表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

ロザリオの歴程 二

 雪は、昼頃からまた強くなった。登校して来た生徒達も少ない。そんな時の昼休みの頃、裏の通用口に騒いでいる生徒達がいた。

「行き倒れよ。」

 今時そんな人がいるのだろうか。しかし、誰も怪しむ人はいなかった。そのまま行き倒れの男は保健室に運び込まれた。噂は瞬く間に校内に知れ渡り、運び込まれた保健室の入り口には野次馬の男女が少なからず集まっている。

「雪の中に倒れていたんだって。」

「誰が見つけたの?」

「門の前でたすけをもとめていたんだって。」


 しばらくして男が消えた。影が地下へ移動して行ったとか、影だけが歩いていた、などの噂はあった。

「どこへ行ったの?。」

「帰ったのか?。」

「誰か、食事を与えたのか?。」

「フラフラだったんだぞ。食事もしないで、出て行けるわけがない。」

 一通り騒ぎにはなった。その場は帰ってしまったのだろうと言うことで、その後は忘れさられていった。


 美奈乃達は放課後直後の部室にいた。美奈乃は何かを思い出そうとして、記憶と格闘していた。輝夫は彼女のあれこれ考えている姿を楽しみながら、隣に座っていた。

「昔、私が居た前の高校でも似たようなことがあったわ。」

「記憶の断片は、材料が揃えばパズルのように全てがわかるよ。」

「あの時、真っ黒な羽根のような塵、埃かな、ベトベトしているようなしっとり濡れているような…。それが渦巻いているのを見たわ。」

「どこで?」

「その時は、もう長いこと人間の手を拒んできたような廃社殿の中から溢れ出して…、でも、私の中にも、他のクラスメイト達の中にあったの。というより、私の中から追い出されて行ったのね。」

「追い出されていた……。じゃあ誰によって?」

「それはあなたのお兄さんだった、私も私の友達も彼に酷いことをしたのに、彼は黙って……。」

 美奈乃はすっかり思い出し、大きく動揺していた。

「あれから彼は私と和美を助けるために、怪我をして……。彼は今どこなのかしら。」

「とすると、兄はここに来ているかもしれないな。」


 彼らは、放課後、校舎の屋上へ出ていた。輝夫が見渡すと、廃社殿のようなものは学園の周りに見当たらなかった。しかし、学園敷地から少し離れたところ、暗渠のようなものがあった。

 二人は手分けして図書館を漁った。図書館で見つけた古い地図と風土記によれば、学園が建てられる前、かつてそこは湧き水からの清い流れがあったとのことだった。

 次の日の朝早く、二人は暗渠の開いた口を調べに行った。今では、雪に覆われたその一帯にあって、その開いた口から黒い悪臭を放っている。いや、悪臭というほかに若い魂を狙う漆黒の呪縛がにじみ出ようとしていた。もちろんそれはなんらかの化学物質によって汚染されていたのだが、同時に漆黒の沈殿のような集団がいても目立たぬ場所だった。

 突然にその上空で激しい渦のような動きがあった。そこには立ちはだかる漆黒の塵の壁を、紡錘陣で刺し貫いた煌めきがほとばしっていた。それはまるで沢の水が吹き上がる姿に似ている。

 粉砕されつつある漆黒の羽の塊が、ふと美奈乃を見つめていた。美奈乃は以前にもこの経験があった。

「輝夫君、あの塊と目が合ったわ。」

「えっ、どういうこと。」

「悪寒があったわ。恐怖というのかな。そのあとで、私と和美だけが襲われたの。」

「渡良瀬遊水地の一件だよね。あの時、兄がエスコートしなかったから・・・・。でも、僕がこれからは付き添うよ。」

 その風がおさまったあと、暗渠に美奈乃と輝夫が踏み込むと、入り口近くに真っ二つに裂かれた石の木偶が転がり、その正面に男が倒れていた。輝夫が抱き起すと、それは先日輝夫にひどい言葉を浴びせた下男だった。下男は、輝夫の見慣れている祭礼服を着ていた。

「まだ息がある。気を失っているだけだよ。怪我はしていない様子だけど。誰なんだろう、祭礼服まで来ているとは。」

 そうしているうちに下男は、意識を取り戻していた。何張りも縫った傷だらけの顔が片目だけを開け、美奈乃と輝夫を見上げていた。はっと気が付いたように下男は立ち上がり、また暗渠の中へと入ろうとしていた。

