表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼星のセレス  作者: おうぎまちこ
海の章
3/41

第1話 空は、海と星を護るために




 繰り返し見る夢がある。


 最愛の兄が、赤髪の化け物と対峙する夢。


 夥しい死体の群れの合間。


 化け物の、碧のぎらいついた眼は、野生のそれだ。


 手には、妖しく光る剣。



 


 兄は、その男と闘い――。



――必ず殺される。







※※※




 

 空には、晴天が広がっている。

 広大な土地を持つ一角に、それに見合うだけの巨大な屋敷が立っていた。

 その庭に干されていた白いシーツを、一人の少女が取り込んでいる。

 彼女の年の頃は、十前後だろうか。腰まで届く水色の長い髪をし、金の瞳を持っている。華奢な体つきをしているが、腕に抱えるシーツの数は多く、わりと力はあるようだ。


「セレス、また君が、そんなことをやっているの?」


 セレスと呼ばれた少女の頭上に影が差す。穏やかな声が聞こえた。その方向へと、彼女は振り向く。

 太陽に煌めく金の髪、優しい茶色の瞳をした青年が、そこには立っていた。


「カーネリアン王子……。兄に用ですか……?」


 とても小さい声で、彼女は青年に尋ねる。

 カーネリアンと呼ばれた男は、彼女に微笑む。彼の笑顔は昼の日差しを思わせるような、暖かさがあると、セレスは思っていた。


「そうだよ。アズライトに会いに来たんだ」


「兄は、今は、隣の町に出かけております……」


 カーネリアン王子に向かって、セレスは答えた。

 セレスの兄であるアズライト。彼は、今日は用事があると話していた。

 朝から彼は馬に乗り、隣の町へと出かけていた。用事の内容が何かはセレスには分からない。けれども、隣の街までは半日もあれば帰ってこれる。もう、昼下がりだ、時機に帰ってくるだろう。

 カーネリアン王子は、セレスに向かって尋ねる。


「じゃあ、君の家の中で待ってても良いかな?」


 彼女は、その質問に対して、こくりと頷いた。

 セレスは、シーツを抱えると、彼を屋敷の中へと案内した。途中、玄関先にシーツ類は置く。彼女は彼を、客間へと通した。


 カーネリアン王子に、客間にあるソファを勧める。

 セレスが、部屋から出ようとすると、王子に呼び止められた。


「セレス、君の青い髪、いつ見ても素敵だね」


「そんなことを言うのは……王子だけです」


 セレスは、とぎれとぎれになりながら声を出す。


「君のお兄ちゃんも、言うだろう?」


 兄の話を出されたセレスは、耳まで赤くなってしまう。

 カーネリアンは、彼女の様子を見て、ほほえましく感じた。


「王子、今日は、雨に気をつけて……ください」


 セレスが、カーネリアン王子へと視線を向ける。

 王子は、彼女の金の瞳の煌めきに、息を呑んだ。

 彼女は、時折、何かが視えているような発言をする。


「こんなに、晴れているのに? そう言えば、シーツを取り込んでいたね」


「ええ、降るようです」


 神妙な表情で、セレスが頷いた。


「……君がそう言うなら、そうなのだろうな。分かったよ」


 カーネリアン王子も頷く。彼の様子を見た後、セレスは部屋から出て行った。


 


※※※




 カーネリアンを客間に送り、廊下を歩いている最中だった。


「セレス! あなた、私の部屋の掃除は終わったのかしら?」


 そう言ってセレスの背に、言葉を投げかけてきたのは、彼女の義理の母だった。丸々と太った身体を揺らして、彼女はセレスに近づいた。はちきれんばかりのドレスが特徴的だ。

 セレスは、義母に振り返って、か細い声で「まだです」と答える。

 彼女の返答に、義母は怒り始めた。


「そんなこともできないなって、本当に愚図な子だね!」


 彼女の怒声に、セレスはびくりと震えた。

 幼少期から繰り返される彼女の叫びに、未だにセレスは慣れることができない。

 叱られるのが怖いので、いつも義母の言いつけは守るように心がけていた。毎日毎日、彼女の言いつけの内容は変わるが、なんとか言うことに答えようと頑張っている。だけど、何をやっても怒鳴られてしまう。

 言われた通りのことをやっているつもりだが、出来ない自分。そんな自分を、セレスは情けなく感じていた。


「お義母さま、申し訳、ございません……」


「あなたに、『おかあさま』などと呼ばれたくありません! 下女の娘の分際で!!」


 彼女は金切り声を上げる。


 義母の言う通りだった。

 セレスは、この家の主であるカルセドニー侯爵が下女に手をつけて出来た子どもである。

 そのことで、正妻である義母は、相当腹を立てている。十年以上経った今でも、父である侯爵を、彼女はなじり続けている。

 父は、義母がいないところで、こっそりセレスを可愛がってくれる。けれども、義母がいる前では、セレスがどんなに責められようともかばったりはしない。

 セレスが俯いていると、さらに彼女の罵倒が続いた。


「母さん、やめないか」


 凛とした声が、廊下に響いた。

 義母の後ろに人が立っている。


「アズライト!」


「また、セレスに家事をさせていたのか? 母さん、使用人たちにどうしてさせない?」


 そう言って、アズライトと呼ばれた青年は、義母を諭す。

 彼女は、ぐっと言葉に詰まっている。


「お兄様……」


 彼は、アズライト・カルセドニーと言う。セレスの水色よりも、より海の色に近い髪の色をしている。瞳はやや吊り気味で、榛色をしている。セレスの金の瞳とは異なっていた。身長は高く、引き締まった体型をしている。セレスの住むスフェラ公国。その騎士団の服を着ており、腰には剣を差している。

