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孝行息子

作者: ザッキー

父と子とサッカーのごく短いお話です。

 真木イズミはきっと幸福の星のもとに生まれたにちがいない、と彼の両親は信じていた。母親と肉体をまだひとつにしていた頃からその魂を愛されてきたイズミは、ただひとつの自分の身と名前を手に入れた夜、マイの柔らかな腕に抱かれながら、より大きな愛を将来に約束された。イズミは何も知らずまどろんでいた。母と父は、自分たちにすべてをさらけだしている、小さく弱いこの生き物にキスをし、愛撫をし、それが彼らも抱えきれないような巨大な感情の受け皿としてふさわしく育ってくれることを、今や遅しと待ちこがれた。

 そして時がたちイズミが言葉を覚えると、さっそくマイは絵本を読みきかせた。美しい話があり、善い話があり、甘い話があった。なかでもマイが気に入っていたのは、幼い頃、彼女自身母から読んでもらった一冊だった。淡い色とおぼつかない線で描かれた少女の絵の表紙は、彼女の記憶ほど美しくなかったが、彼女は想像的な努力によって失われた美をおぎない、愛する我が子の前でカビ臭いページをめくりながら、浮かれた声で語り聞かせた。それは善良な少女が、善良であることと少女であることによって誰からも好かれ、そのため彼女の善良さを感じていた多くの人々の手によって、猛り狂う牛からすくわれることが強いて言えば山場の、血も肉も踊らない、あわれなほどつまらない物語だった。しかし、マイは何度もこの物語を読んだ。イズミはそんなことは一度もたのまなかった。マイはむしろ、イズミ自身が希望した本よりも、その古い一冊をくり返し読み、話の内容というよりはそれを語る自分の声のために、あるいは自分もまだ幼く母も若かった遠い過去の甘美さのために感激し、あるときなど涙さえ流したのだった。

 突然の大人の涙に子どもは表情をかためた。おどろき、とまどい、泣く理由をたずね、なぐさめの言葉をかけようとするイズミに、無垢な魂の美しさを見たマイは、本能的なやさしい気持ちに胸をいっぱいにして思うがままキスをした。「お母さんはいつもいっしょにいてあげるわ」と彼女は言った。


 父であるタツオにとって妻と子がむつまじげにしているこの場面ほど心癒される時間はなかった。彼は疲れていたのだ。運命は彼がどこまで耐えられるか試していた。朝、タツオは誰よりもはやく目を覚まし、ひとりで手早く朝食をすませると家を出ていく。職場から遠くはなれた土地に住まざるをえなかった彼は、同類者たちがひしめく電車にのり、彼らの吐いた息を吸い、自分のそれを彼らに吸わせ、寄りかかられ寄りかかり、手足の自由に困難しながら長い時間をかけて街へはこばれてゆく。そして、そこで汗をかき、身を削るのだった。

 スーツ姿の同類者たちのあらゆる不誠実さにふみにじられ、恫喝に打ちのめされ、我が身の責任に押しつぶされ、くたびれはてて帰宅する彼の努力と忍耐はすべて家族のためだった。これだけ苦労している彼が、苦労ゆえに妻と子から愛されないはずはなかったので、彼のほうでもそのまなざしには温かい感情に満ちていた。

 一日の義務を終えた遅い晩、マイとイズミがソファで絵本を読んでいた。まっすぐで長い髪を左肩のあたりで束ね正面に流しているマイはもうパジャマ姿で、内股ですわり、両手で絵本を持ち、低い猫撫声で話していた。ページを繰る指はキズひとつなく、形のいい爪はきれいに磨かれている。イズミは母親に寄りかかり、絵本をのぞきこんでいる。すでに母親に似てきた顔立ちで、2つの無邪気な瞳には好奇心があった。1日の終わりが近いこの時間、親密な部屋のあかりに照らされた2人の構図は、ひとつの理想的な幸福を表現しているようで、ながめているタツオの心身を癒すのだった。それはこの絵を完成させた画家の喜びでもあった。

