やっと解けたの?名探偵
「柴田さんと兎本さんに、話したいことがあります」
鳩山はリビングの中央、木製テーブルの前に立つ。
テーブルにいるのは柴田と服部。兎本は案の定、暖炉脇で丸椅子に座っている。
懸賞や、様々な理由で集められた人々。
最初にテーブルを囲んだ時から比べれば、ずいぶんと減ってしまった。
『目白 結衣』、『森由 秋沙』、『雀部 由恵』この三人は、いなくなった。
言うまでもなく、コテージで起きた殺人事件のせいで。
「このコテージで起きた殺人事件、その最後の犯行を防ごうと思っています」
「……どういうことだい?」
柴田が目を細めて、どこか不可思議そうな視線を向けてくる。
「順を追って説明しましょう。この場に残っているのは四人。服部と俺がこのコテージに来たのは偶然、」
鳩山は両手を広げて、柴田と兎本へ交互に視線を向ける。
「つまり、柴田さんと兎本さんのどちらかが、犯人ということになります」
「それは、何か証拠でもある話なのかい?」
丸椅子に座って手を組む兎本は前かがみになりながら、整った口元を歪める。
そう、この事件を解く上で最も重要なことは『証拠』だ。
真っ先にそこを突いてくる兎本は、理解しているのだろう。
犯人を特定する『証拠』や『矛盾』。この事件では、それがまだ存在しない。
もちろん、犯人がしっかり隠ぺい工作をしているのもあるだろう。
荒天で警察が来ていないために、証拠が見つかっていない可能性もある。
しかし鳩山は、多少の証拠があったところで意味がないと推理していた。
「兎本さんが気にしていることはわかります。犯人の思惑通りに進めば、恐らく、証拠や目撃者は、まったく存在しなかったでしょうね」
鳩山の言葉を聞いて、兎本は値踏みするように目を細める。
「だから、俺は最初に言ったんです。『犯行を防ぐ』と。……柴田さん、あなたは犯人ですか?」
「……何を馬鹿な」
「じゃあ、一般論として言いましょう。『自分と相手で二人きり。そこで殺人が起こる。自分が殺していないとすれば、殺したのは相手』……いかがですか?」
「ノーコメントだ」
そう言って柴田は大きなため息を吐く。明確な答えは口にしてくれない。
彼は木製テーブルの天面へ目を向け、迷うように目を閉じた。
「残っている人物は二人。その上で自分が犯人でないとすれば、相手が犯人。これは当然の帰結です」
柴田への質問は、簡単な確認だった。
『犯行を防ぐ』それは、事件の犯人を明らかにし、その企みを看破するものだ。
「……」
「これは、兎本さんから見ても、同じことが言えます。コテージに人の出入りは不可能。被害者が増えるほど、生存者は減っていく。同時に『犯人の候補者』も絞られていく」
鳩山の声だけが響く。柴田は目を閉じたままで、兎本も口を開かない。
「言い換えれば、必ず誰かが『犯人』に辿り着く」
「それじゃあ、犯人はどうやって逃げるのよ? じんくん」
服部が鳩山に訊ねる。
さすがは服部、いい質問だった。本題は、そこだ。
「そう、『犯人はどう逃げるのか?』それが次の犯行を防ぐキーワードだ。ここで、このコテージに集められた人物の名前を思い出してください。ただし、森由だけは、『森 由秋沙』の方、柴田さんは本名の『鵜飼 洋』で」
本来の招待客は五名だ。
『目白 結衣』、『森 由秋沙』、『雀部 由恵』、『鵜飼 洋』、『兎本 翔』
「名前に共通点があります。ラストネーム、つまり名前のイニシャルが『Y』で、なおかつ、鳥の名前が入っているんですよ。たった一人を除いて」
『目白』、『秋沙』、『雀』、『鵜』すべて鳥の名前だった。
『兎本 翔』を除いて。
