1.Do you love a mushroom?
気がついたら見知らぬ場所の人ごみの中にいた。洋風な建物が建ち並び見たこともない様々な見た目の人物が“私”の横を怪訝な目をして通り過ぎる。
「ここどこ?」
声に出すといつもより声が低い。まるで男のような低さだと思いつつ状況を整理しようと自分を見る。白いシャツに茶色のベストと黒いズボンを着ているようだがあるべきはずのものがない。まさかと思いつつ喉を触るといままでなかった凸がある。
「まじか・・・」
“女”だったはずの諏佐瑞季(私)が“男”になっている。胸がなく、喉仏があった。もしかしたら下にもなかったものがあるのだろうが今確認するわけにはいかない。そんなことすれば確実に変な人認定をされる。
男になっていることも衝撃的だが、ここがどこなのかわからないというのも問題だ。目線をあげて周りの建物をみると信じられないものがある。
「ベッドフォード城!?」
けっこう前から遊んでいるRPGの城に非常にそっくりであった。ドット絵ではなく美しいグラフィックで見ていたので間違いではない。念のため道行くおじさんに城の名前を聞いた。
「ベッドフォード国であれだけ美しくて立派な城は、ベッドフォード王城しかないだろう。そんなこともわからないなんて兄ちゃんずいぶん田舎から来たんだな」
「あははっ、そうなんですよ」
リアルも田舎だったので否定はしない。頑張れよというと道をおじさんはまた人ごみの中に消えていく。それにしてもこれからどうするべきだろうか。ひとまずこれがゲームと同じ世界ならギルドがあるはずなのでそれを探しに行くとする。などと思ったがギルドってどこにあるのだろうか?
歩けばそのうち着くだろうととりあえず歩いてみた。しかし、重大なことを忘れていた。このゲームは、西洋の中期風なゲームで看板に文字ではなく絵が描かれている。たしか昔は、識字率が少ないためだったと思う。そして最初に戻るが私は、ギルドの看板を知らない。剣と弓は武器屋、盾と腕は防具屋、槍と兜が兵の詰所、ペンと横顔が役所などなどギルドがどこにあるのかさっぱりだ。これは、誰かに聞かなくては駄目だといまさら思う。でも結構小心者だから知らない誰かに道を聞くのにも勇気が必要だ。さっきのおじさんに聞けたのは城をじっと見ていたら“初めてかい”と声をかけてくれたからにすぎない。
とりあえずなけなしの勇気をフルに使って道を聞くんだ。一日は24時間?しかないのだからあっという間に夜が来る。とりあえず親切そうな人に聞こうそんでもって美人でなければなおよし。美人さんに声をかけて彼氏なり旦那が近くにいたら怒られそうだしな。それか、田舎ものから金をふんだくるような詐欺師の可能性もありうる。被害妄想が多すぎかもしれないが可能性をなるべくあげて回避するというのは間違っていないと思う。
「よし!」
「なにがよしなの、おにーサン?」
「うわぁ!?」
いつのまにか黒髪に濃い紫色の瞳の少女が、不思議そうに私を見ていた。可愛らしい顔立ちだが、無表情でなにを考えているのかわからない感じだ。そしてその雰囲気にあったゴシック風の紫と黒のワンピースに目がボタンの人形を持っている。なんというかすごく好きな感じの子だ。もとの体ならばかわいいといって悶えるくらいに可愛らしい。今したらたぶん変態か変人に見えるだろうことは確定である。
「困ってることあるの?」
こてっと、小さな可愛らしい顔を傾ける。いま自分は、どんな顔をしているのだろうか。願わくはにやけていないといいと思う。
「困ったことがあるなら紫色のおはなの看板にいけばいい…よ?」
「紫の花?」
「うん、じゃあ。ばいばい」
人形を左手に抱えると右手で小さく手を振った。ついついつられて私も手を振る。
「親切に教えてくれたのかな?」
紫の花の看板がなんなのかは、わからないが行ってみるしかあるまい。それにあの不思議な雰囲気は、とある友人を思い出すので悪い人物ではないと思う。とりあえず言われた通りに紫の花の看板を探しに行くのだった。
「図書館?」
見つけた紫の看板の場所についた。外から窓越しに見ると中には、たくさんの本が並んでいる。本というものは知識の塊である。たしかになにか悩み事があるなら悩み事にあった本から答えを得ればいいだろう。それとこの世界の文字は、日本語であっているようなので地図の本をもしくは紋章などの本を探せばいいだろう。
「それにしても…」
なぜか思うのだがさっきからこの図書館に入っていく人物たちが重装備すぎるのではないかということだ。太刀や大剣、槍、弓、銃などの物騒なものを必ず持っている。それと雰囲気が文系ではなく体育会系それも格闘系の雰囲気の人が結構出入りしていた。気迫のせいで鳥肌が立って思わず警戒心がむき出しになりかける。
「ともかく入ってみよう」
それなりに出入りがあるようだし変なところではないだろう。それにあの大量の本には非常に惹かれる。どんなことが書かれているのだろうか?
