4
ジャックは図書館で古い新聞のコピーを切り抜いていた。
朱雀月子誘拐と殺害の記事が載っている物ばかりを。それから朱雀財閥関連の記事を経済新聞から。
朱雀月子の事件をニュースで見た記憶がある。
生後五か月の赤ん坊まで巻き込まれたのだから、センセーショナルなニュースになっていた。
当時は子供だったがはっきりと記憶に残っている。
朱雀家当主夫妻の結婚はあるスキャンダルといえる事象があった。
先代朱雀家当主朱雀邦彦の時代、ある取引先とちょっとしたもめごとが、何があったのか結構な大ごとになった。そして、関係者のある一家が心中するという事件があった。
その唯一の生き残りが当時幼児だった月子だ。
その月子が、なぜ時代の朱雀家当主夫人となったのか憶測は飛んだが実情はさっぱりわからない。
家族を陥れてその娘をというシュチエーションも夫となった朱雀昭仁が当時小学生。そして月子が幼児ではありえないシナリオだ。
月子の死は月子の実家の仕業ではないかと噂されたが、噂はあくまで噂のままだった。
生き残った親族はただの一般家庭の人間ばかりで爆発物など物騒なものを扱うような存在との接点はなかった。
朱雀家がらみと考えれば、多すぎて収拾がつかなくなった。
しかし厳重な警備をかいくぐり、月子と夢子の二人を同時に誘拐するには相当な組織力と運が必要だということはわかる、そこで絞り切れなかったのか。
あるいはとっくに絞り切って、朱雀家がひそかに処分したか。
「そういうことをやりかねない家でもあるよな」
やれやれとため息をつく。
十五年以上未解決のままの事件だ。いまさら自分がちょっと調べたくらいで何か出てくるとは思っていない。
ファイルを作り持ち出した新聞を返却する。
図書館のパソコンは閲覧制限がかかるので使い勝手が悪い。
コキコキと凝り固まった肩を動かして、体をほぐす。
「ネットカフェでも行くか」
基本的にジャックは自分のパソコンを持っていない。
持てないのではなくあえて持たないのだ。
ジャックのような商売をしていると証拠の隠滅こそ、最重要課題になる。
データはその時その時の使い捨てだ。効率が悪いのはわかっているが、自分の足跡を極力残したくはなかった。
しばらく朱雀財閥関係のネット情報を見ていたが、ようやく腰を上げて、家具電化製品付きのマンスリーマンションに戻る。
すでにチャチャとハッキング担当の月兎が来て勝手にくつろいでいた。
ジャックと同じく根無し草のチャチャと違い月兎はちゃんと自宅を持っているはずだが。
特徴のない顔にあえて特徴をつけようと虹色に染めて朝昼晩と外さないサングラス姿の月兎は勝手に人のうちのソファで寝転んでいる。
「とっとと降りろ、そこは俺の席だ」
月兎を蹴落として、ジャックはソファに座る。
「何調べてたの?」
「朱雀月子のプロフィール」
そして、ちょっとその時魔がさしたのだ。だから思わずチャチャに聞いてしまった。
「なあ、お前なら自分の家族を自殺に追い込んだ奴の身内を伴侶に選ぶか?」
きょんと目を見開いたチャチャにジャックは先程調べた内容のほんの一部を話して見せた。
「私なら、ありえない、私はパパを冤罪で殺した従姉から逃げてきたもの」
以外にもチャチャは身の上話を始めた。
「私の家には従姉が居候していたの。従姉は無一文で、だからうちにおいてやっているんだとパパはそう言ってメイド代わりにこき使ってたわ」
どうやらその従姉を恨んでいるらしい。
「ある日その従姉と言い争いになって、従姉が家を飛び出したの、それからいろいろあって、パパは従姉を殺そうとしたの、でも失敗してね、そのあと、パパの財産なんかなくて、従姉のパパ、つまり伯父さんの財産をパパが着服してたことがばれたの、それでパパは警察に捕まって、そのまま投獄されちゃったの」
「パパの冤罪はどこに行った?」
殺人未遂と財産横領、そのうえ虐待、結構食らいこむことは間違いない。
「伯父さんを殺したことになってしまったの」
「え?」
「パパが財産を奪うために伯父さんを事故に見せかけて、殺したって、みんな言ったの、そのせいでパパは死刑に」
「それが冤罪なのか?」
冤罪と思い込みたいだけなのではないだろうか。
月兎を見ると、たぶん自分と同じ思いを抱いているのを感じられた。
「だってパパ言ってたんだよ、運がよかった、殺す手間が省けたって、伯父さんは勝手に事故にあったのに、パパが殺したことになっちゃった」
自業自得、この言葉をチャチャのパパに捧げたい。
「パパとママと成人してたお兄ちゃんはみんな刑務所に入ったの、私は一人ぼっちになっちゃった。従姉は私の面倒を見てくれるって言ったけど、あんな奴の手なんて借りたく無くて逃げたの。だって、全部あいつのせいでしょう」
「清々しくなるくらい逆恨み」
「聖女っているんだなあ」
そしてチャチャを見た。
「チャチャが聖女とうまくやれるはずないな」
「無理もないな」
ああ無駄な時間を使った、そう思いながらジャックはテレビをつけた。
緊急ニュースで、朱雀邸が武装勢力に制圧されたと報じていた。