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謎が解けなきゃ、被害者は私だ。  作者: 吉川緑
吹雪のコテージ
3/27

死刑台への道

(次の被害者は、高校生コンビの同級生……『森由秋沙』だったか)



 コテージへ来るはずだった彼女は、部活動で怪我をしたらしい。

 それで同級生の鳩山(はとやま)服部(はっとり)にコテージへの招待券を譲ったと聞く。


 惨劇が起こるコテージへ来なければ、凶刃からは逃げられそうなものだろう。

 しかし、兎本(うもと)はそんな生易しい男ではない。きっちり『森由秋沙』を殺害。

 おまけに、わざわざ死体をコテージに持ち込んで見せびらかす所業まで。


 趣味が悪い、というか、執念深すぎる。その他に感想など、あるだろうか。


 とはいえ、そんな同級生の死を目の当たりにし、覚醒するのが鳩山。

 本気になった彼は、今後も繰り返す決め台詞を発して、事件解決を決意する。



(『俺に不可能なことなんてない! ばあちゃんの教えにかけて!』だっけ)



 何度も聞いた台詞を脳内再生しながら、雀部(ささべ)はシナリオを思い返す。

 ゲーム中では、いくつか条件を満たすことで、めでたく事件解決となっていた。



(まず鳩山が本気を出すこと。そして、柴田(しばた)の本名が明らかになる。あとは……)



 コンロをぼんやりと眺めていると、ヤカンから湯が沸いたと声がした。

 雀部は白磁のポットへゆっくりヤカンを傾ける。

 ほんのりと上がる湯気とハーブの香りがいい。リラックスにはハーブだろう。



服部(はっとり)さん、ジャーキーがあったよ。大人組にはありがたい発見だ」


「私はチョコレートを見つけましたね、柴田さん。あ、お茶はどうですか?」


「ちょうどよく沸きました。戻りましょうか」



 服部がチョコレートを溶かしている。電子レンジから鈴の音がした。


 人数分のカップとソーサーは思ったより重く、思考は一時中断だ。

 ジャーキーをだしにすれば、ミッシングリンクへ誘導できるかもしれない。



(ジャーキーといえば……牛。そこから転じて、豚から『鳥』へ)



 雀部は、そういえば、と思い返す。

 始めてプレイしたときは、『森由秋沙』の死と共に、こんな推測をした。


 一人目『目白 結衣(めじろ ゆい)』、二人目『森由秋沙』どちらも被害者は女性。

 次もまた女性が死ぬのでは、と。


 兎本はプレイヤーをサポートしてくれていたので、犯人とは思わなかった。

 だから、『柴田 洋(しばた よう)』が一番怪しく見えていた。



(ここの雑談パートで、雀部が柴田に『殺してやる』とか言ってたし。まるっきり死亡フラグ)



 リビングに戻ると、テーブルでは鳩山(はとやま)が突っ伏していた。

 腹でも減ったのか眠いのかは知らないが、探偵業はまだ開店前らしい。

 雀部は、ため息を吐きたいのを堪え、茶器を置いていく。


 兎本はと言えば、暖炉横で壁にもたれている。彼はあそこがお気に入りだ。

 もしかすると、それにも対処する必要が出るかもしれない。


 雀部が座ると、柴田が質問を投げてきた。雑談パートの始まりだ。



「雀部さん。君は確か、近くのスキー場で起きた、ある事故に関わっていたよね」



 さて、どう答えていくべきか。

 この事件こそが兎本の動機でもあるので、重要なパートだった。



「あの事故は覚えているよ。何人か被害者が出て、妹も巻き込まれてしまった」


 事故によって妹を失ったと、兎本は回想を吐き出している。


「そんなことが……」


 服部が気の毒そうな視線を兎本に向ける。

 さすが文武両道の完璧ヒロイン。こんな殺人鬼に同情の視線を下賜するなんて。



(兎本の動機は、妹の仇を討つこと)



 事故で死んだ兎本の妹が握っていたのは、千切れたキーホルダー。

 そして、そのキーホルダーこそが仇に繋がる物と、兎本は考えている。


 まあ、兎本の境遇には同情すべきところもある。

 ゲーム中のキャラ紹介では、兎本は両親を早くに失くしているらしい。

 兄妹揃って施設で育っていて、妹はたった一人の肉親。

 その妹を疑わしい事故で亡くしたのだから、復讐の鬼になるのも頷ける話だ。


 でも、候補者を片っ端から殺すのはどうかと思う。それに……



(私は、その仇じゃないんだよなあ……)



 内心で愚痴をこぼしつつ、雀部はどう返答するべきかをまだ悩む。

 シナリオ通りなら、ここで激高して柴田と口喧嘩を始めるのが雀部だ。

 柴田へ『知らない』やら『殺してやる』と喚いて、部屋に閉じこもってしまう。


 その後、ひたすら部屋に引きこもり、次の出番は作中ダントツの死に方で退場。

 あんまりと言えばあんまりな雀部の運命に、プレイした時は唖然としたものだ。


 しかし、そんなキャラクターに『召喚』された以上、運命に抗わねばならない。



(柴田の本名をバラすか、間食を上手く使うか、どっちかはしないと)



