4.アリコン
はて、部屋に戻ったのはいいが困った。
「自分の体なのに見るのが非常に見るのが非常に恥ずかしいのだが…」
風呂に入ろうと思ったがふと今の自分の体について思い出してしまった。男の裸くらいなら水泳の授業で見ていたし、そもそもうちの爺さんは年頃の孫がいるのに大事なところだけ隠して風呂上りにウロウロするような人物だった。だが今の私には、隠されたものがついている。意識が覚醒してから緊張続きだったのか不思議と尿意を感じなかったからみていない。そもそもジロジロみたらおかしいはずだ。
「あきらめるしかあるまい」
鏡の中の私が溜め息をつきながら言う。部屋には鏡がありやっと自分がどんな顔と見た目をしているのかわかった。髪は黒でいわゆるウルフヘアになっていて、目は温かみのあるオレンジで吊りあがり気味のネコ目。自分の顔だが非常にこのみに近い感じでこれは自分なので非常に残念だ。
足元になにかが当たる感触がする。見るとキノコが足にぶつかってきている。
「どうした?」
キノコをみるがとくにアクションを起こさないので何を言いたいのかさっぱりわからない。
「なにか言いたいことがあるなら風呂のあとに聞くからあとからでもいいか?」
そういってみるがうなずく様子がない。もしかして反抗期というものだろうか。キノコにそんなものあるのかとツッコミたいが他に話を聞いてくれそうな人物はいない。
「お前が新人のギルド員か?」
脱衣所に入ると黄色い髪を針のように立てた髪型のおっさんがいた。大体30代前半といったところだろうか。どうにもチンピラのような雰囲気をかもしだしてめんどくさそうな人物である。もしかしてこれからいわゆるイジメやかわいがりといったようなものを受けさせるつもりなのだろうか。
「今日入会しましたレグと申します。よろしく右も左もわからない新人ですがお願いします。先輩」
15度くらいの礼を男にした。たしかあいさつはこれくらいだったはずだ。
「おっ、おう…。ご丁寧にどうも。……って違う!俺が言いたいのは、新人だからってスーちゃんにベタベタするなってことだ!!」
「ベタベタ…?身に覚えがないのですが」
「スーちゃんは、やっさすぃーから何も言わなかっただろうが。案内人ってのは、忙しいんだ。だから知らないことがあったら俺に聞け!」
ドーンというエフェクトが見える態度で男がいう。スーさんに近寄って欲しくない故からの発言だろうがこの程度なら困らない。俺に聞けというのだからどんどん聞けばよし。
「あぁ、はい。わかりました」
「そうだよな。あんな素直でかわいくて思わず守りたくなるような子といられる理由なくなるのは……っえ?いいの??」
この男は、とてもわかりやすい性格の人物のようだ。ただ思うのだがスーさんって見た目が中学生くらいだけどこのおっさん歳違いすぎるよな。いわゆるロリコン?いやアリコンのほうか?
「スーさんでなくては駄目だという理由はありませんから。そういえば先輩の名前はなんというんですか」
「俺の名前は、スーラブだ。スーちゃんファンクラブの会長でもある。ってなんだその目は!?なんかスゲー嫌な感じがするんだが」
「気のせいですよ」
案の定アリコンだった。しかもファンクラブ会長ってことは会員がいるってことだよな。どんな団体か予想がつかないが過激派でないことを切に祈る。
「先輩は、もう風呂に入ったんですか。入っていないなら背中くらい流しますよ」
「おっ、そうか。これから入るつもりだったんだ。頼むか」
味方は増やすべきだ。縦横無尽に、際限なく、限りなく。そのためには、まずは、近づいてきた人たちに”いい人”で”使える奴”と思わせるに限る。
ただ…自分の体見るのもイロイロやばかったのにハードルあげちゃったなぁ。背中だけなら大丈夫か?
