第十話 虚構と忠誠
「始祖様!!目覚めておられたのですね!!」
廊下が騒がしくなったと思い、緊張が走った次の瞬間扉が勢いよく開けられた。先頭に立っていたのは緋色の髪の女性。第一領地の領主玄海さんだ。
玄海さんは頬を上気させ、その様は恋する乙女のように見える。
玄海さんは私の目前で膝を折ると満面の笑みでこちらを見上げる。
「始祖様、この国の領主玄海でございます。始祖様が現世に戻られたこと喜ばしく思います。どうか、貴方様の血を受け継ぐ子孫にお力をお貸しくださいませんか。」
玄海さんは、久しぶりに見たけど以前話した玄海さんのままだった。この人には、この人なりに守りたいものがあるのかもしれない。
「ところで、部屋の外に鬼人が倒れているのですが、何か粗相でもございましたか?」
玄海さんは開きっぱなしの扉にちらっと視線をやった。血塊者の子たちが緊張で体を硬くするのを横目で確認しながら、無表情で対応する。
「私の目覚めに水を差すようなことを申すな。ここに居る子らが怯えているようだったのでな。少しの間眠ってもらうことにしただけだ。問題なかろう?」
ここで、あえて不適な笑みを浮かべ、腕を組んだ。
玄海さんは驚きに目を瞠りしかし、すぐに納得したのか、笑顔を浮かべた。
「・・・・・・そうでしたか。不躾な質問申し訳ございません。もちろん、何も問題ございません。始祖様の御心のままに。」
「うむ。ところで、こやつ等はずいぶん優秀なようだな。気に入った。私の世話をさせるために貰い受けてもよいだろう?」
「は、はい。もちろんでございます。しかし、優秀なものなら始祖様の血を濃く受け継いだ正当な鬼人をご用意できます。そちらを傍に仕えさせてはいただけないでしょうか?」
私は、考えるように顎に手をやり、
「断る。私はこやつ等を気に入っている。二度も同じことを言わせるな。」
正直、どこまで不遜な態度が許されるのか内心ビクビクしている。だけど、これだけは譲れない。今、私が交渉できるのは始祖だからという理由だけで能力が使えない現状では心もとないが、踏ん張るしかない。
「・・・失礼いたしました。ただ、そこに居るものは人間の血が混ざっております。人間は今現在、鬼人を滅ぼそうとしているため、どうしてもそこに居るものたちを心から
信用することはできません。」
「安心しろ。こやつ等とは先ほど隷属契約を済ませた。すでに、契約してあるようだが、高位隷属契約をしたため、私の命令が優先となるだろう。まあ、私の傍に仕えるのだから、当然だろう?」
「そう、でしたか。始祖様に隷属契約していただくとは何たる誉れでしょう。ここにいる阿修羅など他、数名の鬼との隷属契約をしていたのですが、破棄したほうがよろしいでしょうか?」
私は改めて玄海さんの隣に静かに控えている男に目をやったが、すぐに頷く。
「今、破棄できるか?」
玄海さんが頷き阿修羅に向き直る。
「始祖様のご命令だ。阿修羅と近衛のものたちだけでも、この場で隷属契約を破棄しなさい。」
「お待ちくださいっ!!」
突然、武装していた男が刀を抜いて射殺すような視線で殺気を放っている。
「玄海様。お考え直しを。血壊者のような穢れた血を持つものを保険もなく野放しにするのは危険です。・・・先ほどから、聞いていればどうして始祖様が穢れた血のもの優遇しているのですか?始祖様は我ら鬼人を救ってくれるのではないのですか!!違う!!お前は始祖様じゃない!始祖様を語る偽者だ!!」
空気が凍る。物理的にも、男が抜いた刀から冷気が漂ってくる。
私の体が震えそうになるが、すかさず血壊者の子たちが回りを囲んでくれた。
ザシュっという音と共に赤い血が噴出し、男の首がゴロンと転ぶ音とカランと刀が落ちる音が聞こえた。
「うわっ!ああああ゛ああああっ!!」
奏飛君が目の前の光景から目を離さず叫ぶ。
「に゛いち゛ゃあああああんっ!!」
3歳ぐらいの女の子が目の前の光景に怯えて泣き出した。その子の兄、叶翔君が慌ててその子の目を塞ぐ。
噴水のような血が噴出しているなか、冷静な声で話す男がいた。
その男は私の目の前まで来ると片膝を着く。
「部下の非礼、誠に申し訳ございません。今後、あのような戯言を抜かし始祖様に仇なすものは、この阿修羅が排除いたします。」
玄海さんに連れられ、執務室に向かう。血壊者の子たちは、別室で待ってもらうことになった。さすがに、あの部屋で話を続けることはなかった。濃厚な血の臭いがまだしているようだ。吐き気がしてきたが、どうにか耐える。依子ちゃんだけは、着いてきてもらった。
狂っている。そうとしか、思えない。片膝を着き私を下から見上げた阿修羅という男のギラギラとした瞳を思い出し、ゾッと薄ら寒い感覚がした。
今、阿修羅は私の後ろを歩いている。私の斜め横を歩いている依子ちゃんが緊張しているのが空気で分かる。近衛は隷属契約の破棄だけして阿修羅が下がらせた。先ほどから、誰も言葉を発さない。まあ、当然だろう。正直、もう今日は勘弁してほしい。精神的疲労が半端ない。
ようやく、執務室に着いた。ここまで、辿り着く時間がとても長く感じた。
扉を開いた玄海さんが待っていてくれてる。
玄海さんは複雑な表情を浮かべている。
執務室の机の上は書類で溢れている。中央に革張りの長めの椅子があり、そこに座るように促される。
「・・・始祖様、改めて謝罪させてくださいませ。あのような蛮行に部下が走りましたこと誠に申し訳ございません。平にご容赦を。」
「ああ。・・・許す。」
「私達、鬼はそれだけ追い詰められております。始祖様のお力は私達鬼人の希望なのでございます。どうか、お力をお貸しくださいませんか?」
「それは、人間を排斥するためか?」
「はい。争わないで済むならそれが一番良いのですが、人間は完全に鬼人を敵と見なしております。そして、数年前から血壊者の肉体を使った実験を何度も繰り返し、おぞましい力を手に入れ始めているのです。その力は偉大なる始祖様に力を授かった我々を時に凌ぐほどになっています。このままでは、鬼人達の先は見えております。・・・・・・始祖様我々に更なる力を与えていただくことは可能でしょうか?」
目の前の玄海さんは血壊者の子供を奴隷にして大人たちを生贄にすることを選択した血も涙もない非道な人間のはずだ。そのはずなのに、鬼人に対してだけは守ろうと必死になっている。私の心の中に消化しきれない、どろどろとした感情が溜まっていく。
始祖はどうして、生贄が必要な召喚方法を後世に残したんだ。胸がチクリと痛んだ。
「今はまだ、完全に力が戻っていない。だが、鬼人の心根が邪悪でない限り、近いうちに、力を与えることを約束しよう。それでいいか?」
玄海さんは、複雑そうに微笑んだ。
「感謝いたします。始祖様。今後、鬼人一同貴方に忠誠を誓うことをお約束いたします。」