表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
謎が解けなきゃ、被害者は私だ。  作者: 吉川緑
吹雪のコテージ
5/27

やっと解けたの?名探偵

柴田(しばた)さんと兎本(うもと)さんに、話したいことがあります」



 鳩山(はとやま)はリビングの中央、木製テーブルの前に立つ。

 テーブルにいるのは柴田と服部(はっとり)。兎本は案の定、暖炉脇で丸椅子に座っている。


 懸賞や、様々な理由で集められた人々。

 最初にテーブルを囲んだ時から比べれば、ずいぶんと減ってしまった。


 『目白 結衣(めじろ ゆい)』、『森由 秋沙(もりよし あいさ)』、『雀部 由恵(ささべ ゆえ)』この三人は、いなくなった。

 言うまでもなく、コテージで起きた殺人事件のせいで。



「このコテージで起きた殺人事件、その最後の犯行を防ごうと思っています」


「……どういうことだい?」


 柴田が目を細めて、どこか不可思議そうな視線を向けてくる。


「順を追って説明しましょう。この場に残っているのは四人。服部と俺がこのコテージに来たのは偶然、」


 鳩山は両手を広げて、柴田と兎本へ交互に視線を向ける。


「つまり、柴田さんと兎本さんのどちらかが、犯人ということになります」


「それは、何か証拠でもある話なのかい?」



 丸椅子に座って手を組む兎本は前かがみになりながら、整った口元を歪める。


 そう、この事件を解く上で最も重要なことは『証拠』だ。

 真っ先にそこを突いてくる兎本は、理解しているのだろう。

 犯人を特定する『証拠』や『矛盾』。この事件では、それがまだ存在しない。


 もちろん、犯人がしっかり隠ぺい工作をしているのもあるだろう。

 荒天で警察が来ていないために、証拠が見つかっていない可能性もある。

 しかし鳩山は、多少の証拠があったところで意味がないと推理していた。



「兎本さんが気にしていることはわかります。犯人の思惑通りに進めば、恐らく、証拠や目撃者は、まったく存在しなかったでしょうね」


 鳩山の言葉を聞いて、兎本は値踏みするように目を細める。


「だから、俺は最初に言ったんです。『犯行を防ぐ』と。……柴田さん、あなたは犯人ですか?」


「……何を馬鹿な」


「じゃあ、一般論として言いましょう。『自分と相手で二人きり。そこで殺人が起こる。自分が殺していないとすれば、殺したのは相手』……いかがですか?」


「ノーコメントだ」



 そう言って柴田は大きなため息を吐く。明確な答えは口にしてくれない。

 彼は木製テーブルの天面へ目を向け、迷うように目を閉じた。



「残っている人物は二人。その上で自分が犯人でないとすれば、相手が犯人。これは当然の帰結です」



 柴田への質問は、簡単な確認だった。

 『犯行を防ぐ』それは、事件の犯人を明らかにし、その企みを看破するものだ。



「……」


「これは、兎本さんから見ても、同じことが言えます。コテージに人の出入りは不可能。被害者が増えるほど、生存者は減っていく。同時に『犯人の候補者』も絞られていく」


 鳩山の声だけが響く。柴田は目を閉じたままで、兎本も口を開かない。


「言い換えれば、必ず誰かが『犯人』に辿り着く」


「それじゃあ、犯人はどうやって逃げるのよ? じんくん」



 服部が鳩山に訊ねる。

 さすがは服部、いい質問だった。本題は、そこだ。



「そう、『犯人はどう逃げるのか?』それが次の犯行を防ぐキーワードだ。ここで、このコテージに集められた人物の名前を思い出してください。ただし、森由だけは、『森 由秋沙』の方、柴田さんは本名の『鵜飼 洋』で」


 本来の招待客は五名だ。

 『目白 結衣(めじろ ゆい)』、『森 由秋沙(もり ゆあさ)』、『雀部 由恵(ささべ ゆえ)』、『鵜飼 洋(うかい よう)』、『兎本 翔(うもと しょう)



