第01話
「裸の私を見て欲しい」
彼女の決意に満ちた視線は、近距離から放たれた弾丸のようにボクを撃ちぬいた。
授業中のことだ。
『お互いの夢をインタビューしましょう』と黒板に書かれている。
まだ寝ぼけた頭が回りきっていない一時間目のHR。
14歳の中学生2年生。
進路のことを考え始めてもいい年頃ではある。
ほとんどのものは高校へと進学するだろうけど、学力や家の経済状況などから現実的な選択肢を選ばなくてはなくなる。
その進路指導の一環として担任の荒史福美先生が提案をした。
『夢』なんていう大げさなことを、たいして親しくもないクラスメイトと語り合うのは気恥ずかしいものがある。
それに、無限の選択肢とまでは言わなくても、まだまだ成長途中でこれからの可能性の方が多いボクたちの世代にとって、現在薄らぼんやりと思い描いている夢なんて何の意味もないだろう。
高校時代になって、大学時代になって、社会人になってから夢に気づく人の方が多いはずだ。
それでも荒史先生は、化粧っ気が少ないながらも大人の女を感じさせる雰囲気で言った。
「『夢』を無責任に語っていられる時期は、今がきっと最後になるかも知れないから」
ボクは正直、この手の大人の理論には辟易している。
やれ、人生は甘くないとか、若いころの苦労は買ってでもしろとか、大人になればわかるとか。
それは子供、というよりも若年者の人間性を認めてないことだし、経験がないものを無条件に見下しているだけだ。
むしろ、そういうことを言う大人は、経験以外に誇るものがなく、知性も能力も若者に負けていると言う劣等感の裏返しに思える。
14歳にもなれば、自分のパーソナリティも自覚するし、世界の仕組みもわかってくる。
例えば夢を語れと言われたって、ボクが一流プロサッカー選手になるのは無理だし、国民的アイドルになれないことだってわかっている。
そうか、だから荒史先生はこんな話題を出したのかな。
子供じみたスーパーヒーローになりたい、なんていう誇大妄想じゃなく、身の丈を知った上での最大限の夢、自分が信じれる限りの自分の可能性を考えてみろってことか。
ボクの身近にいる大人たちの中では、圧倒的に話せる存在である荒史先生に対する贔屓目もあるかも知れないけど。
そんなことを考えながら、ボク、鯉須町鷲哉は、隣の席の愛泉手乃々と夢のことを語り始めた。
「ボクは人が喜ぶ顔が見たいんだ」
実にぼんやりとした、本心というよりは印象を良くするための優等生的な回答を告げた。
嘘というわけではない。
ただ、じゃぁ具体的に何になりたいのか、と考えていくと、色々と大変そうだったり、努力が必要だったりと余計なことまで悩まなくちゃならなくなるので、漠然とした心意気だけを言ったまでだ。
愛泉手は、RPGでその辺の村人に話しかけたら強制イベントがはじまった、とでも言うように驚き、そして難しそうな顔をした。
長くストレートの黒髪に大きな瞳、長いまつげ。
女子としてのレベルは間違いなく上位に入るルックスだ。
ただ、明るく元気な人気者、というよりは、物静かで引っ込み思案、なんだか儚くて詩集でも読んでそうなイメージがある。
決して自己主張をするようなタイプではないし、クラスでも声の大きな人気者グループにいるわけでもない。
しかし、そのお淑やかさが、密かに男子生徒に人気があることもボクは知っている。
人呼んで『はにかみプリンセス』ってところだ。これはボクが勝手につけたあだ名だから誰も呼んでいないけど。
唇は柔らかくぽってりして、顎は小さく尖り、鼻はキュンとしてる。
なるほど、小動物を思わせる可愛さがあると、改めて観察しながら思った。
恥ずかしがり屋なのだろう、愛泉手は白い肌を、朱に染めて勇気を振り絞るように自らの夢を口にした。
それが冒頭の言葉。
「裸の私を見て欲しい」
だった。