第四話 老婆と始祖
私が生れ落ちて、最初に奪ったのは母の命だった。
その次は父。小さな町で、あっというまに化け物呼ばわりされるようになった。
私は他人と少し違った。尋常ではない膂力を持ち、人の気配や危険を察知し、害あれば一瞬で敵を切り刻む術を持ち、他人の体を一時的に支配下に置いて操ることができ、確実ではないが未来予知もできるようになった。異能がまるで私を守ろうとするように増えていくたびに、私のまわりから人がいなくなっていった。
あるとき、私の人生を変える運命的な出会いをする。彼女はシワクチャな頬を引き攣らせるようにしながら嗤っていた。
「お嬢さん。少しこの年寄りの話を聞いてくれないかね。」
「別にいいけど、私と話しているところを万が一にでも町の人間に見られたらひどい目に合うよ?」
「ふふ、老い先短い婆は頑固なもんでね。自分のしたいことしかできないのさ。」
「へえ。よくわかんないけど、話ぐらいなら聞いてあげるっ。最近は罵声すら浴びせられなくなってきたから退屈してたんだぁ。立ち話もなんだから、うちに来なよ。」
「おやまあ、お嬢さん。こんな得体の知れない婆を家に招いてもいいのかい?」
「ふっ。自分で言ってるし。まあ、気にしないでおいでよ。さっきも言ったけど退屈なの。」
私は生まれた家を捨て、なるべく他人と関らないように森の中に小さな小屋を立て住み始めた。
たまに、町で買い物しようと思っても、私の悪名は知れ渡っているのか、この黒い髪に赤い眼という姿が恐ろしいのか、お金を払うと言っても何も売ってくれない。
だけど、私に寄り添うようにある異能のおかげでどんな問題もすぐに解決していった。
我が家に人を招くのは初めてだ。それが、今日あったばかりの怪しい老婆だとは我ながら苦笑してしまう。それに、老婆からは私と同じくらい異質な気配がする。
「ぼろっちい小屋だけど、まあゆっくりしてってよ。茶ぐらい出すからね。」
「おやまあ、ほんとにぼろっちい小屋だねぇ。これじゃあ雨が降ったら大変じゃないかい?」
「まあ、それはうまいことやってるよ。はい、婆さん茶だよ。」
婆さんは皺くちゃの手でゆっくりと湯のみを持ち上げ、少しづつ口に含んでいった。
「で?なんか話したいことがあるんでしょ?」
「そうだね。今じゃこんな皺くちゃな婆さんにも若かりしころがあってね。」
「・・・突然だね。」
「若いころはずっと、不思議な記憶に悩まされていたよ。本当に正しい記憶かも定かじゃない。はるかという異世界の少女の記憶がまるで自分の記憶のように残っているんだ。おかしくならないのが不思議なもんさ。」
「・・・婆さん何言ってるの?」
「あたしはね、別の世界からある日移ってきたのさ。いやあいつらが、私を無理矢理こちらの世界に引きずりこんだのさ。」
「へえ・・・・。えーと、頭大丈夫?」
「こんな、訳のわからない世界に全てを奪われてあたしには何も残らなかった。ああ、なぜだろうね、最近は日本にいたころの記憶が夢を見ているかのように思い出されていくよ。まるで他人の人生を見ているかのようなのさ。あれは本当にあたしの記憶だったのか。あんな平和な世界で本当に生きていたのかってね。」
「・・・平和な世界だったんだ?」
「少なくとも鬼なんていなかったね。凶暴な獣もこの世界ほどいなかった。もちろん人が人を殺すし、国どうしの諍いも絶えなかったけど、この世界ほどいかれちゃいなかったよ。」
「いやいや、婆さん鬼って何?それにここら辺に凶暴な獣なんか出たことないよ?」
「・・・ああ、今はそうだろうね。うすうす気付いちゃいたんだけどね。お嬢さんと会ってやっと確信したよ。長い間あれが前世の記憶だったんじゃないかと思っていたけど、そうじゃなかった。あたしもまた運命に振り回されていたんだね。」
「うん?・・・・・・何いってんの?」
「あんた、家族はいないのかい?」
「・・・いたらこんなとこ住んでるわけないでしょ。両親はいたけど・・・私が殺した。他に家族はいない。」
「町の人間はお嬢さんのことを恐れているようだね。」
「まあね。でもしょうがないかな。私が少し変だからね。」
「明日、町の人間がお嬢さんを殺しに来るよ。」
「そっか。まあ、だろうね。でも、あいつらに私は殺せない。」
「ああ。そうだね。」
「ふふっ。婆さんも私を殺しにきたんでしょ?」
「・・・全てお見通しというわけかい。それも、異能の力で知ったのかい?」
「・・・まったく!婆さんからは殺気は感じないんだけどなぁ。もしかして、殺す気はなくなった?ふふっ。ふふふ。じゃあ、遠慮なくご希望の異能を使わせてもらうねっ。」
老婆は怯える素振りを見せない。それどころか、哀れんでいるような目で見てくる。少し腹が立つ。私は老婆の記憶を覗くために異能を使う。
正直、頭のおかしい老婆の話を話し半分で聞いていた私は、度肝を抜かされる。
「これは・・・あっははっ!あぐはっはははっ」
しばらく私は壊れたように、笑い転げた。
確実に、老婆の記憶は私の心を蝕んでしまった。そして、私の中の張り詰めていた糸は、この瞬間切れてしまった。
「うん。婆さんの記憶全部視た。はるかっていう女の記憶もね。正直かなり驚いているよ。未来の記憶を過去の人間が持ってるなんて!おそらく婆さんとはるかは、本来なら何の関係もない人間だよ。どうして、こんな回りくどいことをしたんだろうね。婆さんも災難だね。婆さんにはるかの記憶を植えつけて私に会いに来させた何者かは、私を殺させたかったのかな?私は殺されないし、その記憶のとおりの未来になると思うよ?だって、とても素晴らしく楽しそうなんだもん。よしっ!召喚の仕方も未来に残しとこう!これから私がすることは、はるかのためにも止めたほうがいいのかな?ふふっ。婆さんはどう思う?私はね、止めない。私の願いを叶えるために。」
それから数日がたち、私が選んだ結末を見届けた婆さんは姿を消した。婆さんの胸中は、絶望か諦念か。それとも結果はどうあれ、役目を終えた安堵か。まあ、もう興味はない。私はこれからもこの素晴らしい異能をみんなに分け与えていくだろう。どんどん、仲間を友達を家族を恋人を兄弟を増やしていこう。彼らは、もう私を化け物なんて呼ばないだろう。
やっと、寂しくない。
でも、未来のはるかという少女には謝らないといけないかな。償いのためにも少しだけ彼女の助けとなろう。




