8.呪いマニア
魔法具屋をでて大通りを歩くと屋台から次々声をかけられた。
そろそろ夕飯時なので夕飯のおかずかご飯をとろうとした客を引き入れるためであろう。芳ばしい肉の焼ける匂いやスパイスの効いたスープなどが私を誘惑してくる。ただギルドで夕食を食べる予定の私としては、非常に重い商品が多い。串焼きとか揚げ物とか。
「ギルドまでの我慢……!」
結局何かの肉の串焼きを2本も買ってしまった。肉から熱々の熱気とともに凝縮された旨みの香りがする。耐えきれずに食べると濃い肉の味とちょっと固くも思える弾力のある肉に迷いが吹き飛んだ。あっという間に同じ串に刺さった肉もたいらげる。
「近い肉って鴨かな」
たまたま寄った祭りで鴨の串焼きが売っていたのだ。牛肉や豚肉と違い脂っぽくないが鶏と違い筋っぽくはない感じだった。そのとき一緒にいた大学の友人は、肉を食べる私をみてアマゾネスとほざきやがったのでその場で拳骨を送ってやった。
「っ…ぁ………ぁ」
絞り出したような声がどこからともなく聞こえてくる。助けを求める必死の声かそれともアンデットの声なのか……。本とトリカブトによってアンデットという存在がいることは確認済みだ。
その種類は、骨だけのスケルトンから高位のアンデットのリッチまでいる。ただ今回の場合、声を発しているのでゾンビの可能がある。リッチも話すらしいが夕食どきとはいえ太陽の光を嫌うリッチがでてくるわけがない。ゾンビは、生命の輝きがあるならどこにでも集まるらしいのでありえる。
「どこ…なんだ?」
魔法具を身につけているが武器の類いがない。体術を使うか逃げる算段もつける。だが相手がどこにいるのかわからないまま逃げるのは、逃げた先にいたらまずいので得策じゃない。
なんて思っているとソイツは、私の前に姿を現す。真っ黒な頭と体全体を隠すローブ。細長い木の棒を杖にして体を支えている。その木を掴む手は、生者とは思えない青白い色だ。……………アレ、リッチじゃね?
「…ぉお……ぁ…ぁ…………ぃ」
リッチ?らしきものがそう言う。本当にこいつリッチなのか。こんなまだ若干昼の街中に出てきていいモンスターじゃない。リッチは、集団戦闘でなければ受付されないような相手だ。
「えっ、うわっあ」
初めてのモンスターに足がすくみ逃げだすことも叶わない。襲われ死ぬ瞬間が頭をよぎる。
肉が裂け血がトマトジュースのように地面に滴る。一回で死ぬことが出来ないだろうから酷い痛みに苛まれるだろう。そしてたしかに自分の中に存在するなにかがこぼれ落ちる感覚も……。
リッチが私に向かって素早い動きで近寄ってきた。それを見て生存本能が体の制約を破ったのか腕が動きリッチに突き出した……!
「…うま…ぅま……」
リッチ?が残り1本だった串にかぶりついている。呆然とそれを見ているとリッチと目が合った。青い目が光に当たっていないのにギラギラ光って非常に恐い。
「もぅ…1本」
もっとくれってことか?しかもガッチリ腕捕まれた!
………えぇい、ままよ!死ぬよりましだ。これでこのリッチが大人しくしてるなら安い!
「わかった待って」
いくら減るかわからない財布を持って大通りに戻った。
「食うなぁ…」
串が二桁を越えても食欲が減る感じがないので、飯系を出すとそれも食べた。そろそろ1万ベッドを越しそうなんだがまだ食べるのか?
「あれぇ?レグ君とキョンじゃない。珍しい組み合わせねぇ」
「あっ、えっ、ローザさん!この人知り合いなんですか」
「キョンはねぇ、ギルドの盗難防止魔術をかけてるのよ。でもいつもならギルドの奥で呪いの研究をしてるのになんでこんな街中にいるのかしら」
呪いが趣味の奴ってコイツかいっ!
「腹…減った。この人…食べ物くれた……いい人」
リッチ改めてキョンがそう言う。何これ?食べ物あげたらなつかれた??
「さぁ、ギルドにいないとマスターが心配するからギルドに戻りましょ」
「もうちょっとこの人…いる」
「えっ!?ギルドに戻るつもりだからいてもいなくても変わらないよ」
キョンは、首を傾げた。ただそのままなにも言わないのでなぜ首を傾げたのかわからない。
「あらあら、仲良くなったのね。大丈夫よ。レグもキームンだから」
「なの…?」
「はい、キームンの新人になりました。レグです」
「キョン…」
なんかこの人デジャブを感じるな。誰とだろ?
