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スーツ姿の魔法使い

「しかしね、そんな完全な小説を書いたものの、出版された後で読み直してみるとね、少し主人公が可哀そうに思えてきてしまったのだよ」


 エセ紳士、もといゲームマスターは自信満々に語り続けていた。


「確かに、ラノベの主人公ともあろう人物がヒロイン達と王道ラブコメを展開していたのに、後半になってからだんだんと距離ができ、最後には振られるというバッドエンドを迎えるのは、正直どうなのか……」

 その点については俺も同意できる。


「そこで、私は思ったのだよ。修正できるなら修正したいと」

「けれど、あのラノベはバッドエンドが売りじゃなかったか?」

「そうなのだ。出版社もそのインパクトで売っていたため、修正できなかったのだよ」

 出版社もそんなのを売りにするとは末期だな。

 心の底からそう思った。


「私は最終的に修正しようと決意したが、時すでに遅く、その時にはもう出版されてしまった後だった。私は悔やんだ。修正できるものなら修正したいと」

 ゲームマスターと名乗る男はため息をついて首を横に振った。


「ところが、私はある1つの方法を見つけ出したのだよ」

 そしてニヤリと笑って俺を見る。


「魔法なのだよ」


「……は?」

 俺は一瞬目の前の男が何を言っているか理解できなかった。


「えーと、……魔法?」


「そう、魔法だ」

 紫康、別名ゲームマスターは得意げにして言った。


「つまり……あんたは出版されてしまった、自分の小説のストーリーをバッドエンドからハッピーエンドに変える為に……魔法を使ったと?」

「そうだ、少年。目指すところは、正確にはハーレムルートだがね」

 俺が疑っている姿に気を止めず、話を進めていった。


「あれは私がどうにかできないものかと、いろいろと考えながら歩いていた時だった。偶然にも怪しげな占い師に出会ってね、悩みを打ち明けたところ、一つの魔法を教えてくれたのだよ」


「魔法、ね……」

「うん?君は私のことを疑っているようだな」

 そりゃあ魔法なんてモノがあれば便利だとは思うが、そんなモノがこの世界にあるはずがない。

 魔法なんてモノを信じる奴は、中二か精神異常者くらいだ。

 コイツはゲームマスターだとか名乗っているし、おそらく後者だろう。


「精神病院へ行くことをお勧めします」

「ありがとう、精神病院はもう十分足りているんだ」

「足りているのかよ!」

 

「では君は自分の置かれている状況をどう説明するのかね?」


「!」


 そういえば……俺は今、自分の置かれている立場を説明することができない……。

 ベッドで寝ようとしたら、こんな真っ黒で何もない場所に立っていたのだ。


「繰り返しになるが、ここは本の中の世界だ。補足しておくと余白のページだが」


(そんな……馬鹿な……)

 俺は今の自分の置かれている立場を説明できないことで狼狽していた。


「その占い師が教えてくれた魔法はね、本の中に入ることができる魔法なのだ。そして本の中で行動することで、本の内容を任意的に改修することができるのだよ」

「まさか……」

 自称ゲームマスターの話している内容から俺の頭の中に一つの答えが出来上がりつつあった。


 俺のそんな考えを見透かしているかのような表情でゲームマスターと名乗る男は言葉を続けた。

「すでに気づいているかもしれないが、私が君をここへ呼んだのは、君に私の小説の内容をバッドエンドからグッドエンド、もといハーレムルートへと変えてほしいからだ」


「ちょっと待て! お前がやればいいだろうが!」

 冗談じゃない。そんな面倒なこと俺はお断りだ!


「そうできれば問題はなかった。しかし、この魔法の欠点は作者がストーリーに関与できないことだ」

「だからってなんで俺なんだ!」

 俺はもう一つの大きな疑問をぶつけてみた。

 俺以外にもこの本を読んでいるやつがいるはずだから。なんせ巷でブーム(笑)な本なのだ。


「ふふ……君を選んだ理由かい? それはね……」

「それは……?」


「たまたま街を徘徊していた時に、本屋で手に取っていた君を見かけたからだ!」


「死ね、中二駄作家!自分が作った作品に、責任も持てないようならペンなど持つんじゃねえ! 正直今まで読んだ中でもっとも時間の無駄だったよ、あんたの作品!今思うとなんかの哲学書でも読んでたほうがよっぽど人生に意味が生まれたと思えたわ!それほどまでにただの紙屑だったわ!」

 俺はめったに罵詈雑言を吐かないが、この時ばかりは本気で言った。


「グフ!き、君の……悪口は、一級品……だな」

 自称ゲームマスターはのけぞって、膝を落とした。


「的確に……人を……傷つける」


 そういうとゲームマスターと名乗る男は指を鳴らした。

 その瞬間俺は急に意識が薄れ、よろめいた。


「な……んだ?」

 視界が揺れて正常に立つこともできない。

 俺は必死に意識を保とうとしたが不可能だった。


「君も私の説明を理解した頃だろう?」

 ゲームマスターと名乗った男は、地面にうつぶせになる俺に向かってニヤリと笑った。


「では君には役目をがんばってもらうとしよう。そうそう、君の本の世界の中での立場などについては全部メモ蝶に記してある、参考にしたまえ。それと、もし失敗したら君は元の世界に帰れなくなるぞ。では健闘を祈る」


