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第13話

 愛泉手あいみては頭を上げて教室内を見回す。


 黙っていられると空気がどんどん重くなってくる。

 教室内は息苦しいほどの緊張感で張り詰めていた。

 誰もが彼女の次の言葉を待ち望んだ最高のタイミングで彼女は口を開いた。


「私が注目されたがっているという意見が出ましたけど、それは間違ってません。やっぱり注目はしてもらいたいです。人から賞賛を浴びたい、そう思ってない人がこの中にどれだけいるでしょうか。でも私は裸になるということで人気を取るリスクを理解しているつもりです。過激さで得たものは、さらなる過激さを求められます。裸を見たいという理由で私を支持した人はもっと多くのことを望むでしょう。触らせて欲しいとエスカレートするかもしれません。そしてそのエスカレートした要求に答えられなかった時、その人達は離れてきます。今もクラスの多くの人は私に嫌悪感を抱いています。性的な話題は嫌悪感と切り離せません。いくら身内で楽しかったからといって親しくもない人からシモネタを聞かされて不愉快な思いをしたことがある人もいますよね。それでも私は、そんなリスクを背負ってでも、裸になりたい。女であることは私の武器です。これから私はこの武器を使って生きていかなければいけません。若さも私の武器です。いずれ亡くなってしまうこの武器をどう使っていくか、それも考えなくてはなりません。私は自分自身を見つめなおすためにも裸になりたい。自分探しは遠い南の島に行くことじゃない。いま、ここで、醜さと、辛さと、苦痛と向き合うことでできると信じているからです」


 愛泉手の演説にクラスは静まり返った。


 今までの話の流れで考えはしていたものの、正直そこまでたいした理由じゃないだろと舐めていた部分もあった。


 しかし、これは愛泉手の戦いだった。

 それも真剣勝負。


 相手は、女性という性であり、世間という枠組みであり、未来という不可視なもの。


 クラスメイトの一人というよりも、同世代として生きることに対する姿勢を問われたような気がして言葉を失ってしまった。


 そこに、雑な半笑いの声が響いた。


「とか言ってるけどさぁ、何言ってるかよくわからないよねー」


 クラスのクィーンでもある侘濡葉わびぬればだった。


 せっかくの愛泉手の決意が、またあの無責任な同調する笑い声にかき消されてしまう。


 そんな悔しい思いを抱えつつも、ボクには何もできなかった。


 しかし、ボクの耳にはあのいつもの侘濡葉周辺の笑い声が聞こえてこなかった。

 見ると、侘濡葉と仲の良い女子生徒は眉間にしわを寄せて目を伏せている。


「は? なに? ごーめーん~。ハハッ」


 相変わらず心のこもってない謝罪の言葉があとをついて出たが、誰も笑わなかった。


「は? なに? ……ってか、なによ?」


 教室内が静まり返ってるせいか、侘濡葉の半笑いでこぼす言葉がよく響いた。


「は? バッカみたい」

伊馬いまちゃん、ちょっと黙ってよ?」


 侘濡葉の前の席の生徒が振り返って告げる。


「は? なにが? バッカみたい」


 侘濡葉は、自分が置かれた状況が理解できないのか、同じ言葉を繰り返す。


「伊馬ちゃん……もういいよ」

「バッカみたい」


侘濡葉はそう言いながら、周囲に視線を這わせながら両手でカールした髪を忙しくいじる。


「みんな考えて話し合ってるんじゃない。そういうのよくないよ」


 侘濡葉といつも一緒にいる女子生徒が僅かに顔を上げて言う。


「なにそれ、あたしが悪いの? ちょっとみんな聞いた? ひどくない?」


 侘濡葉は大げさに声を上げて、その女子生徒を見世物にするかのように突き上げた。


 しかしクラスのみんなも、いつも侘濡葉と仲良くしている華やかなグループの女子生徒すらも、それに同調しなかった。


「もうやめなよ」

「前々から思ってたけどさ、伊馬のそういうの、ちょっとうざいよ」

「あたしも無理くさい」


 侘濡葉と仲の良い女子が口々にそう言い出した。


 それはまるで満々と水をたたえて盤石に見えたダムが小さな穴から一気に決壊するようだった。


 きっと、女子生徒たちはそれぞれ不満の種を抱えていたのだろう。

 それでも、グループがから孤立することは、これからも続く学校生活での死刑宣告のようなもので、踏み切れなかったに違いない。

 それが一気に崩壊した。


 侘濡葉は椅子の大きく引きずる音を立てて立ち上がり、フラフラとドアに向かって歩いた。


「侘濡葉さん」


 山菓が声をかける。


「保健室!」


 侘濡葉は振り返りもせず一言だけ言って出て行った。


クラスのパワーバランスが一気に変わるほどのあまりの大事件に誰もが息を呑み、そしてとんでもないことが起こっていると改めて思い知らされた。

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