警戒心が本を求める心に負け、ふらふらと両開きの扉に手をかけ開けた。
「うわぁ…っ、ぐぇ!」
開けた途端に壁いっぱいの本に感嘆の声が上がるが、突然前から飛んできた何かに腹を殴打され倒れる。そのときなさけないがトラックに踏みつぶされた蛙のような声をあげてしまった。背中の痛みに眉を寄せつつ腹の上にある何かをみると、50センチくらいの大きさの足の生えたキノコだった。
「ふむ、あの薬品をかけると大きくなるのか。非常に興味深い結果だね」
ちょっと偉そうな口調の声が上から降ってくる。見ると青紫色の髪にモノクル(片方だけの眼鏡)をした高校生くらいの男がこちらを見ていた。いや、私ではなく腹の上にある足のあるキノコにのようだ。キノコは、私のうえから降りるつもりがないのか腹のうえをぐるぐる回っている。
「このキノコがあんたのせいなら、私になにか言わなくてはいけないと思うんだが」
こちらの心配もしない理不尽な態度についつい初めての相手に威嚇するような低い声で言ってしまう。するとさも今気がついたとばかりに目線が私と合った。ちょっとばかり目を見開くと何を納得したのかフムという。
「すまないね、実験に夢中になると周りが見えなくなる。研究者の性だからしかたないと受け入れてほしい」
「そうか研究者ならしかたない…なんていうと思うか!私は、このキノコをどうすればいいんだ。捕まえるのか、焼くのか、擦るのか、潰すのか、溺死?させるのか、放置すればいいのか。研究者と名乗るならはっきりどうするのか言え!」
「ふむ、なら君がもっていていい。なんだか懐いているようだし」
なんだそれは?と思いキノコをみたら傘の部分を胸元にすりすりしていた。まるで動物が甘えるようなしぐさである。
「キノコに好かれる男か。興味深いね」
「キノコに好かれても困る。そもそも私は、調べたいことがあるからここに来たんだ」
「調べたいこと?うちのギルドにクエストの依頼をしに来たのかい」
「うちのギルド?ここギルドなのか」
壁一面にある本棚とそれぞれがくつろいでいる雰囲気からてっきり図書館だと思っていた。なるほどギルドならばあの重装備の連中が入っていったのも頷ける。そもそも目的地を探すために入ったのにここが目的地とは驚いた。
「そう、ここはギルド“キームン”。知識と刺激を求めるものが集まるギルドさ。ところで君は、ギルドになにしに来たんだい?」
知りたいことはたくさんある。なぜ自分が男になっているのか、この世界がどうなっているのか、ゲームと同じ世界ならモンスターはどうなっているのか。だがまず一番の問題は…
「ギルドに入りにきました」
無一文でかつ武器がないことだろう。最たるものは目下資金である。
「…そう、ギルド加入希望者なんだね。ならついて来るといい」
男は、私に背を向けて奥へ行った。キノコをどうしようかと思ったが何かを察したのか腹から飛び降り道案内をするように先を歩いていく。見失うと困るので男の後を早歩きでついて行った。途中なぜか異様に見られているような気がしたがたぶん気のせいだと頭から掃う。そして格式高そうな観音開きの扉につくと紫色の髪の男は、ノックもせず堂々と開いた。
「ちょっと待て!この部屋偉い人の部屋じゃないのか!?ノックもせずに開けていいのか!」
私が焦ってそういうとなにを言っているんだという顔をされた。まさかと思い息が詰まると予想外の内容と声が聞こえる。
「あっ、マスタ~。と、さっきのおにーサン」
「スー知り合いかい?」
ここを紹介した少女が一人用のソファーで座っていった。そもそも少女は、紫の髪の男にマスターと言わなかったか。もしかしてこの男がギルドマスター!?
