街の輪郭
俺は、高校生としては普通以上に小説を楽しむ方である。
特にこれといった特定のジャンルは決まっていない。
太宰治や三島由紀夫などの純文学なども読む。
現代文学も当然読む。
馬鹿みたいに伏線を出しつつも、きれいさっぱり最後で回収する作家や、やたらと濃いキャラクターが医療問を取り上げる作家などの有名作品も好きだ。
そしてライトノベルも読む。
こちらもジャンルは問わず、男装の少女がいろんな世界を渡り歩く作品から、なぜか召喚獣を学校の作品、果てはなぜか女性しか発動できない能力バトルハーレムものまでなんでもござれである。
まあ、今回はそれがあだになったわけだが……。
そんなわけで手に取ってしまったが運の尽き。
主人公どころか、読者までを不幸に引きずり込む作品だったという、まさかのオチである。
小説のタイトルは『なんで僕のラブコメがこんな終わり方になるのだろうか』。
略称で『なんコメ』と呼ばれている。
ライトノベルとしてはきわものの、バッドエンドストーリーである。
全5巻で一応、完結となっている。
このほかに外伝と短編集が各一冊ずつある。
だいたい、一冊で一人ぐらいの話の展開となっている。
一巻は、冒頭部の入学式における主人公とヒロインの出会いの場面から始まり、お決まりのラブコメな流れとなっている。
四巻における三学期最終日におけるバッドエンドなラストシーンまでの約一年の学園ラブコメディーである。
なぜ一年間かというと、なぜかこの学校で理系と文系の校舎が別なのである。
主人公だけが理系だったのだ。
その辺がなぜかやけに徹底しており、その後はすれ違いのバッドエンドとなってしまう。
肝心の主要ヒロインだが、全員で3人登場する。
各ヒロインの名前と性格は次のとおりである。
清純系の黒髪美少女であり、メインヒロインの蒼井香奈。
スタイル抜群で巨乳。
元気はつらつ型で、いわゆるツンデレタイプの夏野海優。
当然のごとく金髪で身長が低くペッタン娘。
クールビューティータイプの黒崎怜奈。
髪の色は紫の年上タイプ。
この三人の王道キャラとキャッキャッムフフな学園生活を送るのが主人公、白波優也である。
この中でも、主人公が最も意識するのは蒼井香奈であり、全員と相互恋愛に落ちるわけではない。
ただ、別に後の二人を意識しないわけでもなく、主人公は彼女達との王道シーンにおいても心を揺さぶられるシーンも多々存在する。
まあ、結局彼女達は主人公に愛想を尽かし、去ってしまうことになるのが……。
おもな舞台は〈五星桜学園〉である。
なぜかこの手のラノベの学園の名前は、やたらと数字が入ったり、桜とか星とかそのような漢字が入った学園になる。
あとは英語。
キリスト教系の大学じゃあるまいし。
普通は地名+高校だと思うんだが。
正直こんな名前の学園などあってたまるか。
ここで主人公白波優也は、これまた王道的なイベントを繰り返しつつ、最後にはふられることになるのである。
最初の方はまあ、当たり障りのない男女間の擦れ違いのラブコメだった。
だが、後半になってくると一人の友人キャラが登場し、彼によってヒロイン達の恋心が盗られるのである。
いわゆるNTRだ。
そういう意味でも斬新なラノベであった。
大体のラノベにおいて、主人公の友人ポジションというのは不遇なものである。
ある時は突っ込み役だったり、ある時はクラス一の情報通だったり。
まあ、主人公の引き立て役で終わる。
恋人ができるなど、まずない。
断言しておくが、この友人キャラは悪い奴ではない。
むしろかっこいいかもしれない。
主人公が悩んでいると相談を聞いてやり、主人公が行き詰っていると全力で協力してくれるのである。
重ねて言っておくが友人キャラは悪い奴ではない。
友人キャラは主人公がヒロイン達に心惹かれていくのを知っていた。
そしてそれを全力で応援していたのだ。
彼はどのヒロインにたいして恋心などなかった。
むしろ彼女達が彼に恋したのである。
ではなぜ主人公、白波優也は彼女達に振られるというのかというと実はその答えは主人公の性格にある。
そう、主人公なのだ
すべての問題が。
この主人公かなりのヘタレなのである。
例えば、一巻で主人公がヒロインの一人、蒼井香奈と邂逅するというシーンがあるのだが、彼は主人公らしかぬ態度にでる。
曲がり角でゴッツンコという王道シーンがあるのだがこの主人公、何を思ったか相手をいたわるという行動を一切とらず謝りながら逃げていくのだ。
ヒロインはこれを唖然として見送っていく。
これではもはや誰が主人公で誰が主人公なのかと疑いたくなる。
とまあ、言葉も出ないようなダメ主人公なのである。
ほかにも個性豊かな登場人物達が登場する。
といってもたいていモブ役だが。
「ま、こんなところか……」
俺は現在物語の中心舞台である五星桜学園へとむかっていた。
地理的に迷わないかと内心不安だったが何のことはない俺が設定上住むことになったボロアパートからは目と鼻の先であり、窓からはイラストでみなれた学園を見ることができたのだ。
以外だったのは世界観が割としっかりと存在していたことだった。
本の中の世界とはいまだにどういったものなのかよく分からないものだ。
もしかしたら付近の住民とか、そのようなモブキャラの類は一切合切存在せず、学校の登場人物などだけが登場する閉鎖世界となっているかもしれないなどと恐怖が頭をかすめることもあった。
最悪、シャフ○みたいな世界だったらどこまで正気を保っていられるだろうかとゾッとしたりもした。
しかし予想とは裏腹に、学校の交通路となっている歩道は会社へ急ぐサラリーリーマンや宅配便のトラック、タクシーなどと、物語と無関係なものが右往左往していた。
そしてそれらはが生み出す日常の雑音は、異世界へと飛ばされたという境遇の俺を落ち着かしてくれた。
心の中でほっとすると同時に、このことは疑問としてのしかかってくる。
「設定では確か関東の一都市だったよな……」
設定ではこのラノベの舞台は、首都圏内の都市となっていた。
時折、主人公たちは東京へと足を運ぶ展開があるのだ。
デートスポットとかが出てくる作品としては、なにかと都合がいいのだろう。
とすると、東京とかはちゃんと実在するのだろうか。
いや、この世界は現実世界と一体どこが違うのだろうか。
「あの駄作家にいろいろ聞きたいことができてきたな」
様々な疑問が湧き出てくる。
そもそも現状では、あのエセ紳士がこの世界に存在するという確たる証拠さえない。
「くそ、とにかくやれることはやっとかないと」
とりあえず、疑問はいくら考えても解決するわけでなし。
ならば、やれる範囲で動いておいて損はないのだ。
「さて……どーこだ」
現在、俺は歩道を歩いていた。
周りはもちろん登校中の学生であふれている。
ただし入学式ということもあり、ちらほらと服に着せられているという表現にぴったりとあてはまる学生を見ることができる。
かくいう俺も高校の入学式なぞ人生で2回目である。
普通は2回もない。
とはいえど、いつもと違う学生服では着慣れてはいない。
イラストで見た学生服だとコスプレしているという感じだ。
「さてと……」
学園を確認したところで俺は校門近くの角で立ち止まった。
「ちょっと面貸してくれるかな?白波優也君」
そして目の前を通り過ぎようとしていた男子生徒に声をかけた。