「おい、ちんたらしてると冷えるぞ。おら、入れ入れ」
「あっ、はい」
ぱっ、ぱっと服を脱いで脱衣所の籠に入れた。貴重品は、部屋に置いて来ているし部屋の鍵は一番下に入れたから大丈夫だろう。
「お前…キノコも一緒に風呂にいれるつもりか?」
浴室に堂々とキノコが入って来たのを見てスーラブがいった。私自身も驚いたが入ってきてしまったし、特に悪さをする様子がないなら好きにさせようと思っていたのでほっておいた。
「だめですか?」
「だめですか?って問題ないならいいけどよ。俺スープの具になった気がしてくるわ…」
スープの具かもともとの体だとさぞおいしい脂身がついていたからビーフシチューにされそうだ。この体だと筋がおおそうだからいわゆる手羽先扱いだろうか。ここまでくると注文の多い料理店思い出すな。
「まぁまぁ、とりあえずそっち向いてもらっていいですか。背中洗いたいので」
「頼むな!」
スーラブは、俺に背中を向ける。そして俺は、言葉にこそだしていないが驚いた。生々しいものこそないが大小たくさんの傷が背中にあり、それが鋭いもので切ったものであることだけがわかった。特に大きいものは、傷と肌がひきつり痛そうな感じだ。
「ふっ、驚いたか。俺、これでもアーマーなんでな。体張って仲間守ってたらそうなったんだよ。傷の数は男の勲章ってところかな」
「そんな勲章、私はいらないですけど。とにかく先輩ががんばったことだけはわかりました。とりあえず痛くないように背中流してあげますよ」
「おいおい、背中流すだけなのに痛いもなにも…ってイテテ、おい、強くこすりすぎだ!」
「すみません」
力加減が難しいな。元の体の時の力の出し方をするとこの体では強いらしい。もともと、少ない力で最大限の力をだすための動きをしていたのだから仕方ないのかもしれない。
そういえば先輩の体を洗っていて気がついたんだが私の手首には、元の体と同じように傷があった。むかしとまでいわないが自分のうっかりのせいで手首が切れてしまったのだ。あと少し傷が深ければ大動脈を傷つけて出血死していたかもしれないと医者に言われたときはガタガタ震えたものだ。だが元の体と同じように傷があるなんておかしな話だ。
「終わりました」
「おう、じゃあ次は俺が洗ってやるよ」
「いえ、間に合ってます。大丈夫です」
「遠慮すんなって!」
無理やり肩を掴まれ後ろを向かせられるとタオルをこすりつける。
「うぎゃ!」
「なんだお前背中弱いのか!ハハハッ、よっしゃ、こうなったら俺様じきじきに丁寧に洗ってやるよ。スカした顔してるからちょっとイラついてたんだよ」
「やめてください!スーさんの前でホモ先輩っていいますよ!?」
「それだけはやめてくれ!あの無垢な目が蔑みの表情になったら…いいかもしれない」
駄目だこの人!うっとりした顔で考えてるし。行っちゃイケナイところに到達しつつあるよ!
「アルキダケどうすればいいと思う」
なんのアクションもないな。聞こえてないのか?それとも呼び方に不満があるのか。
「キノコ?」
そう呼ぶとくるっと回った。いわゆるそっぽを向いたということだろうか?
「呼び方が気に入らないのか」
私がそういうとまたくるっと回ってからうなずくように縦に傘を振った。たしかにいわれてみれば私だって人間とか、哺乳類とかなんて呼ばれたらいやだよな。それと同じ感覚なのだろう。
「なんだ、キノコに名前つけてやるのか?俺ならモノガってつけるな」
「モノガ?」
「おう、ここらへんで人気の定食屋の人気スープの名前でな。それに入ってるキノコがうまっ…ぎゃ!」
キノコがスーラブに見事な飛び膝蹴りを喰らわせていた。おかげでスーラブは、風呂場の壁に激突し目を回している。これに関しては自業自得だ。
「どんな名前にするか…。四文字以下がいいな。呼びやすいし」
そういえば不思議の国のアリスの挿絵にこういうキノコがいた気がする。いっそのことアリスって名前にするか。かわいいし。
「お前の名前はアリスにしよう」
私がそういうとアルキダケもといアリスは、ぴょんぴょん飛び跳ねた。これは気に入ったと見て間違いないだろう。
「じゃあ、アリス。まずは、スーラブに謝ってきなさい。相手に悪いところがあってもああいうことは、簡単にしちゃだめだよ」
アリスは頷くととてとてとスーラブへと歩きだし頭を下げた。その間に私は、体を洗い終えて急いで風呂に入る。あの押し問答のせいですっかり冷えてしまったのだ。
「偉い偉い、アリスもはいる?」
アリスは横に振ると脱衣所へ歩いてでていったのだった。その途中でスーラブを蹴りつけたような気がするのは錯覚だろう。
「いい湯だな~」
風呂に入る前までは、悶々としていた問題もたいしたことなかったので気分が軽い。温まってから脱衣所からでると籠の前にちょこんと座るアルキダケの姿があった。たいしたものはないがどうやら荷物番をしていてくれたらしい。
「アリスありがとう、部屋に戻ろうか」
それから部屋に戻るとベットに入って最初の一日が終了したのだった。