 「ねえ」子どもは尋ねた。「そのおうちにはワニはいないの?」

 「うん? ワニはいませんよ」彼の妻はこたえた。

 「なぜ?」

 「なぜって」マイは一瞬黙った「そりゃワニがいるのは水辺だからよ。アキちゃんが飼っているのはウサギさんだけ」

 「ぼく、ワニの出てくる話のほうが好きだなあ」

 「ウサギさんのほうがかわいいわ」母は決めつけた。「それにこのウサギさんはとっても賢くて優しいウサギさんなんだから。アキちゃんが危ないことを、町のみんなに知らせに行ってくれるのよ」

 「アキちゃんもワニを飼ってればよかったのに。ワニなら暴れウシくらいぺろりと食べちゃうのにね」

 「とにかく、アキちゃんはウサギを飼っていたの……」マイは母親の言うべき言葉を探しているようだった。「こんな素敵なウサギさんってないわ。イズミもウサギさんみたいな素敵な男の子になるのよ」

 「アキちゃんって、いい子じゃなかったらみんなから助けてもらえなかったのかな?」

 「そりゃ、そんなことはないわ」言葉に詰まりながら母は答えた。「でもきっと、いい子じゃなかったら、……いい子じゃなかったらみんなアキちゃんのこと好きにならなかったと思うし、好きにならなかったら……みんなそんなに急いで助けにこなかったと思うわ」

 「ふうん」


 小学校に入り手足の伸びはじめたイズミにも少年然とした雰囲気がそなわりはじめると、地域の少年サッカークラブに入れられた。イズミ少年の教育上、スポーツが必要であること、とくにチームプレイであり球技であり醜い坊主頭にならなくて済むようなスポーツが必要であることを、タツオがマイに熱心に教えさとした結果だった。自身かつてサッカー少年だったタツオは確信をもっていた。我が子にとってどこのクラブが最適か、自ら調べる教育パパぶりだった。けれども、彼には別の本心もあるのだった。

 目下、イズミは完全にマイの所有物であるように彼には思えた。真木家の家計を支えていたのは彼であり、日々の糧や家賃は言うまでもなく、マイの爪を磨いたのもイズミのおむつを取りかえたのも彼の稼ぎであった以上、家族の頭のてっぺんからつま先まで、髪の毛一本まで彼が買い与えたようなものだった。したがって、妻と子とが、彼に比類なき感情を向けないはずがない、という信念はもちろん変わらなかったのだが、しかし、どうやら自分が自宅を離れているあいだ、マイとイズミが親密さを増しいっているらしいのに気づかないわけにはいかなかった。それは彼が入っていけない母子の関係だった。

イズミがサッカーをはじめるようになったことは、そういうわけで、それ自体タツオには喜ばしいことだった。高校時代、部活では得点王ということになっていた彼には、息子に教えるべきことが数多くあった。

 日曜のサッカー教室のほかに、土曜日はタツオがイズミを近場の公園につれて行き、中高生のころの記憶をたよりにパスやドリブルを教えた。朝方には彼の基準で言って軽いランニングを行うことをイズミに課した。また教育上の配慮から、身体を動かさない軟弱な遊戯から遠ざけるよう妻に言いつけた。生まれてから一度もサッカーの試合など見たことのない、ボールの使い道さえ知らない息子が、反感と不満をこめた視線を彼に向けるようになるのに、大して時間はかからなかった。父性の愛がそのように受け止められたことにタツオは少しばかり傷つき、次には腹を立てた。

 自分が子どもの頃はどうだったろう、と彼は思った。そして自らの父親だった男の気難しげな表情を思い浮かべ考えるのだった。ネット掲示板では思い通りにいかない育児について愚痴を言っては同類たちから励まされ、テレビ番組に出ている体罰論者の意見に我が意を得たタツオは、確信をもってイズミを引っぱたき、泣き出そうものならほうって帰ることを学んだ。我が子を谷に突き落とす獅子の諺がこの時期の彼の座右の銘だった。

