前編
テンプレから始まる、ちょっと変わった転生譚。
その男は、クソのような人生を送っていた。子供の時は天使と呼ばれ、家族からは将来を期待されていたごく普通の少年だったのに。いつからか、勉強も部活も大した努力をしないがゆえに上手くいかなくなってゆき、腐った。そして腐れ外道をまっすぐに歩んで行き、男は30歳無職の魔法使いとなった。
着実に外道進化を遂げていた男だったが、一体どこの安いラノベなのか……新作のギャルゲーを買ってきた帰り道に男はトラックに轢かれて死んだ。そして予想通りに、男は最高のスペックを持つ者として異世界に転生した。
「カルマは本当に何でも出来るよな~」
ここは異世界の魔法学校の一室。様々な生徒が集まっている。その中心にいるのはカルマと呼ばれる少年。カルマは今しがた自分に驚嘆と羨望の色をこめて声をかけてきた学生に向かって言う。
「今回はたまたまだよ」
カルマ・サーガ18歳。魔法やドラゴン何でもありのこの世界で、魔法省総司令部長の息子として、華々しい生まれとそれに見合った才能をもっている少年だ。容姿端麗で色素の薄い儚げな姿は、男女共に魅了するまさに完璧な少年だ。魔法の力も人一倍で、その魔力は少年ながら国で一番ではないかとも言われている。魔力もさることながら、剣の腕も素晴らしく、王国の騎士団でも勝てないだろう。そんなまさに「完璧」を誇るカルマの心にはいつだってぽっかりと穴が開いていた。
何を隠そう、カルマはクソのように生きた自分を覚えているのだから。
「あら、カルマさん、おかえりなさい。今日の呪文学の試験はどうでした?」
「ああ、うん、今回も良くできたよ」
「あらあら、そんなこと言って。てことは今回も満点学年一位ってことかしら?」
「……うん、まぁそんなとこだよ」
「うふふふ。お父さんも喜びますよ」
「いや、別に大したことじゃないから。そんな大袈裟な」
「あらあら、この子ったら。今夜はご馳走にしますね」
カルマは城のような家に帰り、にこにこと出迎える母を軽くあしらった。カルマの出来の良さを両親は心底誇りに思っている。だからこそ毎回テストなんかがある度にこんな会話を繰り返している。カルマは自分の力を、本当は自分自身の物じゃないと感じながらも、それをどうすることも出来ずに天才の名をほしいままにしている。母と軽く話したあとカルマはすぐに自室へ向かった。
自室に入り鍵をかけると、カルマはいつも通り思考の海に沈む。自分のこの世界での華々しい活躍はもちろん嬉しいし、自分でも誇らしい。でもカルマは前回の何もかもをクソにしてしまった時の記憶が心のしこりとなっていた。
「……こんなと時、ラノベの主人公ならこの世界では頑張ろうとしてチートを極めるんだよな……。俺も……そう思っていた気がするんだけどな」
カルマは考える。自分はこの世界でチート能力を授かり、大した苦労もせずに華々しい活躍を遂げていく。今度はその才能が認められ王都から勇者としてお呼びがかかるらしい。そしてきっとこの世界のために自分は魔王を倒して、英雄になるのだろう。そう、ただの英雄に。カルマは思う……何故?
「俺は……何も出来なかったのに」
「いや~カルマと同じ班なれるんなんて光栄だな!」
「ほんと!カルマ君と一緒なら絶対に安心だし」
「私も嬉しいです」
今日は夏休み前の最後の野外実習。四人一組で与えられたミッションをクリアするまで実習地の森から出ることはできない。カルマの班には学年で特に能力が高いメンバーが集められ、やり手の冒険者でも倒すのが難しいとされる魔獣の討伐の課題を与えられていた。そして今はその魔獣がいるとされるポイントに向かって歩いている最中だ。
「今更だけどカルマはさ、何でそんなに何でも出来んだ?」
「もぅ、ジノ!カルマ君は私たちとは出来が違うのよ」
「んなこと分かってっけどさ~生まれも良いとこだし何か英才教育とかされてきたのかな~って」
「ははは……いや、そんな別に特別なことは」
「ほぅら~やっぱカルマ君は生まれついての天才なのよ!」
この手の話はこちらに来てからはよく聞いていたカルマだが、その度になんとも物悲しい気分になる。カルマは自分の本質が前回と何ら変わっていないと、そう思っていた。そうしてメンバーで騒ぎながら森を進んでいたその時、スライムの群れが前方に現れた。
「スライムの群れか!手分けして一気に片付けようぜ!」
「うん!私はこっちを!」
「分かりました!」
メンバーは瞬時に状況を判断して的確に動く。カルマも頭が考える前に体が正解の動きをとっていた。群れとはいえ自分にとっては無力この上ないスライムたち。その瑠璃色の姿態に刃を突き刺し、訳の分からない呪文を唱えて業火で滅する。その憐れ極まりない最後をスローモーションのようにカルマは感じていた。自分の手にふれ、スライムのように柔らかいのかを確かめる。カルマは柔らかい無防備な彼らに、訳の分からない既視感を感じていた。
「おっし!全部やっつけたな!」
「これぐらい当然よ!なったって私達は選ばれしカルマ班だものね」
「そ、そうですよね!」
「……そう……だね」
その後、魔獣はカルマの呟き一つで吹き飛んだ。
「王都から勇者のお呼びだし!?」
カルマの母は繊細な装丁がなされた手紙を手に取り、驚嘆と喜びが入り交じったような声をあげた。そう、かねてから噂されていたように王都からカルマに勇者としての正式な呼び出しがかかったのだ。その内容はカルマに国の勇者として、古来より災厄をもたらすとされてきた闇の帝国に住む魔王を討伐してほしいとのものだった。母は慌てているし、父は何か考え込んでいるような顔をしている。だが、カルマは無表情だった。カルマにとって、魔王も勇者も、その先になるであろう英雄も、たいして興味を引くものではなかったのだ。
「カルマ……。王都から勇者として呼ばれることはとても素晴らしいことだ。お前は一族の誇りだ。だが、同時にお前は私たちにとって愛しい子供なんだ。きっと務めを果たして無事に帰ってこい」
カルマは父の言葉を聞いて、微笑みながら言った。
「行ってきます」
次の日、カルマの勇者としての旅立ちを祝うパレードが行われた。魔法学校の生徒も、名のある騎士も貴族や役人まで様々な人々がカルマの門出を祝いに来た。カルマはパレードの先頭を馬の背に乗り行く。赤い帽子をかぶった鼓笛隊が楽器を様々にかき鳴らす。民衆は色々の花束を投げ、花びらが宙を舞う。乙女達がカルマの周りを艶やかな極彩色の衣装を身にまとい、くるくると踊っている。
「我らが勇者!カルマ!カルマ!」
「きっと戻ってきて下さいね!」
「私達はカルマ様ならきっと魔王を討ち取って来ると信じております!」
カルマは誰もが魅了される完璧な微笑みをたたえていた。それでも、決まりきった展開とクソのような過去への思いからか……その目には華やかな光景は映ってはいなかった。