「名前に共通点があります。ラストネーム、つまり名前のイニシャルが『Y』で、なおかつ、鳥の名前が入っているんですよ。たった一人を除いて」



 『目白(めじろ)』、『秋沙(あいさがも)』、『(すずめ)』、『()』すべて鳥の名前だった。

 『兎本 翔』を除いて。



「わかりますよね。『兎本 翔』さん。あなただけが、そのどちらにも当てはまらない。あなたが、このコテージに人を集めた張本人ではないですか?」



 鳩山は、ゆっくりと兎本へ視線を向ける。

 整った顔立ちの人間が表情を凍らせていると、ひどく恐ろしい。

 兎本は何を思っているのか読み取れなかった。



「……まるで俺のことを殺人犯にしたいように聞こえるが、証拠はあるのか?」


 証拠、それを無視して鳩山は言葉を続ける。


「兎本さん、あんたがどういう理由でみんなを集めたのかはわからない。けどな、まずこれだけは言っておく。『森由 秋沙』を殺したのは、あんたの勘違いだ」


 兎本が微かに目を伏せたように見えた。


「あんたは、森の名前を『森 由秋沙』だと思った。だからイニシャルにYが入るとして殺した」



 鳩山は目に怒りを宿して兎本を睨みつける。もう、すべてわかっている。

 兎本が拘っていたこと、『証拠』についても言及する。



「そもそも、あんたの目的は次の犯行をすることだ。これまで犯行は、あんたにとってただの序章に過ぎない」


 鳩山は一呼吸おく。


「言い換えれば、犯行が暴かれることすら計画の一部なんだ。証拠云々の話は、計画のペースを調整する言い訳にすぎない。最後の最後に証拠もろとも消し去る仕掛け、例えば、コテージに火をつけるような、そんな計画を残しているからだ」



 雀部の部屋が焼け落ちたことを思えば、それくらいの準備はあるだろう。


 そもそも、本気で犯行を隠したいなら、攪乱に誰かを招待することもできる。

 『イニシャルY』と『鳥』の法則に当てはまらない誰かを。

 でなければ、自ら死んだふりでもして身を隠す、それが鳩山の読みだった。


 『自分は犯人でない』その前提で生存者を見れば、『仲間外れ』は目立つ。

 残りが四人では難しいかもしれないが、鳩山は残り三人(三組)で見破った。

 実際には、柴田も犯人は兎本だと思っていたに違いない。言わなかっただけだ。



「そして、なぜそんなことをしようとするのか? それは、あんたが話していた妹さんの事故死。それから、柴田さんが言っていた『事故では救助しきれない人がいた』それを聞いてわかったよ」


 すべて明らかにしてやる。兎本の計画も、心の奥底も、隠している物も。


「あんたが目論んでいる『最後の犯行』それは、『妹の復讐』。暖炉に隠している何かを使って演出する、生存者同士の生き残りを賭けた『醜い争い』だ!」



 鳩山は兎本の定位置である暖炉を指さす。

 最初に『目白 結衣』が殺された時を除けば、兎本はずっと暖炉の側にいた。

 それは、暖を取る目的の他にも、『人を近づけないため』だったのだろう。


 くっくっく、と兎本は邪悪な笑みを浮かべた。



「いやあ、なかなかの名推理だね。君の言う通り、ばれようがばれまいが、俺にとっては関係ないんだ。もちろん、あっさり白状する気もなかった。できれば直接手を下したいからな」


 善良で丁寧な言葉遣いの大学生から、殺人犯に豹変する兎本。


「だが、そろそろ気づかれないと、むしろ困る。雀部が死んで計算が狂ったが、君の推理通りだよ。俺は、お前らを醜く争わせたい。たった一人の妹を見殺しにしたように、見殺しにされりゃいいんだ!」



 兎本は顔をひずませて吐き捨てる。ゆっくりと立ち上がった。

 その表情はない。妹を思い出しているのか、喪失感を噛みしめているのか。

 彼は、暖炉の煙突と壁の隙間から、金属製のスイッチの様なものを取り出す。



「さぁ、クイズの時間だ。これを押すと、コテージ周辺に仕掛けた爆弾が爆発して雪崩が起きる。コテージはあっと言う間に雪の下敷きさ。危険を承知でも、スノーモービルに乗れるのは一人だけ。さぁ鵜飼……どうする? 俺の妹を見捨てたように、今度はその二人を見捨てるか?」