 さいわいなことに、イズミ少年は深い谷から自力で這いあがれるだけの強さと賢さをそなえた子どもだった。少なくともタツオにはそう見えた。しばらくするとイズミは一度も立ち止まったり歩いたりすることなくランニングを終えられるようになり、きっと仲間たちのあいだで技を披露する機会でもあったのだろう、土曜の公園でのタツオによる個人授業にも熱心になった。父親が学生の頃得意だった(そして最近ひそかに練習していた)リフティングをしてみせると、すばやく落ちるボールを、足で、ひざで、胸で、かろやかにひろいあげて一度も地面につけない大道芸を見る子どもの目には尊敬さえこもっていた。タツオの勝利の時だった。

 日曜サッカー教室でのイズミの評判は長いあいだ明るくないものだった。ときおりタツオが迎えに行くと、一生懸命ボールを追いかけているのではなく、棒立ちで退屈そうな顔を遠くに向けている我が子に出会う。買いあたえた靴はきれいなまま。コーチに感想をたずねてみると、イズミ少年の穏やかで優しい性格はとても魅力的であること、サッカーの技術習得には個人差があるが、今の年齢におけるそれなど才能の証拠にはならないこと、サッカーという素晴らしいスポーツを子ども時代からできる少年は幸福であること等々の返事が難しげな声で語られるのだった。コーチの目には、一児の父同士の苦労をわかちあおうとする友情が浮かんでいた。

 だがある時から(タツオの中では、そのある時というのは彼が華麗なリフティングをしてみせた〝あの時″のことになっていたのだが)タツオが見に行くと大きな声で仲間の名前を呼び、身軽に走りまわるイズミの姿があるようになり、コーチの言葉もタツオの子への興味に満ちたものになった。あのひ弱だった我が子を、ユニフォームと靴をしっかり汚して帰ってくる、野蛮人へと育てた、波乱万丈の手柄話を妻に聞かせる彼の声は喜びに満ち、目は輝いていた。まるで彼自身が少年に戻ったみたいだった。

 他所の地域の少年サッカーチームとの試合が決まり、イズミがその“スタメン”に選ばれたことは、誰よりもタツオを狂喜させた。当日の戦略について自分が指揮を取らんばかりにイズミに言って聞かせ、サッカーについてほぼ完璧に無知であるマイにも同じ話をした。彼との愛の結晶であるイズミの一大事に妻が無関心であるはずはないし、家族にとって記念すべき日を映像として記録するのは当然と思われたので10万円以上するカメラを購入した。

 夢にまで見た試合の日、朝一番に起きたタツオは入念に準備運動をし、身支度を整えた。イズミを起こし、前日から咳きこんで熱を出しているマイの代わりに3人分の朝食をつくった。そして寝込んでるマイに容態をたずね、今日という日の価値を言い、説得した。彼は妻の手をひいて、一家そろって試合をするT大学キャンパス内のサッカーコートへ向かった。

 少年サッカークラブの面々とは校門で待ちあわせた。落ち葉をふみしめながら並木道歩いて少年たちはコートに向かった。枯れきった樹木が黒い枝をのばす冬空には雲ひとつなかった。相手チームの連中はすでについていた。上着を脱いで、準備運動をし、赤と黄色のユニフォームのあつまりが対峙した。幼いながら競争心をむき出しにして、お互い値踏みするような視線を交わしあった。

 高らかな笛の音とともに試合がはじまると、用意していたビデオカメラでさっそく息子の勇姿を追いかけた。イズミの出番はなかなかやってこなかった。イズミたちのチームのオフェンシヴハーフであるミツバくんは少年サッカー界でも評判の子どもだった。みんながこの花形選手に注目し、彼にたよった。で、試合はきびしいものになった。評判がある以上警戒される世のならわしにしたがって、相手チームから厳しいマークを受けミツバくんにはボールが渡らず、彼にたよるチームメイトたちも浮き足だってミスを連発し、こぼれ球は相手チームに奪われてしまう。そんな劣勢が続いた。相手チームにうまくやられているのだ。0ー2という不穏なスコアで前半は終わった。

