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謎が解けなきゃ、被害者は私だ。  作者: 吉川緑
吹雪のコテージ
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早く解いてよ、名探偵

(真冬のコテージに名探偵が泊まる。何が起きるかなんて、予想はつく)



 そう、殺人事件が起こる。ひとりの女性が殺されていた。


 コテージの外は荒れ狂う雪。抜け出すなど、エスキモーとて難しいだろう。

 身体が震えてしまうのは、きっと寒さのせいだけじゃない。



「それで、昨晩あなたは何をしていましたか? 雀部(ささべ)さん」



 雀部――つまり私だ。

 いや、正確には『雀部』というキャラクターに私はなっているらしい。


 訳の分からない話だろう。


 どうやらアドベンチャーゲームの中へ召喚されてしまったらしい。

 なぜ、とか、どうして私が、とか、理由は誰も教えてくれないが。



(まさに悪夢だ。ましてや……)


 ただの悪夢なら起きれば終わりだ。しかし、これは夢ではない。


(『雀部』なんて殺されるモブキャラなのは、どうしてなのか)



 私はミステリーが好きだ。アドベンチャーゲームをするのが大好きだ。

 非日常への思考と錯誤を繰り返し、的中したときなど心が躍る。


 だが、あえて言おう。それは身の安全あっての話だ。

 殺されるのが分かっている役柄で立ち回るのは、私の趣味じゃない。



「どうしましたか? 答えられないのですか?」



 整った顔立ちの男、兎本(うもと)がもう一度訊ねてくる。

 答えられなければ疑われる。今の状況は、誰が犯人でもおかしくない。



「すいません。少し取り乱しまして」



 いかにも死体を目にして動揺した娘らしく言い訳をする。

 しかし、何と返すべきだろう。


 私はこのゲームを、それどころか、全てのシナリオを知っている。

 フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。全部わかっているというのに。



「昨晩は……部屋で寝ていました。もちろん、ひとりで」



 シナリオ通りの無難すぎる言葉しか出てこない。出しようがないのだ。


 兎本は周りの面々を見渡した。

 この場にいるのは、雀部を含めた五人と、物言わぬ骸がひとつ。



「つまり、ここにいる五人全員にアリバイがない。そうなりますかね」


(……好き勝手なことばかり言いやがって!)



 はたして私の表情筋は、ちゃんとした驚きの顔を作ってくれたろうか。

 話を整理して、いかにも探偵役に見えるこいつはミスリード。


 ――そう、丁寧な物腰で語るこの男、兎本こそが事件の犯人なのだ。



◇◆◇



 ことの始まりは一時間くらい前からだったろうか。

 うたた寝から目覚め、枕とシーツへ感じた、いつもと違う触り心地。


 顔をあげると見知らぬ部屋だった。

 備え付けだろうか。鏡が目に入り、どこかに違和感を覚えた。



(あれ、髪が……伸びてる? いや、これは……?)



 どこかで見たような、かすかに見覚えがある。

 しかし、鏡に映った赤いセーターと地味な顔は、自分の物ではない。

 身体をねじったり、頬をつねったりして、確かめてみる。



「夢にしてはよくできているみたいだけど……この姿は……」


 もしかしたら、と一つの心当たりに辿り着く。


「これは『雀部 由恵(ささべ ゆえ)』……か?」



 雀部は何度も繰り返しプレイしたアドベンチャーゲームのキャラクターだ。

 操作方法とゲームに慣れるために用意された、初級シナリオの登場人物。


 そして、だいたいの初見プレイヤーが救えずに『死なせてしまう』女性。



「へぇ、懐かしい。たいてい最初のシナリオで死ぬから、あまり見ないけど」


 どんなシナリオだったかな、と首をひねる。


「懸賞とかでコテージに集められる話か。妹を事故でなくした兎本が犯……」


 その瞬間、心臓を潰されるような不快感と吐き気、それから声が聞こえた。



『誰が犯人かを口にすることはできません。あなたは探偵役ではありません』



 我に返ると息が上がっている。額にびっしり水滴が浮き出ている。

 理屈や理論やらを超越する存在。それに、たくさんの何かを頭に注ぎ込まれた。


 あまりの出来事に総毛立った。立っていられず、その場にへたり込んでいた。

 そして、すべてを理解した。



(……これは夢じゃない。私はゲームの中に『召喚』されてる)



 長いようで一瞬の出来事。己の、いや『雀部 由恵』の役割を把握した。

 同時に、このままでは訪れるであろう、自らの行く末も。



(兎本に……吹雪の中で裸にされて、血を抜かれながら、油を浴びせられて、さんざん殴られた上に火を付けられて、崖の上から突き落とし……えーっと、あと、なんだっけ……)



 その死にざまは、通称『トラウマの裸踊り』と呼ばれている。

 壮絶すぎて、思わず笑うしかできないような姿。

 しかし、ゲーム中でもダントツに悲惨な殺され方といっていい。


 そんな殺され方をするほど兎本に恨まれていたのかは、残念ながらわからない。

 ともかく、プレイヤーならまだしも、体験するのは、さすがにごめんだった。



(二人目が死ぬ辺りで事件を解決すると、雀部は生き残るんだっけ……)



 幸か不幸か、これまでの『自分』としての記憶は引き継がれているらしい。

 雀部は三人目の被害者だったはず、と記憶を手繰って思い返す。



(しかし、さっきのは『神の声』とでも言うのか?)



 『声』は、逆らえない絶対的なルールを、雀部となった私に刻みつけていた。

 迫ってくる死の恐怖と、あまりにも理不尽な状況に、気づけば体は震えていた。



(逃げられない。誰が犯人か言えない。自分は誰も殺せない。……それから、)


 最後のルールがなかなか厄介だった。動きや話せる内容がかなり制限された。


(『犯人を知っていると誰かに確信されたら、即死亡』……か)



 ――状況は絶望的かもしれない。

 あるのは記憶しかない。その他に特別な力は持たされていない。



(このゲームなら全部知っているけど、不用意なことを言ったら死ぬかもな……)



 展開や相手の性格がわかるのはいい。しかし、言動に気を付けないといけない。

 ことの次第では諸刃の剣とばかりに、自分の命を奪いかねない。


 付け加えておくと、『雀部 由恵』は十九歳の平凡な女子大生である。

 取り立てて美少女とか、何かに秀でた描写なんて、作中では一切ない地味な娘。



(死にざまが一番有名なキャラとか……夢ってことにならないだろうか……)



 窓の外には高い山がそびえ、雪と風が洗濯機の中の様にぐるぐると舞っている。

 日常から切り離された現実感のない光景。しかし、夢から覚める様子はない。


 部屋の扉へ目を向ける。外から騒ぎ出す音が聞こえた。

 ここにいつまでも閉じこもって祈っている時間など、なさそうだ。



目白(めじろ)さん! 大丈夫ですか? 目白さん!」


(この事件は『目白 結衣(めじろ ゆい)』が死ぬところから始まっていたけれど……)


 つまり、舞台の幕があがった。無念にも、祈りは通じなかった。


(配役は被害者。それも、殺されるまでカウントダウン付き)



 あまりにも理不尽な仕打ちに、歯と拳に力を入れながら、なんとか立ち上がる。



(いや、座ってたいけどさ。このままじゃ殺される)



 アドベンチャーゲームの被害者として召喚された私こと雀部。

 生きるか死ぬかは、名探偵の推理に委ねられてしまった。



「さっさと解決してくれ。名探偵……」



 ぼやくくらいしか、いまの雀部にはできなかった。


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