エンカウントサイン
あれからも1秒でも早く巨大蜂がいた場所から離れるようとたまに木にぶつかりながらも歩き続け濃霧も薄くなり朝日も昇り視界も良好になり昨日の巨大蜂の他にはエンカウントする事は無かったが、殺した巨大蜂は最悪の置き土産に最悪の毒を置いて逝った。
その厄介な毒はわかっただけでは傷口からの血が自然治癒で止まる事は無く流れ続け、更には傷が少しでもつくと瞬く間に血にまみれた肉が傷口から醜い花のように傷口に咲き、痛覚も失血のせいなのか毒のせいなのか分からないが痺れ始めているのが手から何となくわかる。
(お腹が空いた、こんな事ならあの蜂を食べておけば…美味しくなさそうだ)
少しの後悔をしながらも歩き続けているが外傷は兎も角体力は回復したが、目が見えない状態で走れば大木に当たって皮の失くした顔を大木にモロにぶち当てるので却下、五感で視覚は潰れ触覚は……腕を動かして微風は感じるが確認できるのは腕を動かせる範囲のみで走ってたら尚更歩くだけでも非効率だ。
嗅覚は論外味覚はさらに論外、残るは聴覚のみになったが望みは薄いが他と同様試行錯誤をする。
まず僅かな光を映していた目を閉じ完全な暗闇の世界になる、今この時に巨大蜂がきて殺されるという妄想が襲ってくるが死の淵で立たされている気分で触覚や気配の一切を無視して意識を耳に集め周りの空間を知覚する。
(音…反響……)
時折風が耳を撫でるのみでいくら集中しても全く周りの形がわからない、試しに一歩だけ歩いてみるが変わらない。
「ァ、あーー」
長く声を発しておらずスカスカの声になっているが声は出せた、だが耳に入ってくるのはまばらな反響。
「あ゛ーー」
そもそも反響が返ってこない
「あーー」
声を高くしてみるとさっきよりかは返ってくる
「アーー」
喉から高い声を出すと今度はちゃんと反響してきたがずっと出すのは無理そうだ。
「チッ、チッ、チッ………慣れれば使えるかもな」
舌打ちの反響で周りの物の形が分かる様になったがまだ動き辛く本当に前にないのかという不安でつい恐る恐るになってしまうが慣れれば大丈夫だと思いたい。
「はぁ、ふぅ〜…チッ、チッ、チッ、チッ、チッ、チッ……………」
浅い呼吸ばかりしていた肺に深く深く空気を取り込みもう一度両目を閉じ、両手をダラリと脱力する代わりに猫背だった背をまっすぐにする。
その状態のまままっすぐに歩く、あれだけ重かった足がふわふわとした地面を歩く感覚になるが焦らずゆっくりを心がけて歩く。
「チッ、チッ、チッ、チッ、チッ」
集中して歩いてるところにふと立ち止まる、音が至近距離で返ってくるので脱力していた手で前に手を伸ばすと大木の確かな感触がした。
そのことに確かな成果を感じ、思った様な結果が得られなかったらやめようと思っていたが続けることにした。
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「チッ……チッ……チッ……チッ……チッ……」
あれからまた1日経った、何処まで遠くに行ってたのかと思うがまだつかないのはもう道に迷ったと思えてしまい、真っ直ぐに進んでるのかもはや自信はこれっぽっちもない。
だが、進む道が諦めて座り込むかこのまま進むしか無いというのだから当然俺は帰る道を進む、舌打ちで周りを頭の中で視ることにも大分理解してきた。
反響した音が自然と頭の中で物体を創ってくれる感覚を想像してみるとそれが定着してきた、慣れて感覚も掴め自信もつき舌打ちの間隔も空いてるのも良い傾向だと言えるだろう。
しかしながら気になることもできてしまった、時折だが怖気の走る咆哮が聞こえる時がある、しかもその厄介な所は左前方から聞こえたと思ったら次聞こえる時は左後方で、アレ?通り抜けれたのか?と思ったら今度は右の方向から聞こえたりと予測の出来ない全方向から規則性もなく聴こえてきて警戒するか悶々と悩んでいたら反響の中にへし折られた巨木があり、俺は今のコンディションでは勝率皆無の逃げれるかもわからないと判断して進んでいる。
「チッッ……」
………ォォォォォォォ………
反響で得たことは空間把握だけでなく、本来音が耳に到達する前に何故か察知できる様になったのも今の状況ではありがたい事だ。
それはそうとして本当にいつ来てもこっちが死ぬから聞こえる前にはもう近くの巨大に隠れてたりする。
しかしこんな現実逃避の脳内回想をしてる場合では無いかもしれない
巨大な足音と生理的に無理な類の粘液の音が近づいてきてるから
ナメクジ