 仲間内からは足が速いだけだと思われていて、しかも年下であるイズミは、フリーでもボールが回ってこなかった。それを見ていたタツオは激怒し、いまにも気絶しそうな青白い顔でコートを眺めていたマイに対して、イズミ少年のチームメイトの愚鈍さを罵った。あらんかぎりの悪意がこめられた呪いの言葉は、少年たちの普段の学校生活を堕落の色で染めあげ、彼らの将来を黒く塗り潰し、我が子の受難の物語を悲壮なタッチで描き彩った。マイはただうなずいているだけだった。

 しかし後半、形勢は変わった。ひたすら守ってミスを待つことに徹した敵チームは、前半走りすぎたせいなのか、恐れるに足らないとの判断からなのか、ミツバくんのマークも甘くなった。幼い才能はこの隙を見逃さなかった。1ー2、しかも早い時間での得点だった。チームメイトたちの期待にこたえたミツバくんの1点、彼の活躍は、イズミたちを励ましはしたものの、状況は膠着した。誰も彼もが疲れていたのだ。正念場を戦い抜くには幼すぎる彼らは、時を見ては棒立ちになったり、歩いて移動したりして、もう走り続けることが難しくなっていた。

 ただし、ごく一部の例外を除いて。

 その例外の中に、イズミは入っていた。

 息はきれ、心臓は激しく打ち、姿勢はぶざまにくずれながらも、何はともあれ彼は最後まで走った。大きなボールが出れば前線までかけ上がり、守りにも回った。相手のボールを奪いに行った。それらはすべて、自分が教えた動きであるようにタツオには思えた。

 チームメイト達も、刻一刻と敗北が近づいてくる闇の中で、イズミこそ、勝利への道を失いつつある彼ら遭難者たちを導く、星座の綺羅星であることに、やがて気づいた。後半の苦しい時間、ミツバ少年はチームの期待を背負って戦っていた。窮地にあって何かしそうな彼の存在感は仲間たちを勇気づけ、その何倍も敵たちを警戒させた。イズミたちがボールを奪って反撃をしかけたとき、だから、コート上のほとんどは前線へ駆けあがるミツバ少年を目で追ったのだし、敵は彼を止めようと動いたのだし、勝負をかけてエースに渡されるはずだったパスがイズミの方へ飛んでいったことは、完全に意表をついていた。

 イズミはやわらかなタッチでボールを受けとり、振り向き、そのままゴールににじりよった。キーパーとの1対1だった。彼の蹴ったボールは、ゴールネットを揺らした!

 真剣そのものの表情でイズミはチームメイトをふり返った。そして笑顔を浮かべ、仲間たちのもとへかけより、大声でよろこびをわかちあった。この後さらにミツバくんが1点を入れて、結局彼らは勝利した。

 戦いを終えた少年が両親のもとへ帰ってきた。汗と泥で汚れたイズミは一仕事終えた男のような顔をして見せたが、ごほうびをねだる犬のような表情を隠せなかった。タツオは満足げにうなずいた。