 セレスよりも一回り以上、年上の兄は、現在スフェラ公国の騎士団で名誉ある職に就いている。


「もういいわ」


 そう言って、義母は、セレスと兄のアズライトの元から去って行った。


「セレス、大丈夫か? すまなかった、俺が不在にしていたばかりに」


 アズライトが謝ってきた。セレスは、首を横に振る。彼は何も悪いことをしていない。

 兄は、そっと妹の頭を撫でる。

 そうしていたら、彼は彼女に、「そうだ!」と言ってはなしかけてきた。


「今日は、今から一緒に、武術の鍛錬をしないか?」


 彼女は、兄の提案に対して返答した。


「カーネリアン王子が、お兄様に会いに来ていらっしゃいます。それが終わってから」


「カーネリアンが来ているのか?」


 セレスは、静かに頷く。


「王子は待っています。早く行ってください」


 アズライトは首肯し、セレスの元から去って行った。

 

 義母に会った時に感じた暗い気持ち。

 それが、兄のアズライトに会った瞬間から、どこかに吹き飛んでしまうようだった。

 この家で、セレスは彼だけを頼りにしていた。

 父も、義母も、見て見ぬふりをする使用人たちも、誰も信じることが出来ない。

 

 だけどセレスは、兄のアズライトならば、信じることが出来る。


 彼の触れたセレスの水色の髪を、彼女自身もそっと触れたのだった。




※※※




「本当に、降り始めたねぇ」


 客間の窓から外を見ていたカーネリアンが、ぽつりと呟いた。

 

 セレスの何かを見通すような金の瞳を、彼は思い出していた。

 時折、彼女は未来を見通すことがある。


「あの力、使えるだろうか……?」


 カーネリアンが考え事をしていると、部屋の扉をノックする音が聴こえる。

 彼の親友であり、この家の長男アズライト・カルセドニーが入室してきた。


「待たせたな、カーネリアン」


「いいやぁ、そんなには待ってはいないよ、大丈夫」


 穏やかでのんびりしていると評判の、この国の第一王子カーネリアン・スフェラ・フローライト。


 生真面目で凛とした印象の、騎士団の副騎士団長アズライト・カルセドニー。


 対照的な二人だが、年も近い二人は、幼い頃から共に過ごしてきた幼馴染同士だった。


 そして、彼等にはもう一人、共通の幼馴染がいた。


「ローズを誘いに家まで尋ねたんだけどさ、今日は別に用事があったみたいなんだ」


 カーネリアンのその声掛けに、アズライトの眉がぴくりと動いた。


「そうか……」


 ローズとは、彼らの共通の幼馴染の女性インカローズのことだった。やや赤みがかった茶色の長く緩く巻かれた髪に、垂れた瞳を持っている。彼女は公爵家の娘であり、カーネリアン王子の婚約者でもあった。

 カーネリアンは、屋敷に来る前にインカローズの屋敷を訪ねたが、彼女は不在だった。

 これ以上、この話をしても仕方がない。


 カーネリアンは、話題を切り替えることにした。


「セレスの力のことだけど――」





※※※




 先ほどまで雨が降っていたが、今は止んでいた。

 葉に滴がのり、太陽に照らされてきらきらと輝いている。

 雨の勢いが強かったのか、やや地面がぬかるんでいた。


 義母と別れ、裏庭で一人、セレスは剣の素振りをしながら、詠唱の練習をしている。

 女性でも扱いやすいようにと、兄から細身の剣をもらっていた。それでも、十一の彼女が扱うには重い武器ではある。

 初め、女性が武器を扱うなど、と言って反対していた兄だったが、今では積極的に武芸の訓練を一緒に行ってくれていた。

 他にも弓の扱いなども教えてくれていた。

 

 セレスは、いつか、兄の横を並んで騎士になるのが夢だった。

 戦場で駆ける兄の役に立ちたいと、願っている。



 そう、あの恐ろしい夢を、回避するために――。




「セレス」



 遠くから声が聞こえる。

 兄だ。

 振り返ると、そこには兄アズライトとカーネリアン王子が立っていた。そばには、別の騎士達もいる。


何事だろうか?



「城で急用が出来た。今日、戻れるか分からない。次に屋敷に帰って来た時には、お前の訓練に付き合うから」


 そう言って、そこにいた皆が馬に乗り、屋敷の敷地内から駆け出して行く。


 兄の口調は冷静でこそあったが、様子がおかしかった。


「お兄様」


 セレスの長い、蒼い髪が、風にたなびく。

 兄の乗る馬が見えなくなるまで、その背を、金の瞳が追う。



 突然――。



 雷に打たれたように、頭が激しい痛みが走る。



「いたッ」



 痛みに耐えられず、彼女はその場にしゃがみ込んだ。

 


 彼女の頭の中に、鮮明な光景が浮かび始める。



 兄と、王子が何かを抑えようと戦っている場面。



 彼らの前に立ち塞がっている、化け物。



 うずくまるようにして、叫びをあげている。



「小さい、子ども?」



 だけど、なぜか、彼女にはその子どもが――。



「黒い」



――伝承の尊ばれし生き物の姿に重なった。



「竜……?」




 彼女は、頭を抑えながら、ゆらりと立ち上がる。


「行かなきゃ……」




 最愛の兄が、駆けて行った方向を見据える。

 あのままでは、間違いなく、兄の命は――。

 そうして、自分を奮い立たせるために、彼女は叫ぶ。



「お兄様! 貴方は、私が、絶対に死なせない!!」



 その声は、虚空へと消えて行った。



次回は、金曜日までには更新いたします。

前作『癒し姫』(本編完結)に過去編を追記していますが、そちらと一次連動させようかと思います。

どうぞお楽しみいただけましたら幸いです。

お読みくださったかた、よろしければブックマークしてくだされば、作者は喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