「待……て」


意識の薄れていく中、自称ゲームマスターの甲高い声だけがやたらと頭に響いていた。





 『ジリリリリリリリ』


 毎日、朝の訪れを知らせる音。

 音程が高いせいか、やたらと響く。


 しかし、朝は睡魔の独壇場だ。

 彼らによって感情まで支配される朝は、血でも魂でもなんでも売り払って一秒でも長く眠りたいものである。

 

 いつも通りに、もう少しだけ寝よう。


 そう決意し寝返りを打った俺は、一瞬で覚醒することとなった。


「…………っ!どこだ、ここは!?」

 開いた眼にまったくもって、信じられない光景が映り込んできたのだ。


 俺の家は一軒家で俺と両親、父方の両親の家族5人で暮らしている。

 いわゆる2世帯住宅だ。

 そのため、それなりに余裕がある設計であり、当然俺の部屋もある。

 リビングも広く、挙句に親父専用の書斎もあるほどだ。

 ところが、俺の目の前にあった光景はまったく違ったものであった。


 6畳間ぐらいのフローリング。

 加えて2畳ほどのスペース。

 キッチンがついてあり、すぐ横に玄関が見える。

 まぎれもない。

 ワンルームマンションだ。


「なんだよ……」

 家電家具が日常生活の雰囲気を醸し出しているものの、まったく身に覚えのない空間である。


 気味が悪い。

 友人には一人暮らしをしている奴はいるが、そこともまったく違う。

 高校生で一人暮らしをしているそいつは金持ちであり、無駄に広いマンションだった。


 まるで別の空間。

 まったく別の次元。

 まさに別の世界。

 何があったのか。


 昨日は何もなかった火曜日。

 帰りに書店で本を買って夜を迎えた。

 そう、答えは昨日の夜だ。


「確か……昨日の夜は本を読んでいて……」

 

俺はそこまで思い出してから、ようやく昨夜(?)の出来事がぼんやりと、浮かんできたのだった。

 昨日の夜に変質者が現れ、俺にラノベのストーリーを変えろとか無茶苦茶な注文を押し付けてきたのだ。


「そうか……ここは『なんコメ』の世界か……」

 俺はベッドから立ち上がって、キッチンの水道をひねった。


 冷たい水が手のひらをすり抜けていく。


 それを顔にかけてみた。

 

 しかし、現実世界であることを無情にもはっきりした。

 冷たさが顔を通り、そして脳まで到達して散っていっただけであった。 


「まじか……」


 つぶやきが口から洩れる。


 小さいの頃は魔法を使えるようになりたかったこともあった。

 物語の世界を冒険してみたかった。


 しかし、今はないだろう。


 夢の世界は子供のものだ。

 ピーターパンの夢から覚めなければ大人にはなれないのだ。


 ほんの数秒前の出来事のようにゲームマスターとの会話が頭の中に残っている。


『占い師が教えてくれた魔法はね、本の中に入ることができる魔法なのだ。そして本の中で行動することで本の内容を任意的に改修することができるのだよ』


『君に私の小説の内容をバッドエンドからグッドエンド、もといハーレムルートへと変えてほしいからだ』


「あの駄作家が……今度あったらただじゃおかないからな」

 ふつふつとゲームマスターへの憎悪がこみあげてくる。

 とりあえず、一発は拳を顔面に打ち込まないと気が済まない。


「なにが俺に役目をがんばってくれだ!健闘を祈るだ! 迷惑この上ない!」

 どうにかして元の世界へとさっさと戻る方法を見つけてやる。

 それが現在の俺の最大の目標だ。


「……ん?」


 ふとある言葉が心の隅に引っかかった。

 ゲームマスターが消える前に言っていた言葉だ。


『もし失敗したら君は元の世界に帰れなくなるぞ』


「失敗すると元の世界に戻れなくなる……。つまり、俺が現状で分かっている元の世界に戻る方法である、バッドエンド展開からグッドエンドへの修正を失敗すると、一生この世界から抜け出すことはできないということか……」

 それは闇のゲームだ。

 空想の世界に一生閉じ込めらるなど呪いそのもではないか。


 それはまずい。

 非常にまずい。

 それだけはなんとしてもそれは避けなければならない。

 

「とりあえず、やることは決まったか……」

 おそらくそのうちに他の選択肢も見つかるだろう。

 そう願わずにはいられない。


「ん?……」


 浴室の鏡に映ったいつもの自分の姿に、違和感があったのに気付いた。

 パジャマだけは元の世界のものだった。

 白いシャツタイプでポケットが右側の胸部分についている。

 そこが奇妙に膨らんでいた。


「設定資料集?」

 取り出してみると手のひらサイズのメモ帳だった。

 汚い字で書き殴られている。

 中をパラパラとめくっていく、と(無駄に)細かい設定が書かれている。

 挙句の果てには声優の名前まで振っていた。

 最後のページには希望小売価格千五百円、とまで書かれていた。


「売るつもりだったのかよ」

 絶対に売れないと思う。

 まず、設定資料集というよりか黒歴史のーつだろうが!


 ……しかし、今は役に立つ。

 少しでも早く、元の世界に戻るためには強力な武器になる。


 こんな物でも。



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