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擬似的幸福


あの日首もとから離れた掌。

なにかを悟ったように微笑んで言った"オメデトウ"と、君が投げたピンクのブーケ。

全て残らず、溶けることなく降り積もったまま。



おめでとう

おめでとう

誰かの、幸せを祝う言葉が鼓膜を忙しなく揺らす。

幸福な空間で一人、それを見て泣いているのはどれだけ滑稽で無様なのだろうか。

三年前のあの日、あの白い式場の一室で確かに彼女は言ったのだ。

殺していい?と、空虚な目でそれが本気だと伝えながら。

そして、それを拒否しなかったのも明らかに自分自身の意志だった。

なのにどうして俺はこうして生きながらえている。

あの時、殺されていれば。そう思いながらきっと生き続けていくんだろう。

愛のない結婚をした。

理由は至極単純で、複雑だ。

端的に言ってしまえば「脅された」。

『いいんですか?あなたの彼女のご両親、わたしの父の会社にお勤めしてるんですよ』

突然の、取引先のお嬢様からの告白を断った時、箱入りのお嬢様だと思い込んでいた目の前の女が悪い意味でお嬢様なんかじゃなかったと気付いた。

仲の良い家族。

大量の仕送りに頭を抱えながらも、嬉しそうにダンボールの中身を確認していた美雪を思い出す。

選択肢は他になかった。

でも今考えると、あの時そんな脅しを振りきって彼女と一緒にいればよかった。

不幸さえも幸福にかえる努力をすればよかった。


そんな後悔を、今、彼女の白いドレス姿を見ながらひたすらに繰り返している。

彼女は今日、四月の桜の真っ盛りのこの日に知らない男と結婚してしまった。


俺の結婚式から、いや、正確にいうと美雪が「おめでとう」と涙を止めながら微笑んだあの瞬間から、美雪は明らかに変わった。

俺を「孝介」として認識しなくなった。

彼女と六年以上思い出を共にした「梶原孝介」は死に、ただの大学の一同級生である「梶原孝介」だけが彼女の目前に存在している。

彼女が俺と紡いだ思い出を思い出すことは恐らくもう二度とない。

それを悲しいと思うことがどれだけ身勝手かなんてわかっている。

それをわかっていながら彼女の幸せを祝えない自分は一生彼女を愛し続けるだろう。

白いドレスを纏う彼女が綺麗だ。

その姿は涙が出るほど綺麗で、そして妬ましい。

ーーその隣にいるのは自分だったはずなのに。

そんな愚かな後悔と嫉妬が目の前を赤く染める。

白が憎らしくて、同時に愛しくて。

止められないほど多くの気持ちが溢れてくる。


賑やかな立食パーティーの会場にブーケトスを知らせるアナウンスが響いた。

着飾った女性たちがきゃあきゃあと楽しそうに声をあげてブーケを持つ彼女の近くに固まった。

「行くよーーーっ?」

美雪の幸せそうな声が響いて、やっぱり涙が出た。

ーー悔しい。

その声を一番近くで聞きたかった。

そんな、今更な後悔を、何度したらいいのか。


投げられたブーケが綺麗な弧を描く。

なんの皮肉だろうか。

ブーケ狙いの集団から離れていた、よりにもよって俺のもとにブーケはまるで運命だというように降ってきた。

「梶原くん⁉︎」

彼女の驚いた声がして、いたたまれない気持ちで曖昧に微笑んだ。

「奥さんとお幸せにね!」

ーーなんて、残酷な言葉だろう。

そんな言葉を、笑顔の彼女の口から聞く日が来るなんて思いもしなかった。

「……おぅ」

情けなくも泣きそうで、低く唸るようにそう答えるのが精一杯だった。

背を向けて歩き出した瞬間、涙はやっぱり溢れて視界を覆う。

「情けないな……」

そう自嘲気味に笑おうとするのに、全く口角が上がらない。

頬の筋肉がまるで縫いとめられたように動かないのだ。



ぽとりと落ちた涙を、ピンクのブーケが吸い上げていく。

一番大きな花を一輪だけ手折った。

折れた茎から伝う水分を、あの日死ぬはずだった自分の体液のようだと思った。

彼女の結婚式から一週間を経ても、彼女の幸せを象徴するそのブーケは、白い花瓶に移され、未だその美しさを誇っている。


色褪せることなく、まるでしがみつくかのように、いつまでも、きっと君を愛したままだ。






擬似的幸福:end





枯れることない花のように、

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