善人と理解
「じゃあお前は、なんだ、記憶がないってえのか。」
死体が転がる焼け野原の中で初めて出会った異世界人ヘイグに問いかけられユーリは頷く。
「そうだ。気が付いたときにはここにいた。レン帝国もオーセン市とやらも知らないし、今伝えれるのは我の名がユーリということだけだな。」
(ここで魔王だと言っても頭がいかれたと思われるだけだろう。ならこれ以上の情報はもう出す必要がないな。)
「そうか。まあヴァインなんちゃらやらは記憶が混濁してんだろう。オーセン市に戻れば何かお前を知ってる奴がいるかもな。ほら、乗れよ。一応そこまでは送っていってやる。」
「そうか、親切だな。ありがとう。」
現時点での地理は分からないが自分の脚力であれば馬に乗る必要などないが、今は何よりも情報が必要なためユーリはヘイグの親切に甘えることにした。
「ヘイグ、といったな。ヘイグはここで何をしていたんだ?」
「ああ、昨日なここで小競り合いがあったんだ。レン帝国とエルフ王国のな。ここは二国の国境付近だからな。俺はオーセン市の基地に詰めている兵士だから状況を確認しに来たんだ。そこで死体のそばで立つお前を見つけたってわけよ。」
「なるほどな。」
なかなか荒れている土地のようである。
「レン帝国とエルフ王国は戦争中なのか?」
「·····?ああ、なるほどな。記憶が無いと分かんないよな。そうだ。レン帝国はエルフ王国から宣戦布告を受けた。一ヶ月ほど前にな。今起こっているのは小競り合いに過ぎないが、レン帝国は及び腰でな。いつ大きな戦闘になってもおかしくない状況だ。」
「ふむ·····それは、難儀だな·····」
レン帝国の兵士であるヘイグが渋い顔をしているので少し同情する。自分の仕える国が攻め込まれているのだ。
「それにしてもエルフ種が、か·····。」
ユーリが統治していた魔帝国ではエルフ種もいた。魔法に長けた種族で争いごとは嫌いで温和な性格だった。この異世界では国を造り戦争を仕掛けるくらいらしいが。
「我に出来ることはなにかないだろうか·····」
「ははっ、何言ってんだ。子供なんだから余計なことは気にせず大人に任せてろ。」
何気ない一言ではあったがヘイグは笑いながらそれに反応する。
さっきから少年だの子供だの言われることには気付いていた。いや、自分でももう薄々気付いている。
「なあ、ヘイグ。我はどのくらいの歳に見える?」
「ああ?どう考えても12,3の子供じゃねえか。まあ身体は小さいけどよ、顔は結構イイからモテてたんじゃねえのか。ははっ。」
いらない情報まで付け加えてヘイグは言う。少し頭を抱えたくなる。
(やはりな·····子供の身体と言うわけか·····異世界へと転移されるだけではなく身体まで変化させられるとは·····となると次は能力の変化が気になるわけだが·····ステータスをチェックするか。)
【開示】を唱える。
ユーリ
LV.1
年齢11
人種
(【開示】は使えるのか。ふむ·····LV.1か·····受け入れがたいな·····)
元の世界で魔王であったユーリはLV.9999とカンストしていた。その為ユーリに相手はいなかった。そこから生まれる多少の慢心から勇者一行の転移魔法を受けてしまったわけではあるが。
(他の魔法がちゃんと使えるかどうかも試さないとな·····)
憂慮すべき事案が一つ出てきたことにユーリであるが、ユーリのLV.1と人間のLV.1では天と地ほどの差があることをまだ知らない。
(そして人種か·····魔王であった我が、な·····)
「おい、市に戻ったらどうする?家とかも分からないんだろう。そもそもオーセン市出身かどうかも分からないがな。」
「ああ、そうだな。何処か泊まれる場所はないか。」
「うーん·····難しい話ではあるな。お前くらいの年齢なら一応冒険者ギルドには所属できるんだが。そこに登録すれば自活くらいはできるだろうが。」
「冒険者ギルド?」
「ああ。国や個人からの依頼を請け負いそれを完了することで報酬を貰う。魔物の討伐や鉱石の採取など多様な依頼がある。でもお前はまだ子供だしな。危ないだろう。まずは知っている人を探すのが良いと思うんだが·····」
「いや、興味がある。そこを案内してほしい。」
「そうか·····ここで出会ったのも何かの縁だろうから子供が4,5日くらいは過ごせる金をやる。」
「いいのか?心から感謝する、ヘイグ。」
「まあ子供は大人に甘えてろってな。」
「ふむ、良い奴だな。」
「へへっ·····て、おいおいマジかよ·····!やべえ!」
「どうした?あれは·····動物か?」
「いや、魔物だ·····ハイエナだな。こういう戦場の血の匂いにつられてやってくるんだ。」
体長120cmほどの毛深い魔物が死体の周りに4匹いる。死体を貪り食っていたようだ。その中の一頭がこちらに気付いた。
「っ!逃げねえと!」
「【ファイアアロー】」
ユーリは無詠唱で下級魔法の【ファイアアロー】を四発放つ。
いずれもハイエナの眉間に的中し、魔物たちは崩れ落ちる。
(ふむ·····下級魔法であれば問題なく発動できるか。魔力の減りも微々たるものだから自衛には使えるな。)
「おい·····」
ヘイグは物凄い速さで飛んでいった魔法を受け息絶えたハイエナから目を離せずにいる。それを放った奴が目の前で馬に跨っている。とても信じれなかった。こんな子供があんなに強力な魔法を無詠唱で発動させるなんて·····
「すまぬ、説明もなしに。少し試したくてな。」
「本当にお前なのか!?なんて奴だ!」
この子供は天才だと目を見開くヘイグに対してユーリは(こんな魔法でなにを)とどこ吹く風であったのだった。