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「夢子さん、少し、身体が曲がってましてよ」
詩子が、淡紅色の着物を身にまとい、叱責する。
ライムはじりじりと痺れるつま先を持て余しながら、目の前の盛り花を見ていた。
生け花と茶道ぐらいできないと朱雀家の娘じゃないと、あれよあれよと帰せられた萌黄色の着物。
そして正座の姿勢から叩き直され今に至る。
花の種類から咲く季節まで事細かに説明されたが、ほとんどが耳から耳に抜け落ちていった。
花ばさみを手に、枝を顔の正面に構え形を見据える。
「終わった季節の花を生けるのはいけません。最近は花も音質で季節感がありませんけれど、その季節季節に合った花を」
そう言われても、ライムの知識は春は桜、夏はヒマワリ、秋は菊程度だ。かろうじて紫陽花が六月に咲くと知っている程度。
どの花がいつの季節か、あるいは名前も全く知らない。
薔薇など、品種によってさまざまな季節に咲くが、それも覚えておけと言われた。
春薔薇と冬薔薇があることすら知らなかった。
ライムに渡されたのもピンクの薔薇だが、それにカスミソウと種類のわからない葉っぱ。それを好きなように生けてみろと言われても生け方がわからない。
「夢子さん、茎は水切りをしてくださいませ」
ミスきりといわれて思い出すのはラーメン屋の麺を湯切りする光景だ。
思わず花を思いっきり振りそうになる。
「違います」
詩子は水の入った器に花の茎を入れ、水中で鋏を使う。
「茎を乾かしてはいけないのですよ」
ああ水中で切るから水切りか。
ライムは知らなかった言葉を覚えた。
しかし、痺れるつま先をこらえて、作業を続けるのは拷問以外の何物でもない。
短く切りすぎた薔薇を中心に適当に緑の葉っぱを差していく。
「斬新ですね」
正直にへたくそといえばいいのに。
ライムはすでにやさぐれていた。
「昼食が終わったら、今度はお茶にしましょうね」
この場合、お茶を飲むのではなく、茶道の授業をやるということだろう。
足が持つだろうか。
ライムは戦慄した。
着つけてくれた着物は意外に苦しくはなかった。
なんとなくひもで絞めつけられて、息苦しいと思っていたのだが。
しかし似合わない。
日本人形顔の詩子は結構きれいに着こなしているが、西洋人形のような顔のライムには違和感しかない。
「今日は一日着物で過ごしてくださいね」
いじめだ、これは。
「夢子さん、朱雀家の娘たるもの、着物くらい着こなせなくてどうします?」
詩子は楽しげに言うが、どのみちライムが朱雀家の娘だと思っていないのは明白だ。
ちょうどいいおもちゃ代わりに遊ばれている。
「あれ、今日はその遊びなんだ?」
智仁がいつの間にか来ていた。
「お兄様、大学は?」
詩子は学校に行っていない。自宅で勉強し、大検をとるのだそうだ。
「休講だったので戻ってきた。それにしても、お茶や生け花を始めたのは最近だろう」
「は?」
「前の夢子さんの時は前に凝ってたイングリッシュブレックファーストとかティータイムに付き合わされていたな」
こともなげに智仁が言う。
「朱雀家の娘の必須じゃないんですか?」
詩子はにこにこと笑う。
「心得があるに越したことはないんですもの」
つまり、今までの夢子もこの女におもちゃにされていたということか。
「着替えます」
どすどすと足音を立てて、ライムは自室に戻った。