「うん、何かこまってたみたいだからうちのギルドに行けばいいよっていったの。悩み事なくなった?おにーサン」
「うん、まぁ。なくなりました。ありがとう」
「…どういたしましてなの」
にこっと、微笑んだ顔がたいへん可愛らしい。写真か絵を描きたい。永久保存版ものだ。
「ギルド加入をしたかったんじゃないのかい」
「ギルドの場所がわからなかったんです」
「なるほど」
納得した様子をみせると足を組んで椅子に座った。椅子の前には、立派な机があるが実験器具らしきガラス管と液体そして正体不明の物体が存在感をぶち壊している。
「あと、質問をいいですか」
「僕の少ない知識が欲しいならそれなりの対価が必要だよ」
「ギルドマスターなのかっていう質問にも対価が必要なのか?」
「僕がギルドマスターだっていってなかったかい」
「聞いてないですね。誰かに尋ねる前にこのキノコに追突されましたから」
足元で足にすりすりしていたキノコに視線をやった。キノコは、私の視線に気がついたらしくなぜか身を捩る。これは、照れているのだろうか?
「そうかい。それにしてもアルキダケがずいぶん感情豊かになってるようだね」
「…かわいいの」
最後の少女の呟きとキラキラ視線が向けられたがこのキノコかわいいか?あきらかに毒キノコという赤地に白水玉のキノコで色と柄だけはポップだ。
「とりあえず自己紹介をするとしようか。僕は、キームンのギルドマスターのウーナン」
「スーは、案内人のスーチョンです。みんなスーって呼んでるからスーでいい…よ?」
ウーナンとスーチョンか。どっちも聞いた覚えがあるけどなんだったかな?それより私はなんて名乗ればいいだろうか。諏佐瑞季(本名)で名乗ることは無理だし。ゲームのときの名前がいいだろう。
「レグです」
「うん、レグくんか。ところで君は、キノコが好きかい?」
「好きですよ」
毒キノコは、ごめんだが基本キノコは好きである。マッシュルームはシチューに、舞茸はご飯に、シイタケはお吸い物や煮物にして食べるとおいしい。
「ふむ、ならギルドに入っていいよ」
「ありがとうございます…っていいのかそんな理由で!?」
「キノコは切っても切り離せないから重要なの。それにキノコくらいで驚いちゃだめ」
どういう意味だろうと考えているとギルドマスターが机から二枚の紙を取り出した。何なのか見たら一枚は、証書でもう一枚は登録証の紙だ。
証書には、国からの依頼があった場合必ず受けることという内容が書いてあった。これを拒否するとギルドの会員資格がなくなるらしい。ひとまずどちらの書類にも署名をした。登録証に現住所と書かれた箇所を発見したとき焦ったがないならいいとスーさんが言った。どうやら固定の住所がない人物が多いらしい。その理由を聞くと田舎からでてきたが金がなく宿屋にいるものや、住む場所があったが問題を起こして追い出されたなどいろいろあるそうだ。後者については、なにをしてしまったのか非常に気になる。
「現住所がないってことは、宿で暮らしているのかい?」
ギルドマスターの言葉になんと答えるべきかちょっと困る。まさかいつのまにか町の中に立っていたなど言えない。でも嘘は、苦手だからあまりつきたくない。
「…今日ついたばかりなんですけど金がつきてしまって宿にも泊まれないんです」
仕方なく嘘とほんとを混ぜていってみた。まったくの嘘ではないから気持ちの乱れも少なく顔の表情も保てている。
「ふーん、荷物はどうしたの。ずいぶん軽装のようだけど」
「ちょっと目を離したすきに盗られました」
「無防備すぎじゃないかい?しかたないね。しばらくこのギルドに泊まるといい。本当ならお金をとるんだけどないから代りに掃除をしてもらうよ」
「それでいいなら喜んでします」
こんな立派な建物なら雨と風の心配など無用であろう。それだけでも非常に助かる。
「それじゃあ今からしてもらおうか一階の読書スペースの掃除をしてくれ。道具は…」
「これなの」
ギルドマスターが首を回して探すがすでにスーさんの手元に箒と塵取り、雑巾やバケツなどの道具を持っていた。
「ありがとうございます。できれば雑巾をもう一枚いただきたいんですけど」
「雑巾一枚じゃたりない?」
「一枚は水拭きにもう一枚は、乾拭きにしたいので合計二枚ほしいんです。本棚が濡れたままだと本に悪いでしょう?」
「なるほど、わかったの。じゃあ、もう一枚」
どこからか雑巾が一枚出てくる。どこに持っていたのだろうか?
「お水の場所を教えるからついてきてほしいの」
そういってスーさんは、部屋からでていく。私は、ギルドマスターに会釈してからスーさんのあとについて行った。
「ふふふっ、彼はなにに化けるかな。ねぇ?」
ギルドマスターが机の鉢の茶色のキノコにいう。するとその言葉に反応するようにキノコはゆっくりと茶色から鮮やかな黄色へと色を変えていくのだった。