5
食事は思ったより質素だった。
一汁三菜の和食。内訳はひじきの白和え、大豆の煮ものメインの鮭の粕漬の焼いたの、それにお漬物とお吸い物がついている。
素材も調理法も吟味に吟味を重ねてあるようだ。
噛みしめたお米が甘い。しかしお吸い物が物足りない。
化学調味料に慣れた舌にはちゃんと出汁を取ったお吸い物が物足りなく感じられるらしい。
そんな話を聞いていたので、自分の舌がだいぶジャンクな自覚のあるライムは無言で咀嚼する。
「あまり食が進まないようですね、アレルギーはないというお話でしたが」
昭仁がお漬物を橋で取りながら尋ねる。
「そんなことはありません、私食べるのが遅いだけです」
実際は最近一品料理ばかりだったので、こういう普通の和食を食べつけていないだけだが、できるだけ上品に粕漬を口に入れる。
上品な味なのだろうけれど、やはり物足りない。
自分の貧乏な舌が憎いと思う。
「夢子さん箸をかむのはお行儀が悪いわ」
詩子が突っ込んでくる。
無意識の癖だ。
とにかく表面上は和やかな食事風景だった。突然の警報が鳴り響くまでは。
「何?」
ライムがきょろきょろと周囲をうかがううちに警報は唐突に止まった。
昭仁が胸ポケットからスマートフォンを取り出す。
軽く眉を寄せてしばらく話を聞いていたが、すぐに打ち切った。
「武装勢力が、敷地内に入ったようですね」
「ああそうですの」
それだけ聞くと詩子は食事を再開し始めた。
「あの?」
「よくあることですからお気になさらず」
「それに今は何もできないよ、ここに来るルートを封鎖したって警報なんだから」
兄妹はのほほんと食事を続けている。
慌てている私がお魁夷の、ねえ、答えて、ライムは中空の何かに問いかけたが、答えるものは何もない。
「三時間しのぎ切ればいいんですよ、そうすれば助けが来ますから」
ニコニコと笑って、昭仁は食事を続ける。
「ちょっと様子を見るか」
智仁が付いていなかった大型テレビをつけた。
どういう操作をしたのか朱雀邸の廊下が映っている。
「監視カメラと切り替えたんだよ」
リモコンを片手に次々と場所を切り替えていく。
「ああ、庭にいるねえ」
お屋敷と同じくらいの広さの庭がある。
普通に公演と間違われる規模だ、そこにミリタリー使用の服装をしたたぶんがっちり体形の男たちがたむろしている。
何かしないではいられなくなり、食べ終えた食器をライムは片づけ始めた。
茶碗は茶碗。皿は皿と重ねていく。
「あら、そんなことしなくていいのに」
「いや、出しっぱなしだと落ち着かないし」
「そう?」
智仁はくすくすと笑う。
「じゃあお茶を淹れようか、しかし、今までの夢子なら、武装勢力がやってきたと聞いただけで聞いてもいないのに、ちょっと周りの大人の陰謀とやらをペラペラしゃべりだしたのに、今度の夢子は落ち着いてるなあ」
「もっとも前の夢子さんは束になって届いた脅迫状を見ただけで間違いです多とその場から逃亡しましたわね」
ライムはぎくりとした、まさかこれは狂言だろうか。ライムを偽物かどうか見分けるために。
「しかし最近は便利になりましたねえ、私の若いころなんて家具でバリケードを作ったり結構苦労したものなんですが」
こういう形で便利さを語るものだろうかとライムは頭痛を覚えた。
しかしこうしてみていると、武装勢力に踏み込まれるくらいのことはこの家の人間にとっては日常なのだ。
ああそうだね、そもそも発端はこの家の主婦が誘拐されて爆殺されたのだったね。
虚空に視線をやってどこにもいない誰かと話す。
もしかしたら今までの中に本当の夢子がいたのかもしれない。しかし、この一家の現状に恐れをなして逃亡してしまったのではないだろうか。
丁寧に淹れられたたぶん上等の煎茶を多分一万円以下ではありえない湯飲みに入れて差し出される。
精緻な模様は手書きだ。
武装勢力に占領された家の中でまったりとお茶を楽しむ家族。
「なんか日本人くさいよね、だとすると中東のあれじゃないな」
「まあ、多分あっちだな」
なんだかたぶん名前を知ってはいけない内容の話をしているようだ。
聞いていいのかどうか悩むところだ。
「安心なさって、絨毯をめくれば床下収納で一週間は籠城できるだけの食材が用意されていますわ、ガスを使われても空気を遮断し、壁に埋め込まれた酸素ボンベが作動しますから、絶対ここまで来ませんわ」
なんでこの人こんなに楽しそうなのとライムは詩子を眺める。
「子供のころを思い出すよね、父さんに暗殺予告場が届いて、みんなでホテルに閉じこもったんだ」
そんな思い出を楽しそうに語らないでほしい。
ついていけないものを感じてライムはテーブルに手をついてうなだれる。
「あれ、どうやら犯行声明を送ったみたいですねえ」
「それじゃ警察が来るの?」
「いつもみたいに処理は無理ねえ」
いつも通りに処理って何?ライムの肌が粟立った。