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愛田県の実家にひそむもの    作者: MAHITO
6/7

父親の願いを聞いて、光也がつきあう

 6


「お母ちゃんとわしからじゃ。あとは任せたぞ」

 父親の手が光也の肩にそえられた。

もっとも手のひらの感触はなく、ほのかに温かみを感じるだけだが。

 そう言ったあと、父親はしばらく黙り込んで光也の顔を見ていた。

 唇を噛むと、なにやら考えている。


 上ずった声でこう切り出してきた。

「光也。言いにくいことなんじゃが、たっての願いがあるのじゃ」

 父親は生前、口数の多いほうではなく、感情もあまり表情に出さないほうであった。

 一緒に暮らしていたときは、職場で何があろうと、母と喧嘩しよう、光也の前では感情を顔に出したことはなかった。

 その父親が、これまで見たことがないほど顔を真っ赤にした。

 光也のほうは気おくれしてしながらも、成り行きから、

「……ああ、どんなこと? 父ちゃんの頼みとあれば、おれに出来ることならなんでもするよ」

 と言わざるを得なかった。

 目の前で肩をすぼめる父親はかわいそうに、まるで叱られた子供のようだった。

「実はな……」

 口から出た言葉も消え入るような弱々しいものだった。

 ところが、語られた内容は驚きで、光也は腰を抜かした。


 実家の玄関を出ると、光也は、街灯がほの明るい通りを、父親と歩いた。

 はたから見たら、初老の男とその息子が、仲良く散歩をしている姿に見えることだろう。

 いや、幽霊である父親は、道を行く人の目に見えているのかどうかは分からぬ。

 いずれにしても父親の頼みとあれば、無茶な頼みだと分かっていても、聞いてやらないわけにはいかなかった。


「そう、そこの角を曲がって二件目の家じゃ。

 玄関の門の脇にプランターが置いてあって、黄色のコスモスが咲いているんじゃ」

 父親の口から、花の名前が出るとは意外だった。

 光也の知っている生前の父親は、花のことなど口にするタイプではなかった。

 妻を亡くしたあと、ひとり身になった父親は、息子の知らないところで変わっていたのだ。


 これからドアを叩こうとしている家は父親が生前習っていた茶道の先生のところだ。

 光也は腕時計を見た。

 まもなく夜の九時になろうとしていた。

 九時となると、いきなり他人の家を訪問するのは憚られる時間だ。

 それも相手の茶道の先生は女性である。

 父親いわく、その先生は四十半ばで、未亡人であるとのこと。

 旦那に先立たれたあと、一人住まいの自宅を利用して、近所の生徒を集めて、茶道教室を開いているとのことである。


 コスモスの傍らを通り、門扉を開けると、二人は玄関ドアの前で立ち止まった。

 玄関灯が反応して、光也と父親の周りを明るく照らす。

 人感センサーは、光也には反応しただろうが、果たして父親には反応したかどうかは分からない。

 玄関ドアの横には『秋月茶道教室』と小さな看板が掲げられていた。


 光也は父親のほうを見るとあらためて確認した。

「父ちゃん。ほんとうに彼女に会うんだね……。後悔しないね」

 父親の横顔が緊張で引きつっているのが分かる。

 黙って、首を縦に振った。

 死んだ父親が幽霊となり、この世に姿を現したのは、いま会おうとしているお茶の先生が目的だった。名前はみどりさんという。

 この世に強い未練があるものは、時にはすぐにはあの世に行かず、しばらくの間、この世をさ迷うという。

 父親がそうだったのだ。

 碧さんの茶道教室までの道のり、とつとつとした口調ながら、光也にその思いを熱く語った。

 ――定年後、妻を亡くしたわしは、路頭に迷ったような思いで毎日を過ごした。

 精神的にやられそうだった。

 そして家に籠っているだけの生活が苦しく、時々散歩をするようになった。

 近所をふらふら歩き、いたずらに時間をつぶすのが日課となっていった。

 そんなとき、時々擦れ違う女性がいたのだ。

 齢は四十過ぎで、普通の主婦にしては妙に品があった。

 何度か顔を合わしたのち、挨拶を交わすようになって、次第にお互いのことも話すようになった。

 碧さんが、自宅を利用してお茶を教えていると知ってからは、わしはいてもたってもいられなくなった。

 年寄りの手習いということで茶道教室の門をたたいたのじゃ。

 わしにとっては週に二回碧さんにお茶を教えてもらうことが至福のひとときとなった――

 また、茶道教室に通い出すと、同じお茶を習っている奥さん仲間たちから、碧さんは早くに夫を亡くして、未亡人だということを知らされた。


 光也はここまで聞いてわかった。

 実家には、静まり返った和室の真ん中に茶道セットが置かれていた。

 それが妙に艶めかしい光を放っていたのは、茶道具たちに父親の思いが込められていたからだ。


 父親は茶道教室に通いながら、碧さんに思いを募らせていったのだ。

 死んだ母親への思いは過去のものとして……。光也にとってはいささか複雑な気持ちではあった。


    ( 続く )

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