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謎が解けなきゃ、被害者は私だ。  作者: 吉川緑
吹雪のコテージ
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疑いの目

「……全員にアリバイがないっていうのは、どういうことだよ?」



 このアドベンチャーゲームの探偵役、男子高校生の『鳩山 二(はとやま じん)』が兎本を見る。


 このゲームは彼が探偵として成功していく姿を描く、立身出世の物語。

 名探偵へと至る道の始まり。それが吹雪で外界から隔絶されたこのコテージだ。


 この後、彼が行く先々では、たくさんの人が死体となって転がる羽目になる。

 『一将功なりて万骨枯る』とはよく言ったものだ。骨側から見れば忌々しいが。


 さておき、一同は『目白 結衣(めじろ ゆい)』の客室からリビングへと、場所を移していた。


 客室は一人一戸のガーデンハウス風の佇まいで、リビングはコテージにある。

 客室とリビングは離れているわけではなく、短い廊下で繋がっている。


 もちろん、行き来は自由。

 パブリック空間とプライベート空間を両立した構造だった。



「鳩山くん、よく考えてみてください。このコテージには私たちのほか、誰もいませんよね? 一人乗りのスノーモービルが一台だけありますが、外はこの猛吹雪です。出ることも、近づくこともできません」


「そうね、スマホも全然つながらないし……」


 鳩山の幼馴染にして美少女高校生の『服部 瞳(はっとり ひとみ)』は不安そうに手を握る。



「つまり、外界から隔絶されたここで、目白嬢がこんな風に死んだとなれば、この中の誰かが殺したのではなかろうか。君はそう言いたいのだろう?」


 齢五十といったところ。眉間にしわを寄せた壮年の記者『柴田 洋(しばた よう)』が加える。



「えぇ、その通りです、柴田さん。目白さんは首を紐で絞められています。部屋に鍵もなく出入りは自由。時間は昨夜から今朝にかけてでしょうか。具体的にいつ殺されたのかは分かりませんが……」


 話しを進めるのは、工学系の大学生で美青年『兎本 翔(うもと しょう)』。事件の犯人である。



(あんたが殺しといて、よくもまあ……)


 ゲーム内に召喚された私の配役は、『雀部 由恵(ささべ ゆえ)』平凡で地味な女子大生だ。

 せいぜいゲームの記憶と知識を使って生き延びなければならない。

 もっとも、しばらくは、シナリオに身を任せるしかないが。



「では、どうして目白さんは殺されてしまったのですか……?」


 皆の視線が、おどおどした小娘の雀部へ集まる。しかし、誰も口を開かない。


「うーん。仕方ないか……。目白さんが殺された理由はわからないよ。ただ、僕のところにはタレコミが来ていてね……」


 柴田が皆に見せるように紙を掲げる。文字を切り貼りした文章が記されている。



『無作法な人間が集まるコテージで惨劇が起こる。目撃者になる気概はあるか?』



「僕はこれでも、しがない記者をしていてね。こういう書き方をされたら行かない理由はないだろう? で、来てみたらこの有様……ってわけさ」


「無作法な人間に惨劇って……俺と服部は偶然このコテージに来たんだぞ!」


「ふむ……。たしか、鳩山くんと服部さんはお友達の森さんに代わって来ていたと言っていましたよね」



 兎本の言葉に雀部はかすかに目を細める。

 部屋で聞いた『声』のルールでは、犯人が誰かを言うのは制限されている。

 だが、シナリオ通りに動けとまでは言われなかった


 要するに、犯人へ繋がるヒントとなる言動は禁止されていない。



(試してみる価値はある)



 怪しまれない程度、しかも、間違った事実を提示して否定される。

 さすがにこれで『犯人を知っている』とは思われはしないだろう。



(いけるかな……)


 大丈夫と思っても、緊張に身体が強張る。鼓動も早くなっていく。


「それじゃあ、目白さん、ええと、『目白 結衣』さんでしたか? 彼女も偶然で殺されてしまったと……?」


「それはどうだろうな? 僕はこの『無法者な人間が集まる』っていうのが気になってさ。そうだな……兎本くんはこの無法者ってどう思う?」



 雀部は柴田の言葉にほっと胸を撫でおろす。まだ自分は生きている。

 ヒントは出せるし、きっと、シナリオも変えられる。



(まだゲーム開始直後。この辺は大きく変えられない)



 この事件は、ゲーム内で最初の事件とあって、ひどく単純なものだ。

 面倒なトリックも下手なアリバイ工作も一切ない。

 殺された者から共通点を見つけ、生存者に残る『仲間外れ』を特定するだけ。


 言い換えれば、多くの人物が死ぬほど、ヒントが増えていく。

 ゲーム初心者向けのシナリオなので、進めるほど解に近づくのは納得がいく。

 もっとも三番目の『死に役』に内定している雀部としては、厄介な話だが。



(さっさと鳩山が『被害者に法則がある』のに気が付けば、私が殺される前に、ミッシングリンクに辿り着けるかも)



◇◆◇



「無法者……ですか? そうですね」


 兎本は顎に手をやる。顔と仕草は嫌になるほど決まっていた。


「招待客が次々と殺されていく、外界と隔絶されたコテージ。相互不信が始まって、全員で殺し合うことになる……なんてどうでしょうか? つまり、全員が無法者になるバトルロワイヤルが始まる……とか?」



 兎本はお手上げとばかり両手を上げる。微笑みなので、冗談のつもりだろう。

 もちろん、この手紙を出したのは犯人である兎本。要するに、はぐらかした。



(場を和ませてます、って顔で、誤魔化すわけね)


「ははは。なるほど、それなら目撃者になる気概を問われるのも頷けるな」


「そんなー。私は、じんくんと殺し合いなんてしませんよ」


「いや、ひとみんはマジで手加減しないからありえるかも――って、痛いから!」


 服部は鳩山の足先を容赦なく踏みつけていた。


(ひとみんって、あれで剣道国体級なんだよな……。可愛い顔してるのに)


「余計なこと言ってるからでしょ? 少しは真面目にしててよね!」


(そうだ。そうだ。もっと言ってやれ)



 探偵役の鳩山はだいたいスロースタートで謎を解いていく。

 しかし、のんびりしている時間が雀部にはない。


 バトルロワイヤル説で空気が和らいだものの、犯人を捜す雰囲気ではまだない。

 皆は、いきなりの惨劇に戸惑っているのだろう。兎本を除いて。



(まったく、役者だねえ……)



 手をこまねいても仕方ない。気の毒だが、次の被害者はもうこの世にはいない。

 コテージ脇の薪置き場で雪だるまに埋められていて、発見は明日の朝だ。


 雀部は席を立って提案してみる。



「……お茶でも飲みませんか? 立ちっぱなしと言うのも辛いでしょう?」


「あ、そしたら私も手伝います!」


 なんと、美少女高校生は手伝いをしてくれるらしい。気遣いまであるなんて。

 腕を組み様子を見ていた柴田も、かすかに目を細め、手を挙げた。



「じゃあ、僕も台所に何か食べ物でもないか漁ってみようかね」


(ん? なんかいま合図した?)



 柴田が兎本へアイコンタクトしていたように見えたのは、気のせいだろうか。

 深くは気にせずに、リビングルームからキッチンへ向かう。

 服部は横を、柴田は後ろについてくるようだ。



(もし私を疑ってるなら、的外れだぞ……)



 ため息をつきそうになりながら、雀部はコンロへ手をかけた。

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