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ただの雑談



 彼女の右目はいつも濡れている。

 それは、彼女がぎゅっと目をつぶれば雫が零れてしまうほどのもので、だから彼女は泣き虫というと少し違うのだが、すぐ泣くと言われても否定できない。別に嘘泣きでも、本当に悲しいわけでもなく、生理現象として彼女はすぐ泣く人だ。

 それがどうしてなのかはボクも知らないけれど。

「不自由じゃない?」

「とても鬱陶しいよ」

 そう言って笑う彼女の右目はやっぱりうるんでいる。悲しみが常に彼女の右目に腰を落ち着けているのかもしれない。だとすれば、それはきっと、煩わしい事だろう。

「すぐに泣いてしまっては涙の価値も薄れるのにね。涙は女の武器とは言うけれど」

 彼女は美人だ。だから、彼女が涙を零せば男は簡単に釣れる。まあ、彼女が男を釣る為に態と泣く事なんてないんだけど。だって、彼女はそんな手段に頼らなくたって不自由していないし、そもそも男を必要としていない。孤高、とでも言おうか。そんな強さを彼女は持っている。

「鬼に金棒だね」

「その例えは此処で使うものじゃないと思うけど」

 彼女は少し呆れた顔をする。ボクはそれに苦笑いを返す。類義語が浮かばなかったから、は言い訳になるのだろうか。

「私より、君の方こそどうなの?」

「ボクも変わらないよ」

 ボクは停滞している。自らの停滞を肯定している。不変という停滞を受け入れている。それは、他人から見れば不健康な事なのかもしれないけれど、ボク自身は割と満たされているので特に不満はない。幸せに生きるコツは適当に満足する事だと思う。

「いつも通り?」

「いつも通り。ルーチンワークも悪くないと思うよ。頭を働かせるにこした事はないけど」

「そう」

 彼女は穏やかに目を細める。

 彼女は特別だと思う。彼女には穏やかな青がよく似合う。鮮烈な赤でも、陽気な黄色でも、セクシーな紫でも、素朴な緑色でも、冷たい白でも、重い黒でも、温かな橙色でも、寂しい灰色でも、地味な茶色でもなく、穏やかな青が。

 きっと、だから彼女の右目に悲しみが住み着いているのだ。

「また何か、変な電波でも拾ったの?」

 彼女の手がボクの頬に触れる。ぐっと近づいた彼女の瞳に涙を流すボクが映っている。

「うん、何か受信したのかも」

 彼女は慣れた手つきでハンカチにボクの涙を吸わせる。ボクはただじっと彼女を見返す。

 涙が流れるなら、流れるままにしておいた方が良い。無理に止めようとしたって余計に溢れるだけだし止まらない。涙が流れるのにはそれ相応の理由がある筈なのだ。ボク自身に何ら覚えがなくても。

「君は本当に自分の事に無頓着ね」

「だって、興味ないんだもの」

「自分の事なのに?」

「自分の事でも」

 呆れたように彼女は笑う。ボクは不満で口を尖らせ、アイスコーヒーに手を伸ばす。

「君の涙は価値を保ってるの?」

「君の涙の方が価値が高いんじゃない」

 アイスコーヒーの氷は溶けかけていて少し薄まってる様な気がした。彼女はメロンソーダに浮かんだアイスをつついて言う。

「暴落の一方、って事?」

「美人の涙は初期設定の価値も高そうだけど」

「泣くとブスになる人もいるけど」

「君は泣いても美人じゃない」

 ボクの返事に、彼女は呆気に取られた様な顔をする。

「君、生まれる性別間違えてない?」

「何処からそう判断したのかさっぱりだけど」

 しかし、今日も平和だ。





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