「やはりか……。君は……あの子のお兄さんなんだね……」


 柴田はぽつりと呟く。


「あれは仕方なかったんだ。彼女も連れて行こうとしたが無理だった。彼女は自分から残ったんだよ。『私なら、滑って降りられるから』って……」


「知らないね。もうこれで終わりだ。俺は元よりここで死ぬつもりだった」



 兎本がスイッチを高く掲げ、押し込む。『かち』と硬質な音がする。

 しかし、起こるはずの爆発音は聞こえてこない。


 鳩山はにやりと笑い、手を兎本へ差し向ける。

 服部に一瞬でいいから鳩山を誘い出すよう頼んだのは、そのためだった。



「スイッチには細工をしている。もう犯行はできない。自首するんだ」


「ま、そうだよね。場所を知っていて取り換えないんじゃ、ただの馬鹿だ」


 そういって兎本は、座っていた丸椅子の裏側から、新たなスイッチを取り出す。


「なっ……?!」



 鳩山の顔が驚愕に大きくゆがむ。

 もう一つ予備のスイッチを用意していることは、想像していなかった。

 頭の中では、ここで観念して崩れ落ちるに違いないと想定していたのだ。


 まずい、それだけが頭の中を巡る。兎本の用心深さを見誤っていた。

 このままだと、全員が雪崩に巻き込まれてしまう。



「みんな、逃げろ!!」


「もう、遅いよ……」



 その瞬間、強い恨みに光を失った兎本の目だけが、いやに目についた。



◇◆◇



(ようやく、事件が解決した……)



 感想なんて他にあるだろうか。雀部はずずっと鼻をすする。

 リビングを窓から覗き込んでいるが、寒くて鼻から氷柱が垂れそうだった。


 ここに至ったきっかけは、もちろん柴田との短い会話の後だ。

 部屋にこもった雀部は、シナリオとクリア条件を何度も思い出した。

 しかし、いくら探そうとも助かりそうと思える道はなかった。


 何をしてもルールに触れる気がして、あれも駄目、これも駄目とぺけを付けた。

 最後の最後に残ったのは『隠れておくこと』これだけ。

 言ってみれば、隠れてこそこそと事件の行く末を操作し続けたわけである。



(これも危なかったけどね。森由の雪だるまにヒントを入れたり、爆弾と燃料を使って死んだふりしたのを、自演と見破らなくて良かった)



 偽装用の爆弾と燃料は、兎本が雀部を殺すために準備していた物を拝借した。

 自分を殺すためと見れば物騒な代物も、コテージを壊すのには便利だった。


 ひとつ問題があったとすれば、雪だるまの中がとても寒かったことだろう。

 火だるまになるつもりはなかったので我慢したが、抜け出すのも大変だった。



(死んだのを装うって、けっこう難しい)



 復讐に燃えていた兎本の立場に立てば、とても驚いたことだろう。

 なにせ、自分でやっていない事柄が立て続けに起こったのだから。


 まあ、驚いてもらうのは次が最後だ。

 今、雪崩を起こそうとしている予備のスイッチ、あれは壊しておいた。

 もちろん、外見ではまったくわからなかったことだろう。



(電化製品なんて、電子レンジに入れれば一瞬……と言う訳で)



 リビングの中では、兎本が戸惑ったようにスイッチを何度も押している。

 ミッション完了だぜ、と雀部は胸の奥で親指を立てた。



「小手―!」



 気合を入れた麗しの女子高生『服部 瞳』

 彼女は剣道の国体選手だ。あんなほうきでも、棒を持たせたら恐ろしかろう。

 雀部は事件の終末を無事に見届け、生き延びたことにほっと胸を撫でおろす。


 手に息を吐きかけて暖めながら、兎本が縛り付けられていくのを眺める。



「凍死する前で助かった。全く、さっさと解いてくれよな、名探偵は……」



 くしゅん、と雀部は大きなくしゃみをして身体を震わせたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