「まてよ。」

 美奈乃と輝夫が止めるのも聞かず、下男はドロドロになりながら暗渠の暗がりを見つめていた。

「もうここにはいねえべな。早く始末できてよかったべ。」

 下男はそう独り言ち、二人を無視するように学園へと戻っていった。しかし、逃げ出したベリアル達は、退散したわけではなかった。非常に不安定なところながら、学園内の階段室の隅に隠れ、復讐と呪縛の機会を狙い続けていた。


 和美の保育園では、雪合戦が開かれていた。さいたま市の子供たちにとって雪は非常に珍しいものだった。雪にはしゃいでいる子供たちは、かくれんぼをしながら雪合戦をしていた。その時、和美はいなくなっていた。保育士たちが探し回る事態となったが、どこにも見当たらなかった。おおさわぎとなったところで、美奈乃に連絡が来ていた。

「和美さんが、かくれんぼの時にいなくなったのです。四方はカギがかけられ、外に物理的に出られないようになっているのですが。」

知らせを受けた美奈乃も輝夫とともに保育園中を探したが、美奈乃の上履きと靴が下駄箱の中にそろえて入れられていることは、さらわれていることを暗示していた。美奈乃は学園に連絡を取り、探し回るために午後は欠席することになった。下男も事務連絡で、美奈乃が和美を探すために欠席していることを知った。下男は輝夫に連絡をとり学園内を調べる事を提案した。

「和美ちゃんがさらわれたのなら、この校内にいるべ。」

「どういうことだよ。どうして和美ちゃんのことを知っているんだよ。」

「校内の事務連絡で、美奈乃さんがお休みするって聞いたべよ。」

「…。美奈乃さんとなぜ呼ぶ。和美ちゃんのことをなぜ知っている。」

「んだから、校内の事務連絡で・・・・。」

「ふつう、山川さんと呼ぶはずだろ。」

「んだから、山川さんを・・・。」

「兄さん・・・・・。」

「おらは下男だべ。あんたのあに様なんかでねえよ。」

「おかしいと思っていたんだ。あのよれよれの祭礼服だって、兄の持ち物だもの。」

「おらは知らねえべ。こんなことを言い合っている時間はあるのけ?。もう、おらは階段室に行くべ。」」

「なぜ階段室へ?」

「保健室から黒い影が階段室へ行ったときいている。逃げ出した奴らと合流するとしたら、階段室だべ。」


 下男は、黒い滴りが消え去ったという地下への階段を詳しく調べて いた。そこに輝夫が駆けつけていた。保健室から滴るように漆黒の沈殿は、下への階段の踊り場で消えていた。最下階であるはずの地下一階までくだってみると、無いはずの下へと階段があった。輝夫は最上階を目指してそのまま登り続けが、ぐるぐると階段は下へ下へと続くままであった。


「おかしい、まるでリーマン面だべ。」

下男はひとりごちた。

「ラーメンマン?」

下男は輝夫を振り返った。

「リーマン面も知らねえんか。」

「そんなもの、聞いたこともない。」

「数学だべ。じぎょうででたべ?。」

「数学?…。高校一年生がそんなこと知ってるかよ。やっぱり兄さんだ。」

 下男は押し黙ってしまった。そこに、輝夫から連絡を受けた美奈乃も駆けつけていた。下男は二人を振り返り、美奈乃を見て驚いた顔をした。

「美奈・・山川さん?」

輝夫は証拠をつかんだという顔をした。

「なんで、すぐに美奈乃さんと言おうとしたんだよ?」

「おらはなんにもしらねえべ。さてさて、どこまで続くんだべかな。」

輝夫は下男を睨みつけていた。美奈乃は二人の間の雰囲気のおかしさに気づいて黙っていた。

「いままで登って来た時の各階段の濃さが違うべ。」

「どう言うことだよ。」

「ある階では濃くなって、別の階では薄くなっているべさ。複雑に周期が入り乱れているべ。しかも、じかんが経ってある階を除くとすべてがうすくなっているべよ。彼らの幻惑ももうすぐ消えるって証拠さ。フーリエ変換の要領で考えれば、一番濃いのは地下一階の倉庫だべ。」

「なに、それ?」

 美奈乃が下男を見つめた。ふと美奈乃が質問をした。

「おいらの宝って何?」

「ファインマン先生のか?。」

 その答えを言った後、下男はしまったという顔をした。

「あなた、左手もないし、目もやられているし、あの時のけがのままの孝夫くんじゃないの?」

「おらしらねえべ。ここだべ。」

 そう言って、下男は暗闇の中に飛び込んでいった。中に和美が転がされていた。そこは伏魔殿であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