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黒塗りの車はさらに増えた。
かなりの高級車だ。それが三台、古ぼけた車を囲むように走り出す。
ジャックと月兎の額に冷たい汗が浮かぶ。
チャチャはすべてをあきらめて、両手を組み母国語で祈りの言葉をつぶやいていた。
真横につけた車の助手席の窓が開き、銃を手にした男がジャックに話しかけた。
「降りろ」
ジャックはブレーキを踏んだ。
「とにかく、一秒でも長く生き延びる。最後まで希望を捨てるな」
それは月兎やチャチャに語り掛けているようでもあり自分に言い聞かせているようでもあった。
「大丈夫だ、多分、どっかの山の中に連れていかれるはずだ。それまで自分の足で歩かせるつもりだ」
「それを大丈夫じゃないというんだ」
月兎は自分の持っていたノートパソコンを見る。
ここで殺されたら、多分どっかに廃棄されるだろうなと思うが、今までの多分にろくでもないことであったが成果が無に帰すとなると寂しい気がした。
チャチャは普段の安っぽいアクセサリーをジャラジャラ付けた姿で露出の多いドレス姿。にもかかわらずその表情は静かで祈りの時間を過ごしていた。
なんだか妙な抑揚で歌っている。もしかしたら讃美歌を歌っているのかもしれない。
現実逃避なのかそれとも本当に覚悟を決めたのか謎だが、この中で一番落ち着いているのは間違いないようだ。
ライムは朱雀邸の一室にいた。
壁に掛けられているのは朱雀月子の肖像画だ。
おっとりとした笑顔で、幼い子供を抱いている。この子供はおそらく智仁か詩子だろう。
捨て子として届けられたライムは自分の親というもののことを考えたことはない。あえて考えなかった。
いることはわかっていたが、どこの誰か知るつもりはなかった。
「これからのことを考えましょうね、夢子」
昭仁はそう言って、ライムに笑いかけた。
「そろそろ、おまけに引っかかるころです」
「おまけ?」
「あれは消してしまいましょうね、それですべてはおしまいになります」
不意にライムは危険なのは自分だけでないことを悟る。
昭仁はライムのためにジャック達を殺すつもりだ。
そして昭仁は簡単に人を殺せてしまう。
ライムはうつむいてこぶしを握り締めた。
ジャックはまだ生きているだろうか。
「おまけって何?」
今できることは情報を集めることだ。
ジャック達の命がかかっている。
「獅子身中の虫ってわかりますか?」
月子は朱雀家の血縁者にテロリストに売られた。多分それのあぶり出しを行っているのだ。
「先程、彼らに接触しました。まとめて始末します」
昭仁は害虫の駆除でもするという顔でそういう。彼にとってはそういうことなのだろう。