 雀部は覚悟を決めて息を吸う。

 もちろん、『犯人を知っていると誰かに確信されたら即死亡』のリスクもある。

 でも雀部には、鳩山のいる場で長々と会話があるシーンが、ここしかない。



「そういう柴田さんこそ、何かを隠しているのではありませんか?」



 あえて、質問を質問で返す。

 『森由秋沙』が登場するのは明日の朝だ。まだ鳩山は覚醒していない。


 ゆえに、作戦は『できるだけ話を引き延ばすこと』。

 鳩山の興味を惹くか、記憶に残るか。そのどちらかさえ達成できればいい。

 文字通り命懸けだ。だけど、多少無理してでも成し遂げなければ。



(というか、『雀部』が死んだら次は柴田が殺される順番だし)


 解決に向けて雀部が頑張るのは、柴田のためにもつながる。

 むしろ、感謝して欲しいくらいだった。



「ふぅん。まるで、何かを知っているような口ぶりだね?」



 そう柴田が呟いた瞬間、雀部の脳裏に不穏な感覚がよぎった。

 どくん、と脈が激しく波打ち、頭の片隅が何か警告を発している。

 時間がものすごく凝縮されて、一瞬が一生に思えるような感覚。



(あー……そういうことか。まずい)


 雀部は気づいた。気づいてしまった。

 『誰かに犯人を知っていると思われたら即死亡』に隠された意味を。


(これって、『雀部が犯人』って確信されても、駄目やん)



 雀部が犯人であれば、雀部自身は自らが犯人だと知っていて当然。

 そう捉えることもできる。ルールの裏側に隠された落とし穴かもしれない。


 柴田目線から見れば、犯人は雀部か兎本のどちらかなわけで。

 兎本が可哀そう面しているところで、意味深な雀部を見たらどう思われるか。



(『関係者の始末を狙ってる?』とか思われたらどうしよう)



 ルールというのは線引きだ。制限と見るのか、自由と捉えるのか。

 兎本にバレずに『ヒントを出すのはルール内』として自由を謳歌していた。

 しかし、バレていけないのは兎本だけではなかった。


 線引きを見誤った。

 このコテージいる人間、その全てが雀部の命を奪うトリガー足りえるとすれば。



(地雷原で踊っているようなもの……)



 ましてや、柴田は少し前から雀部に疑いを向けている節があった。

 リビングからキッチンへの途中、柴田と兎本が目配せしていたのを思い返す。



(何より柴田は、目ざとくて事情通なキャラ設定……!)


「大丈夫ですか? 雀部さん、顔色が少し悪いようですけど……」



 とは、美人女子高生の服部ちゃん。まるで私の心を癒す女神。

 鳩山はティーカップで手を暖めながら呆けている。早く探偵業をして欲しい。


 内心でハンカチをぎりぎりと噛んで引っ張る。

 このティータイムの機会を失うのは惜しい、とても惜しい。

 だが、それ以上に柴田との議論からは危険な香りが漂っている。


 もし柴田に『雀部が犯人だ』、と思われてしまったら、どうなるか。

 『誰かに犯人を知っていると確信されたら即死亡』に触れてしまうだろう。



(最後に生き残るのは、勇敢な奴じゃない。慎重な奴だ……)



 頭の中で鳩山を殴りつけて少し落ち着くと、雀部は冷静になろうとした。

 『森由秋沙』がこのコテージに死体として登場するのは、明日の朝。

 そこで鳩山は覚醒してクリア条件の一つを満たすが、まだ足りない。



(残り二つ……。柴田の本名と兎本が妹の仇をどう探したのかを……鳩山が理解しないと……)



 時間はない。どう伝えればいい。もし死んだらどうなる。

 冷静、そんなの無理に決まっている。問題が積み重なって混乱してきた。

 誰と話しても危険。そんな焦燥感だけが少しずつ間合いを詰めてくる。


 決断。雀部にとっては苦渋の選択。



「すいません……ちょっと体調が優れなくて……部屋に戻ります」



 シナリオに従うことにした。

 無念にも、貴重なティータイム、鳩山にヒントを出す機会を失ってしまった。

 柴田と口論にはならず、『ファッキュー』とはならなかったのはいい。


 しかし、『柴田の本名』をばらすことはできていない。

 『ジャーキー』を使って、仇を探した方法を示唆することもできなかった。



(一番殺してやりたいのは、私を雀部役にした得体のしれない奴だ)



 結局、一人部屋にこもるはめになってしまった。

 客室に戻ると、壁掛け時計が無情にも告げている。

 兎本の凶刃にかかるまでに残されているのは、あと十時間もなかった。



(死刑台を一歩ずつ上る虜囚かよ)



 雀部は拳を握りしめた。


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