後編
「勇者様のご到着です!」
王都の城内にはカルマの到着を告げる声が鳴り響いていた。人々は勇者を一目見ようとこぞって窓から顔を覗かせている。カルマは大きな門をくぐり抜け、王の間へと案内された。
絢爛豪華な装飾がなされた廊下を進んでいく。そしてついにカルマは王の間へと通された。
「そなたが勇者か……」
「お初にお目にかかります、陛下。私がこの度、勇者の命をうけたカルマ・サーガです」
「うむ……そなたの噂は耳にしておる。その類い稀なる力、必ずや魔王を倒すと信じておるぞ」
「はい、必ず魔王を倒してきます」
カルマは頭をあげ、王の間から出ていこうとした。その時、囁くような声で王は言った。
「祈っている……そなたにとっての地獄の終わりを」
カルマは腕のたつ騎士や魔法使い達と共に魔王の城へと向かった。道中幾度も強い魔獣と出くわしたが、カルマはいとも容易く倒していった。しかし、敵を倒すにつれ、魔王に近づくにつれてカルマの心の痛みがましてゆく。痛い痛い……しかしカルマにはその痛みの原因が分からない。
「ついに着きましたね勇者様、ここが魔王の城ですよ」
「そうか……ここに魔王が……」
魔王の城は中央部に高くそびえ立つ党があり、外壁は漆黒の闇におおわれていた。辺りには光もなく、曇天の隙間から微かに覗く紫色の天体が、世界に輪郭を与えていた。
「さぁ行こう……これで終わらせるんだ」
しかし、城に入ってからは魔獣どころか生物の気配すらしなかった。魔王の城でありながら、それはとても奇妙な光景だった。それでもカルマは何も喋らない、誰一人として言葉を発しない。カルマは思うーーこの静寂に自分は覚えがあるーー。孤独の世界に閉じ籠り、何も出来なかったあの頃への追憶。
「どうして……」
党の頂点を目指す。永遠に続くかのような漆黒の螺旋階段。ぐるぐると回りながら同じところを繰り返す、そんな感覚。いつからかカルマ以外の人々は全ていなくなっていた。それでもカルマは気にもとめず歩き続ける。
カルマはついに最後の一段を登る。全身が錆び付いたぜんまいの如く動かなくなる。カルマは党の最上部、今自分が向き合っている暗闇へと目を凝らした。
「勇者さん……こっちだよ」
刹那、その声を皮切りに闇が消えていった。そしてカルマはその声の主をみとめた。カルマはその男を知っている、そのだらしのない体を覚えている。
「…………」
「さぁ、戦おうじゃないか」
「…………」
「君は『勇者カルマ』だろう?」
「……俺は」
「生まれ変わった?全てを手にいれた?」
「俺は……転生して……」
「なのに何も嬉しくない?自分は自分じゃない?」
「俺は!」
「二度と『自分』をやり直せないことの意味を理解しろ」
その時男が手を振りかざした。カルマも何かを呟く。黒紫の閃光と朱の業火がぶつかり合う。その隙に剣を抜き、お互いの胸を目指して切りかかる。瞬時に後ろに引き下がっては間合いを取り、さらに魔法を掛け合う。カルマは自分の体がこの世界に来て、初めて自分の思うように動いているような感覚になっていた。二人の戦いの轟音が鳴り響く。魔法と剣でぶつかりながら、男は叫んだ。
「何も出来なかった!いや、出来たかもしれない!」
「お前が時間を無駄にした!」
「転生!?最高の才能!?そんなもので自分は自分を諦められない!」
「俺は……!」
「自分で自分を諦めて、ついには命さえ無駄にした」
「……っ!」
「死んでしまったら……」
「二度と自分は自分をやり直せない!」
その瞬間、カルマは全身に電流が走ったような気がした。カルマは理解した、自分はこの世界に堕とされたのだと。
「あぁ……この世界は……俺にとっての地獄だ」
一瞬の隙に男の剣がカルマの胸に突き刺さる。感じたことのない激痛がカルマを襲う。熱い血潮が吹き出し、二人とも深紅の赤に染まった。男は泣いている、しかしカルマは男を見つめて微笑んだ。どちらが言ったのかは分からない、それでも確かにその者は呟いた。
「俺は俺をやり直したい」
その時、辺りの景色は砕け散り、眩いばかりの白い光が男の視界を包んだ。胸を貫いていた痛みも消えて行き、体の境界線が曖昧になってゆく。淡くなってゆく意識に身を任せると、男は光の中に浮かんでいた。そして、何処からか声が聞こえてくる。
ーーあなたは、自分のしたことを理解しましたかーー
(……はい)
ーーこの世界をーー
(ここは……時間を……自分を大切にしなかった俺が堕とされた地獄ですね)
ーーそうです、全てを手にいれてみて、何を思いましたかーー
(……ちゃんと『自分』をやり直したい……昔、本で読んだようには……俺は今を楽しめなかった)
ーー気づいたんですねーー
(……でも、もう手遅れだ)
ーーいいえ、人は何度だってやり直せるーー
ーーもう一度、地球でーー
遠くなってゆく意識、全てが光とひとつになっていく。男はほとんど消えかけた意識の中で、きっと今度こそは自分を……そんなことを思ったような気がした。
病院の一室、何処からか赤子の産声が聞こえる。白い服の女性が母親にその子を渡した。
「オギャア……オギャア」
「元気な赤ちゃんですよ~」
「あぁ……生まれてきてくれてありがとう」
「ねぇあなた……この子はどんな子になるかしら」
「きっと君に似て努力家な子になるよ」
「うふふ、楽しみね」
その赤子は、まだなにも見えていないだろう。それでも、この世界の全てを確かめるようにしっかりと目を開いては、大きく息を吸っていた。