「わかりますよね。『兎本 翔』さん。あなただけが、そのどちらにも当てはまらない。あなたが、このコテージに人を集めた張本人ではないですか?」
鳩山は、ゆっくりと兎本へ視線を向ける。
整った顔立ちの人間が表情を凍らせていると、ひどく恐ろしい。
兎本は何を思っているのか読み取れなかった。
「……まるで俺のことを殺人犯にしたいように聞こえるが、証拠はあるのか?」
証拠、それを無視して鳩山は言葉を続ける。
「兎本さん、あんたがどういう理由でみんなを集めたのかはわからない。けどな、まずこれだけは言っておく。『森由 秋沙』を殺したのは、あんたの勘違いだ」
兎本が微かに目を伏せたように見えた。
「あんたは、森の名前を『森 由秋沙』だと思った。だからイニシャルにYが入るとして殺した」
鳩山は目に怒りを宿して兎本を睨みつける。もう、すべてわかっている。
兎本が拘っていたこと、『証拠』についても言及する。
「そもそも、あんたの目的は次の犯行をすることだ。これまで犯行は、あんたにとってただの序章に過ぎない」
鳩山は一呼吸おく。
「言い換えれば、犯行が暴かれることすら計画の一部なんだ。証拠云々の話は、計画のペースを調整する言い訳にすぎない。最後の最後に証拠もろとも消し去る仕掛け、例えば、コテージに火をつけるような、そんな計画を残しているからだ」
雀部の部屋が焼け落ちたことを思えば、それくらいの準備はあるだろう。
そもそも、本気で犯行を隠したいなら、攪乱に誰かを招待することもできる。
『イニシャルY』と『鳥』の法則に当てはまらない誰かを。
でなければ、自ら死んだふりでもして身を隠す、それが鳩山の読みだった。
『自分は犯人でない』その前提で生存者を見れば、『仲間外れ』は目立つ。
残りが四人では難しいかもしれないが、鳩山は残り三人(三組)で見破った。
実際には、柴田も犯人は兎本だと思っていたに違いない。言わなかっただけだ。
「そして、なぜそんなことをしようとするのか? それは、あんたが話していた妹さんの事故死。それから、柴田さんが言っていた『事故では救助しきれない人がいた』それを聞いてわかったよ」
すべて明らかにしてやる。兎本の計画も、心の奥底も、隠している物も。
「あんたが目論んでいる『最後の犯行』それは、『妹の復讐』。暖炉に隠している何かを使って演出する、生存者同士の生き残りを賭けた『醜い争い』だ!」
鳩山は兎本の定位置である暖炉を指さす。
最初に『目白 結衣』が殺された時を除けば、兎本はずっと暖炉の側にいた。
それは、暖を取る目的の他にも、『人を近づけないため』だったのだろう。
くっくっく、と兎本は邪悪な笑みを浮かべた。
「いやあ、なかなかの名推理だね。君の言う通り、ばれようがばれまいが、俺にとっては関係ないんだ。もちろん、あっさり白状する気もなかった。できれば直接手を下したいからな」
善良で丁寧な言葉遣いの大学生から、殺人犯に豹変する兎本。
「だが、そろそろ気づかれないと、むしろ困る。雀部が死んで計算が狂ったが、君の推理通りだよ。俺は、お前らを醜く争わせたい。たった一人の妹を見殺しにしたように、見殺しにされりゃいいんだ!」
兎本は顔をひずませて吐き捨てる。ゆっくりと立ち上がった。
その表情はない。妹を思い出しているのか、喪失感を噛みしめているのか。
彼は、暖炉の煙突と壁の隙間から、金属製のスイッチの様なものを取り出す。
「さぁ、クイズの時間だ。これを押すと、コテージ周辺に仕掛けた爆弾が爆発して雪崩が起きる。コテージはあっと言う間に雪の下敷きさ。危険を承知でも、スノーモービルに乗れるのは一人だけ。さぁ鵜飼……どうする? 俺の妹を見捨てたように、今度はその二人を見捨てるか?」
