序章 空と闇のはじまり
月明かりの下、二人の男女が森の中を歩いている。
「ねぇ、セレス。僕達が、これからどこに行くのかは、決めているの?」
黒髪に紅い瞳をした青年が、目の前に立つ女性に声をかける。とても穏やかで優しげな語り口だ。
彼の身なりは、薄手の白い上衣に黒い下衣を合わせた、とても簡素なものだ。まるで、起きてすぐに部屋から飛び出したような印象を受ける。
服の中に見える手足は細く、その肌はとても白い。陽に当たったことがないようにも見える。
対して、声を掛けられた女性は、肩先までで切り揃えられた髪に、金色の瞳をしている。白い騎士がまとう衣服を身に付けており、襟にはスフェラ公国騎士団の貴章が付いていた。
「決めてないわ」
彼女は、冷めた口調で青年に返答した。
その答えに、彼はくすりと笑った。
「やっぱり、君は面白い人だね」
「貴方に言われるのは心外ね」
紅い瞳を細めながら、彼は彼女に問いかける。
「でも、目的はあるんでしょう? 彼にも伝えていたよね?」
雲間に隠れていた月が姿を現す。
セレスと呼ばれた女性の、金の瞳に宿る光が強さを増す。
「そんなの決まってる。兄の仇を討つ」
青年は微動だにしない。
「そのために貴方を利用するわ、スピネル」
スピネルと呼ばれた男は、そのまま押し黙る。
また雲に月が隠れた時、静寂に包まれた夜の空気に緊張が走る。
スピネルが身に纏っていた雰囲気に変化が起きた。その事に、セレスは気付いたようだった。
気付いた時には、彼女との距離を彼は縮めていた。
スピネルはその白い指で、彼女の下顎を掴んでいる。
彼の紅い瞳が、血に濡れたように禍々しさを増していた。
そのまま、彼が悠然と口を開く。
「わざわざこいつを連れ出したんだ。贄よ、せいぜい俺を、退屈させないでくれよ?」
「それは、貴方の協力次第よ」
スピネルの高圧的な口調に、セレスも退かずに強い口調で返す。
「お前こそ、俺に力を与える気はあるんだろうな?」
彼の問いに、彼女は何かを諦めたように答えた。
「勝手にしなさいよ」
そして、セレスはゆっくりと目を瞑った。
兄の仇を討つための代償は、セレス自身だ。
今日は雲が多い。
また空に白い月が顔を出す。
夜闇の中――。
――二人の影が、重なっては離れた。
月だけが、彼らの行く末を見守っていた。




