24.同郷
「レグさん、半年以上過ぎましたがここには慣れましたか」
いつものようにギルドホールにある本を借りにいくとセクトさんがいた。また何日か寝ていないのか綺麗な顔には、黒い隈が鎮座している。ワーカホリックの二つ名は、伊達ではないようだ。
「はい、戸惑うことも多いですが自分に害がないと判れば特に心配しなくとも大丈夫ですから」
でもあんまりうかうかしてるとひどい目に合うんだよね。この前のアレは、物理的には問題なかったけど精神的にヤバかった。嫌いなのよアレ。
「ふふっ、そうですか。私としては1週間持てばいいほうだと思っていましたから意外です。人付き合い得意じゃないでしょう?」
「そうですね。あまり色々な人と仲良くするタイプじゃありませんから」
「でも懐に入れた人物に対してはそうとう甘いんじゃない?アリスちゃんとか見てると」
甘いか?と首を傾げてアリスを見るが手を出された。読みたいと持ってきた絵本を渡せという意味だろうと絵本を渡す。それにしても絵本のタイトル「見習いマフィアエインセル"初めての銃"」って誰が書いたんだ?
「わざわざキノコのぶんまで借りないわ」
「本好きを増やすためです。キノコだろうがオーガだろうが本が読みたいなら読める機会を作りたいです」
「そんな本好きのレグ君にお使い。ダージリンに行って返却期限過ぎた本を回収してきてくれないかしら。コレなんだけど」
渡された紙にはびっしりと本のタイトルが載っていてゲンナリしたが、借りた人物は6人だったので回収しやすそうだ。しかも借りた人物の中に会いたい人物がいたのでちょうどいい。
「大丈夫かしら」
「私の用事とも被るので都合がいいくらいです。さっそく行きますね」
ふふっ、本の返却期限内に返さない奴には天罰を!高校時代"図書館の主(自称)"だった私から逃げられると思うなよ。
「お忙しいところ申し訳ありません。キームンギルドのレグと申します。キームンギルドの本の回収に参りました」
ダージリンの門番にそういうとブラスターが出てきた。ザ・執事という感じなので自然と私の背中がスッと伸びる。
「本日は、お忙しいところお越しいただいて申し訳ありません。しかし、困りましたね。本を借りた人物は、今日は非番でギルドホームのどこにいらっしゃるかわからないのでございますよ」
「許可をいただけるなら自分で探します」
「それで良いのなら結構です。レグ様は、無作法なことをなさるようには見えませんので大丈夫でしょう」
無作法って何を指して言っているんだ?もしかして鍵のかかった部屋をこじ開けたり、護衛を倒したり、物を盗むとかかな。私は、やらないけどキームンのギルドメンバーならやりかねない。夢中になると常識が消え去るからな。
「その…無作法な真似はしません。それでは失礼致します」
「あぁ、コレを胸元につけてください。咎める人がでてこなくなります」
バッチらしきものを受け取り胸につけて今度こそ探す。だが思いの外簡単に見つけた。中には返却を渋る輩がいたが実力行使した。返さないのが悪い。
「チアキさん」
「レグさんどうしたの」
最後の一人は、チアキだ。用件をいうと借りていた本を渡してくれた。チアキは、本を渡すとすぐさま去ろうとしたが慌てて引き留め渡す。
「ハンカチ…?」
「この前のお礼です。白のレースのハンカチならゴテゴテしていないので好き嫌いが無くていいかと思いまして。嫌でしたか」
「その…ずいぶん可愛らしいものを貰ったなと」
チアキは、真っ赤になってハンカチを見ていて可愛い。
「花が特徴的だな。まるで手みたいだ」
「それは秋みられる紅葉っていう綺麗な赤い葉っぱです。チアキさんの名前から思いついたので見つけて買って来ました。」
私がそういうとハンカチを持っていた手がピクリと動く。何か気にさわることを言ったのかと内心焦った。だが驚くべきことは、このあとでチアキは私の胸ぐらを掴みメンチを切ってきたのだ。
「お前、アッチの人間だろ!ここにチアキで千秋を連想する種族はいない」
「アレいないっけ?」
そういえば中国に近い文化と言語がある人がいたけど日本ってないかも。そもそもチアキさんも私と同じ?
「ログアウトする方法を教えろ!」
「ログアウト…?」
チアキが、綺麗な顔を歪めながら睨んだ。そんな顔をされても、なぜログアウトさせろというのかわからない。そもそもここは、異世界じゃないのか?
「しらばっくれるな。あいつらの手下だろう。ここも悪くない。が、やっぱりあっちがいい」
「何を言っているのかさっぱりわかりません。ここは、異世界じゃないんですか」
「異世界?違うな。状況的にそう思わせられたんだ。ここは、世界で初めてつくられたVRの世界だ」
「まさか!VRが完成したなんて聞いたことがない。直接センサを埋め込まないと脳波がノイズだらけでまだまだ実用化できるような段階じゃなかったはず」
専攻分野じゃないが、それに近い内容の研究を行っている研究室があったので文献も読んでいる。もしもそんな画期的なものが出来たのなら一躍有名になるだろう。
「俺は、VRの実験を手伝ったら金くれるって聞いたからやったんだ。ログアウトって言ったら出れるって聞いてたのに出れなかった…!」
「そんなSFっていうかファンタジーのような内容あるはずが…」
「実際俺はここにいる。それにおかしいと思わないのか?話すにも書くにも日本語が使える。それと俺だけかも知れないが1年前のことなのに記憶が全然薄れない」
言われてみれば1カ月前の夕飯を思いだせるし。500ページある本の内容も一字一句覚えていた。記憶力が以上に良い。
「でもここがデジタルの世界の証拠が…」
「そんなこと言ってる場合か!?お前は、戻りたくないのかよ」
「戻りたいよ。でも私はここに来る直前の記憶がない。もしかしたら…」
ここにいる私は、意思ではなく数値化されたデータかもしれない。一緒に出て行こうとしたら絵に閉じこめられた少女のように出られないかも。
「泣かせたいわけじゃないんだ。泣くな」
「泣いてない。それでどうするの。私はログアウトする方法なんて知らないよ」
「だよなぁ。振り出しに戻ったじゃねぇか」
お互い溜め息を吐くとなんだか笑えてきた。不安というかどうしようもないのがお互いさまだろうからか。
「お互い情報を集めるべきだよね」
「そうだな。一週間後に"猫の椅子"っていう店で落ち合わないか。個室があって料理も安くてうまい」
安くてうまいなんていい響きだ。ビンボー学生に優しい。
「了解。これからよろしくチアキさん」
「チアキでいい。俺もレグって呼ぶ」
「わかった。一週間後な」
次に会う約束を交わしてギルドに戻ろうとすると頭が割れるような鐘の音が外から聞こえてきた。
「「カオスカーニバルだ!」」




