第九話 戦と渇望
「玲奏様!!火薬と兵の消耗が甚大です。今回の目的は果たせましたし、そろそろ撤退するべきかと。」
楔帷子を身に付け、二股槍を手にした少年が切迫した声を上げ、玲奏と呼ばれた青年の下へ走る。黄金色の髪は汗で張り付いている。途中、屍と化した人間の兵と鬼人の兵に躓きそうになるが、何とか持ち直し上司の下へと辿り着いた。少年の頬は誰のものか分からない返り血で汚れている。必死に辿り着いた少年を一瞥すると、玲奏は首に下げていた縦笛のようなものを二回大きく吹いた。その音を聞いた兵たちは閃光弾を取り出して投げたり、接戦しているものは踵をかえし逃げ始めた。それを人間側の血壊者達が肉壁となって補助している。正気を保ってなさそうな淀んだ眼をした血塊者達は、この場で生き残っても最後は自害するように命じられている。
「阿修羅、人間共が引いていくな。どう思う?」
人間の兵に比べ、戦に出るとは思えない軽装で幾人もの人間を仕留めた玄海は猛禽類のような笑みを浮かべ、自分の半身とも呼べる弟に問いかける。人間や血塊者に比べ鬼の皮膚は刃物が通りにくく、気力を練れば鋼にも勝る頑丈さになる。本来なら人間が簡単に敵う相手ではないのだ。
「人間の思惑が見えてきませんね。あまりにも、簡単に兵が引いていきますし、初めから撤退を戦略に組み込んでいた動きです。戦力も半端ですし、まるで陽動。この戦とは別に目的があるようですが……。」
阿修羅は顔を歪め、逃げていく人間の姿を睥睨した。白髪は血で汚れている。刀を一振りすると鞘に戻した。
「深追いはするなっ。それぞれ隊長に指揮権を与える。後の処理は隊長の支持に従え。近衛は着いて来い。急ぎ館へ帰還する。」
阿修羅が叫ぶと大分離れた場所に居た近衛と隊長達は、聴覚が強化されている為正確に指示を聞き取り、それぞれ行動し始める。
「ごほっ。館の結界を人間が破れるとは思えんが、早めに戻ったほうがよさそうだな。始祖様が目覚めているやもしれん。」
玄海は戦の興奮と始祖への期待で胸の昂ぶりを抑えられない。そんな姉の姿を阿修羅は目を細めて見ていた。
阿修羅は、待ち続けていた。長い間渇望していたのだ。彼の願いが叶う日を。
簡潔に述べると、やってみたらできた。依子ちゃんを始め、血壊者のみんなとの隷属契約は可能だった。やっぱり、始祖様の魂はすごかった。もともと、時間軸などもろもろが違う同一人物のようだから、鬼力は持っていたのかもしれない。正直、全然鬼力を使った感じがしない。鬼力も陣に循環させたつもりはないけど、勝手に流れていった。でも、ここに居る全員と隷属契約できたということは、かなりの鬼力があるのだろう。そして、阿修羅という鬼人の上位隷属を上回る最高位の隷属に成功した。
下位隷属というのは上位隷属より劣るため、相手から害されないという効果しかない。上位隷属は命を奪うことができる。相手に痛みを与えたり、自害に限り、強制することができる。最高位の隷属とは、上位隷属と同じだが、強制する力で上位より勝っている。つまり、私が自害するなと命令しておけば、血壊者のみんなは、多少安全ということになる。
さて、これからの事について依子ちゃん達と相談した結果、儀式は成功して始祖様の魂を身体に宿したと鬼人たちに思わせておこうということになった。私自身、身を守る術がない状態じゃ鬼人たちと敵対するのは危険だと分かる。それと、血壊者のみんなの保護も始祖と言う立場ならできるかもしれない。そのためにも、威厳ある態度で対峙しなければならない。ものすごく、不安だ。何より、今使える異能がないことが不安だ。
人間との小競り合いは、そこまで心配しなくてもいいそうだ。通称、貼り付け君が教えてくれた。鬼力の問題で、一日一回一分間しか使えないという縛りがあるらしいが、マーキングした相手の五感に自分の五感を重ねることができるらしい。使い方しだいでは怖ろしい能力だと思う。主にプライバシー的な意味で。というか、血塊者のみんなは隷属契約で命握られていたのに、こっそり能力を使いまくっていたらしい。ばれなきゃいいだろ!!と何とも肝の据わったお子様たちが多い。
「阿修羅の目で見た感じ、人間達は逃げていったみたいですね。あ~、鬼たち戻ってきますよ!うげ、何か急いでいるように見えますね~。あっ、映像切れた。」
ありがとう!貼り付け君。よしっ。ここからは、私の仕事だ。私は表情を引き締める。
そして、この後私は一つ目の異能を使えるようになる。