「やはりか……。君は……あの子のお兄さんなんだね……」
柴田はぽつりと呟く。
「あれは仕方なかったんだ。彼女も連れて行こうとしたが無理だった。彼女は自分から残ったんだよ。『私なら、滑って降りられるから』って……」
「知らないね。もうこれで終わりだ。俺は元よりここで死ぬつもりだった」
兎本がスイッチを高く掲げ、押し込む。『かち』と硬質な音がする。
しかし、起こるはずの爆発音は聞こえてこない。
鳩山はにやりと笑い、手を兎本へ差し向ける。
服部に一瞬でいいから鳩山を誘い出すよう頼んだのは、そのためだった。
「スイッチには細工をしている。もう犯行はできない。自首するんだ」
「ま、そうだよね。場所を知っていて取り換えないんじゃ、ただの馬鹿だ」
そういって兎本は、座っていた丸椅子の裏側から、新たなスイッチを取り出す。
「なっ……?!」
鳩山の顔が驚愕に大きくゆがむ。
もう一つ予備のスイッチを用意していることは、想像していなかった。
頭の中では、ここで観念して崩れ落ちるに違いないと想定していたのだ。
まずい、それだけが頭の中を巡る。兎本の用心深さを見誤っていた。
このままだと、全員が雪崩に巻き込まれてしまう。
「みんな、逃げろ!!」
「もう、遅いよ……」
その瞬間、強い恨みに光を失った兎本の目だけが、いやに目についた。
◇◆◇
(ようやく、事件が解決した……)
感想なんて他にあるだろうか。雀部はずずっと鼻をすする。
リビングを窓から覗き込んでいるが、寒くて鼻から氷柱が垂れそうだった。
ここに至ったきっかけは、もちろん柴田との短い会話の後だ。
部屋にこもった雀部は、シナリオとクリア条件を何度も思い出した。
しかし、いくら探そうとも助かりそうと思える道はなかった。
何をしてもルールに触れる気がして、あれも駄目、これも駄目とぺけを付けた。
最後の最後に残ったのは『隠れておくこと』これだけ。
言ってみれば、隠れてこそこそと事件の行く末を操作し続けたわけである。
(これも危なかったけどね。森由の雪だるまにヒントを入れたり、爆弾と燃料を使って死んだふりしたのを、自演と見破らなくて良かった)
偽装用の爆弾と燃料は、兎本が雀部を殺すために準備していた物を拝借した。
自分を殺すためと見れば物騒な代物も、コテージを壊すのには便利だった。
ひとつ問題があったとすれば、雪だるまの中がとても寒かったことだろう。
火だるまになるつもりはなかったので我慢したが、抜け出すのも大変だった。
(死んだのを装うって、けっこう難しい)
復讐に燃えていた兎本の立場に立てば、とても驚いたことだろう。
なにせ、自分でやっていない事柄が立て続けに起こったのだから。
まあ、驚いてもらうのは次が最後だ。
今、雪崩を起こそうとしている予備のスイッチ、あれは壊しておいた。
もちろん、外見ではまったくわからなかったことだろう。
(電化製品なんて、電子レンジに入れれば一瞬……と言う訳で)
リビングの中では、兎本が戸惑ったようにスイッチを何度も押している。
ミッション完了だぜ、と雀部は胸の奥で親指を立てた。
「小手―!」
気合を入れた麗しの女子高生『服部 瞳』
彼女は剣道の国体選手だ。あんなほうきでも、棒を持たせたら恐ろしかろう。
雀部は事件の終末を無事に見届け、生き延びたことにほっと胸を撫でおろす。
手に息を吐きかけて暖めながら、兎本が縛り付けられていくのを眺める。
「凍死する前で助かった。全く、さっさと解いてくれよな、名探偵は……」
くしゅん、と雀部は大きなくしゃみをして身体を震わせたのだった。