかった。


これだと多分、どんなに頑張ってもあと一時間くらいしか我慢できない。


(死ぬ……。地雷で死ぬか、社会的に死ぬか……)


 まったくもって、ただただ理不尽なのであった。



◇◆◇



「……あなたが龍屋さんですか?」

「そうです。あなたは?」


 ここでは初対面の人物へ、龍屋は返事をする。二人の男性が龍屋の真横に、その後方に女性が二人、丸みのある白柱から顔を出している。


(柱の方で隠れてるのが、服部(はっとり)雀部(ささべ)。で、鳩山(はとやま)と……『山口 勝米(やまぐち かつべい)』か)


 『山口 勝米』警視庁始まって以来の天才と言われる切れ者の若きキャリア警官だ。現在の階級は警視、二十四歳にして『迷宮なしの名警視』と影では呼ばれている。


 要するに、鳩山のライバルキャラだ。


「ご無事で何よりです。あ、私はこういう者です。本来ならこことは縁遠い立場なのですが、趣味で書いていたエッセイが出版されていた物でして……」


 山口は人懐っこい笑みを浮かべながら、警察手帳を開く。写真の肖像とは違い、彼の髪は随分とうねっている。猫っ毛の黒髪は、湿気と風が辛いのだろう。


「先ほど、本庁の方に犯人が自主してきました。犯人は元社員の『吉川 蒼』。龍屋さんはご存じですか……?」


 知っているも何も、このゲームのシナリオは全て把握している、そんな思いを飲み込みながら、龍屋役の私は目を細めてすっとぼけた。


「いいえ。誰ですか、それは」

「どうやら、リストラされたことを恨んでの犯行のようです。その彼が証言したのは『不知火親子と龍屋を爆殺した。船もじきに爆発で沈む。俺の想いが読み解けなければ』とのことでして」

「なるほど、やっぱりこれ、爆弾でしたか……」



 そこで、名探偵の鳩山が口を挟む。眉間にしわが寄って険しい。


「龍屋さん。なぜあんたは、椅子に爆弾が仕掛けられていると分かった? それだけならまだしも、立ち上がったら爆発するとまで気づいたのは、さすがに出来すぎじゃないか?」


 そんな目で睨まないで欲しい。

 声を大にしたいが、龍屋だって被害者なのだ。


(鳩山に疑われるルートなんて知らない)


 龍屋は頭を抱えたくなった。


 たしかに設定上では、この事件で生き残れば、龍屋は利益を得る者と言えるだろう。なにせ、龍屋は南海出版の株を大量に持った『筆頭株主』だ。この件で、会長家に繋がる『不知火』親子は死亡。古竹会長も辞任を免れないだろう。


 だとして、どうなるか。


『会長一派は軒並み排除され、龍屋が会社を乗っ取る』

 そんなことがまったく不可能とは、言い切れない。


「いやいや、偶然です。偶然。さすがに、こんな危ない手を打ってまで『会社の乗っ取り』なんて馬鹿げたことはしませんよ」

「……どうかな」


 鳩山は踵を返して、離れていく。

 幼馴染の服部も事件に巻き込まれたので探偵業に本気のようだが、龍屋を疑うのはお門違いもいいところだ。ただ、気になることもあった。


(龍屋が生き残るシナリオは見たことないな)


 一抹の不安が龍屋の胸をよぎる。


(もしかすると、ゲームの知識が通用しないかもしれない……)


 龍屋が顔を曇らせていると、明るい調子で山口が話しかけてきた。


「龍屋さん、彼の言うことは、まぁ、気にしないでください。私はあなたを疑ったりはしていません。むしろ、何かご存じのことがあれば教えて欲しいくらいで。それから、あと一時間半ほどでヘリに乗った爆弾処理班が到着しますから、もう少しだけ辛抱してください。……君、いいかい?」


 山口は笑みを貼り付けながら、一人の若い給仕を呼びつける。


「さきほど、古竹会長と船の船長には話を付けた。このラウンジは警察が引き受ける。君はこの女性……龍屋さんをしばらく見ていてくれないか? 私が乗客の避難誘導を済ませるまででいい」

「えっ、私がですか?」

「大丈夫だ。それに、捜査協力は市民の義務だろう?」


 山口は給仕の肩を組んで、耳へ口を寄せる。捜査協力費だ、そう呟くのが聞こえた。数枚の紙幣が、給仕の懐に消えて行った。


(食えねーな、山口も……)


 山口が避難誘導をしにいく背中を眺めつつ、龍屋は天井を見上げる。爆発のせいだろうか、煌びやかなシャンデリアのいくつかは、天井のオブジェから床の障害物へと変容していた。バカラ台もルーレット台も、ある物は壊れ、ある物は倒れている。


(高価な調度も船が傾いたら、ただの危険物か)


 そんな感想だけが、龍屋の胸に空々しく湧いてきた。

 『書籍暗号』のヒントを出す方法なんて、まだ何もなかった。

 正直、トイレのことで頭がいっぱいだった。


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