転移 そして始まり
「これは、どういうことだろうか」
先刻この地へと転移させられた彼は戸惑う。
眼前に広がる景色は凄惨なものである。身体を裂かれ腸がはみ出ている死体や、焦げた匂いがする真っ黒な人のかたちをした物が転がっている。
「そこの子供!何をしている!」
遠くから馬に乗った者が声を掛けつつ近付いてくる。
声は聞こえていた。だが転移してきた彼はそれに反応を示さない。まず、まだ情報を整理しきれていないこと。
次に、彼は子供などではなく、魔族という種族の頂点であった魔王であったからだ。
*
「ふむ、今回の勇者はなかなかやるではないか」
魔王城最奥部、玉座にて魔王ユーリは言う。
「褒めよう。その力ならば我の配下では少々骨太だろうな。」
1000年のあいだ魔帝国を統治した魔王ユーリは、今まで何十人もの勇者を相手にしてきた。その中でも今回の相手は今までと違う。そのことから少し高揚し気が抜けていたのかもしれない。
一方全力を出し切っても、戦闘を開始したときからその場を一歩も動かず勇者一行をいなすユーリを見て、当代の勇者ガンズは絶望する。
「ガンズ!いけるよ!」
「本当か!?」
顔を真っ青にするガンズに僧侶マリンが言う。正攻法ではこの化物を倒すことは不可能だと理解したガンズに希望の光がさす。
世界転移。
魔王をこの世から消すことを悲願とした人種が数百年もの間開発してきた魔法。それを完成させたのは聖教会稀代の天才マリンである。
これを発動することで対象は存在する世界から姿を消す。
しかしそれは理論上のことであり、実験動物以外に発動させたことはない。
一縷の望みをかけてこれに縋るしかなかった。
「マリン!やれっ!」
ガンズの指示を聞きマリンは全魔力を消費し世界転移を発動。ユーリを中心に魔法陣が出現する。
「ふむ、これは見たことのない術式だな。なに、転移魔法だ―」
*
「転移魔法を受けこの地に来てしまったということか。あれほどの魔法を構築するとは人間もなかなかやるじゃないか。ふむ、ここは人間の領土《ヴァイン王国》か?」
ユーリは勇者一行との出来事を振り返り考えを纏める。人間の領土については詳しくはないユーリだが焦りはない。魔帝国にはワープで戻れるためだ。
「おい!少年!聞いているのか!」
死体が転がる焼け野原をかき分けて近付いてきた男は馬上からユーリに向け言う。そこでユーリはやっと先程からの問いかけは自分に当てたものだったのだと気付く。
「おい、なにやってんだ?ここは子供がいて良い場所じゃねえ。ここの近くとなるとオーセン市の出身か?なら家まで送ってやるから乗せてやる。」
「我か?何を言ってるんだ?オーセン市など知らないし魔帝国にはチェックポイントを置いてるためワープ出来る。」
「·····?何言ってるかわかんねえんだが、死体を前にして頭がどうにかしちまったのか?」
男はユーリの言っていることが理解出来ないようで頭をかいている。
「ふむ·····聞きたいんだがここはヴァイン王国ではないのか?」
「ヴァイン·····なんだ·····?どうも話が通じねえな。ここはレン帝国だ。北にいったところにオーセン市がある。なあお前本当にどっか打ったりしたか?」
レン帝国、オーセン市、聞いたことのない地名にユーリは思案する。
「(ヴァイン王国も魔帝国もこの男には通じてないな·····嘘をついてる様子や遊んでいる感じはない·····だとすれば考えられるのは·····)」
男との数回のやり取り、転移魔法を受けたこと、少ない情報からユーリは推論を出す。
ここは自分が知っている世界ではないということ。
そして推論は確実なものとなる。
先程から試しているワープが機能しないためだ。
「(ふむ·····戻れないか·····。あの転移魔法は異世界へと転移させるものだったのか·····。くく、面白すぎる。やるじゃないか。)」
ユーリは結論へと至ると焦ることもなく微笑を浮かべる。
この先ユーリが歩んでいく異世界での出来事など今は何も知らずに。