第十五話 呪術師と玲奏
「玲奏殿。難しい顔をしていますが、どうなされた?」
珠洲の領主、玲奏は目の前に座る呪術師のお猪口に酒器を傾ける。
「いえ、この度は呪術師殿のお力添えのお蔭で長年の悩みの種だった鬼共を駆除できるのです。とても、喜ばしい。・・・だが、あれだけ煩わされてきた鬼がこうも簡単に駆除できるとは、まだ信じられませんな。」
「ははは、嫌でも信じなくてはなりませんよ。もうしばらくの辛抱です。すぐに隣国は鬼共の骸で埋め尽くされるでしょう。」
呪術師は一息に酒を喉に流し込む。頭部と首をすっぽり覆う頭巾から足首まで一枚で繋がった薄汚い灰色をした服を着ていて、奇妙なことに、その面容を覗き見ることはできない。語る声は女のようにも少年のようにも聞こえ、性別すら定かではない。本来なら、このような素性の知れぬものが、一領主と酒を酌み交わすことなど罷り間違っても起こりえない。だが、実際目の前の人物こそが八百万でも国王、宰相、大元帥に次ぐほどの権力者になりえているのだ。
その異質な力一つで、たった二年で成り上がってみせたのだ。
「私の陣を奴らの土地に敷くことができたのも、あの地で命を捧げてくれたもの達のおかげでしょう。陣に捧げられた生贄の流した血が土地に染みこむことであの陣は時間をおいて完成したのです。ただ、同胞の血を流しすぎたことが心苦しいかぎりです。」
玲奏は死んでいった部下の顔を思い出す。だが、判断を間違ったとは思わない。国全体で考えると、一領土の僅かな犠牲で大きな功績をなしえたのだから。部下達は、平和の礎となれたのだ。決して、無駄に命を散らしたわけではない。後悔はしていない。
「もうすぐ、夜が明けます。奴らの断末魔が聞こえなくなるまで待つのも一興ですが、鬼の住む土地はあと三つ残っておりますゆえ、私はそろそろお暇させていただきましょう。」
呪術師は、立ち上がると「あぁ、そのままで見送りは結構。玲奏殿がお忙しい御仁だというのは承知しております。」そう言うとヒラヒラと手を振り、部屋から一人退出して行く。
玲奏は一人酒器を傾ける。鬼という障害が無くなったとき、あの呪術師は我々に牙を向けるのではないかという考えが頭をかすめたが、先のことなど分からないと苦笑する。今は、ただ死んでいった同胞達の為にも鬼を駆除する。それだけを考えればいいのだ。ここまで、お膳立てされたのだ。隣国の鬼を蹂躙し尽くしてやる。
玲奏はしばらくの間、夜明け前の空に浮かぶ今にも消えそうな月をただ見つめていた。