「さぁ、帰りましょ」
ギルドまでの道のりを片腕に美女、片腕にリッチという変わった組み合わせで帰ることになった。街の人の視線が非常に痛い。一番の問題は、ギルドに戻ってからだった。
「ただいま」
「おっ、帰ったか!」
ギルドの中にいた誰かがすぐに返事を返す。それで気がついたのか他の何人かも同じように挨拶を返した。それを確認したあとに扉を押さえてローザを中に入れる。ローザは、ニコッと笑うと中に入る。
「ただいま」
「ローザさんお帰り。さっそくで悪いんだが注文されてた薬草が合ってるか確認してくれねぇか」
「ありがとう」
ローザさんが中に入ると、真っ黒なローブを着たキョンが中に入らずポツンと立っていた。なぜ入らないのかわからない。
「入らないんですか?」
私がそう言うとキョンが足音もたてずに入ってきた。それと同時にギルド内でどよめきが起きる。
「あの引きこもりのキョンが外に出かけてる!」
「それより武器の整備をした方がいい。モンスターの大群が来るかもしれねぇ」
「キョンって誰?」
「本の保護と持ち出し不可の魔術を創った魔術師でス」
「あぁ、あの魔術を創ったのがあの方ですか。………格好がリッチみたいですわね」
などと内容は、さまざまでとくに気にしていないのかボケッと立っているだけだ。
「あ…レグ。お帰りなの」
今日は、人形ではなくアリスを抱っこしたスーが来た。可愛らしい少女が持つとベニテングダケそっくりのアリスも可愛い人形に見える。などと思っているとスーは、アリスを下におろした。下におりると同時にアリスがダッシュして私にぶつかって私にスリスリしてくる。
「ただいまアリス」
アリスは一旦離れて笠?を縦にふる。すると横にいたキョンに気がついたようでおじぎをするように
笠を下げた。同じようにキョンも軽く頭を下げる。それからお互いに何も言わずじっと見つめている。これは私が紹介するしかないらしい。
「キョンさんこの子は、アルキダケ?のアリス。アリス、この人はキョン」
アリスは、ピョコンと笠を揺らした。
「初めまして…」
それからまた二人?とも黙りだす。キョンが誰かに似てるって思ったけど…アリスだよ。どっちもあまり話さない?うえにちょこっとした動作で伝えてくる。
「レグ」
「なんですか」
突然キョンに呼ばれてそちらを向くと額に何か貼り付けられた。見るとなんかお札ぽい。
「その札…お礼。じゃ」
そういうとギルドの奥に行ってしまった。それにしてもこれなんの札なんだ?それよりこの額に札ってキョンシーじゃないか。
「ひぃぃぃぃっ!レグおめぇなんで呪いの札貼られてんだよ」
アリコンのスーラブが、悲鳴のような声をあげてこちらを見る。
「えっ、呪い?食事奢ったお礼にこれ貼られたんだけど」
「それつけると変な格好でジャンプしか出来なくなるんだよ!俺もそれやられて半日ずっとジャンプするはめに……」
「えぇ!嘘!?」
それってリアルキョンシーじゃん!本物と違って私はいきているけどさー。
「取って!」
「嫌だ!ぜってぇ呪われる!!」
「大丈夫!この札が取れなくて大変な目にあったら私があんたを呪ってやるから」
「えっ、まじで!冗談だろ…?」
「冗談でそんなこと言うもんか。“人を呪わば穴二つ”なんて言葉があるんだ。それ相応の覚悟位する」
言葉の力は、とても強いと私は思っている。声として発せば絆を創り、溜め込めば恨みになり、文字とすれば伝播する。相手に与えたつもりが自分に返ってくるのだから慎重にもなる。
「うぅっ、わかったよ!はがしゃいいんだろ!!」
ということでスーラブがべりっと札をはがした。その途端に札が燃えてスーラブがの手がちょっと焼けた。近くにいた魔法使いらしき人物が水の球を出してそこに手を突っ込ませる。
「いやー、助かったわ。手は、商売道具だってのにひでーよなー」
「そうかそれはよかった」
そういうと魔法使いは、にこにことした顔を崩さず手をスーラブに差し出す。スーラブは、差し出された手がなんのためにだされたのか理解できず首を傾げる。
「初級のウォーターボールの大を一回使用で50ベッドになります」
「えっ!?金とんの!」
そのまま二人は、ギャーギャー騒ぎ出した。どうしようかとみていると肩を叩かれたのでふりむくとローザさんがいる。あいかわらず美女オーラと色気が駄々もれである。
「あの様子じゃしばらくかかるから食堂にいきましょう。早めにいかないと席がなくなってしまうわよ」
「そうですね。そうします」
他の人も同じようでやれやれといった感じで食堂か自宅に戻る人たちがほとんどだ。疲れたことだしとっとと夕食を食べて寝ようと私は、食堂に向かうのだった。
スーラブ?置いてけぼりだよ。誰もいなくなった自由閲覧室で一人吠えていたとかいなかったとか。