 「やったな、イズミ!」

 「ありがとう!」子どもはガッツポーズをした。

 「ほんとに、すばらしかった。パスを受けとってからゴールに行くまで、俺が教えたとおりに出来てたじゃないか。完璧だったよ」

 「へへ、ファーストタッチの仕方は先生に教わったんだけどね。ぼく、あれだけは得意なんだ。上手かったでしょ」

 「へえ」

 「ぼくって走るのが速いだけだからさ。みんなの足引っぱらないか心配だったんだ。でもよかった、最後にちゃんとできて」

 「いや、イズミは悪くなかったぞ。そりゃ、満点ってわけじゃないが、俺が教えてことはちゃんとできてたんだから文句なしだ。むしろお前の仲間こそちょっとな」

 「そうかなあ」

 「そうさ、ミツバくんばかりボールを回してさ。全部あいつ頼りだったじゃないか。あれがなけりゃイズミがもう1点くらい取れたさ」

 「ぼくも守備で相手に抜かされまくりだったんだけど……ねえ、お母さん大丈夫?」

 青白い顔をしたマイはどことも知れない方へ目を向けていたが、子どもの声に気づいたようで、軽くほほえむとイズミの勝利をを祝う言葉を口にした。

 後ろでイズミを呼ぶ声がした。コーチが居てミツバくんが手を振っていた。イズミは小走りで友人たちの世界へと戻っていった。


 たんに風邪をひいているだけだと思われたマイの病状はよくならず、あるとき黒い痰を吐いた。明日病院に行くという約束をして眠り、二度と目を覚まさなかった。

 愛する女の死に傷ついたタツオは、しばらく泣いてすごした。人目もはばからず顔を歪めて涙を流し、親戚たちに助けてもらいながらなんとか葬式を終えると、引きこもって寝込み、目覚めるとまた泣いた。マイの遺品、写真や服や、彼女から切り取った一房の髪をおさめたガラスケースに話しかけ、永遠の愛を誓った。この芝居がかった儀式は習慣化した。朝、イズミがはやく起きると、今は亡き母の部屋から、彼女の生前聞いたこともないような猫撫声で、タツオが母の亡霊相手に愛の言葉を口にしているのが聞こえる。イズミはときどきまだ寝ているフリをし、おかげで学校に遅刻しがちになった。

 時がたち、以前のように泣き続けることが難しくなると、酒の力を借りて枯れかけた涙をとり戻そうとタツオは努力した。アルコールの臭いがしみつき、しばしば夜帰宅しなかった。父親の朝帰りにイズミも慣れてきた頃、警察から電話がかかってきて、タツオが酔っ払って通行人を殴り、現在留置場に入ってわけのわからないことを話していることを伝えられた。中学生になっていたイズミは、できるだけ低い声で大人っぽく話した。流暢に応対できるのは悪くない気分だった。近所に住んでいる伯母に連絡し、彼女を連そって父を迎えにいくと、髪はぼさぼさで無精ひげを生やしたタツオの顔面にはあざがあった。タツオはイズミたちの顔を見ると、彼らを相手に不貞腐れた。

 イズミのなかで、父の不幸に遠慮する時間はとっくに終わっていた。滑稽でみじめな父親のエピソードは、彼の生活に雨あられとふりそそぎ、洪水となって、イズミ自身の悲哀はもちろん、父と母の悲哀も時のかなたへと押し流し、その後も腐らせ、風化させ、家族が3人居た真木家の一時代を、考古学的な発掘と検証を経なければ面影を復元できない過去にした。それはタツオがまともな社会生活に復帰し、目に見えるようなまじめな働きを見せた後でもとりもどすことのできない、決定的な破壊だった。

 タツオが真人間に戻ったこともイズミをとくに喜ばせなかった。父の醜聞は仲間受けのいい話のタネだったので、タツオが眉の形をととのえて毎日を磨いてスーツ姿で家を出て行くまっとうな大人に戻ったことで、イズミの中での彼の価値はむしろ下がった。ろくでなしの父親の存在は、少年たちの間でイズミを特別な存在にしていたのだ。酒におぼれて喧嘩して警察のお世話になる親父、俺にまで迷惑をかけてくれてうんざりだぜ。そう語る彼だけが、仲間たちの間で大人と対等、親よりも上等な立場に居るように思われた。

 今ではイズミは将来を有望視されるサッカープレイヤーに成長していた。長所をさらに伸ばし、同世代のなかで最も速く器用な選手の一群に数えられており、後すこしでR-15日本代表に手がとどきそうだった。しかし、父は昔のようには喜ばなかった。というよりも、サッカーそのものが好きでなくなったようだった。このことも、父親に愛されない子どもという天才少年の陰のエピソードとしてイズミに使われた。彼はそれをいかつい指輪かネックレスみたいにみせびらかし、上手に着こなした。光だけでなく暗さが加わったことで、イズミという人物は立体感を手に入れ、チームメイトからはさらなる信頼を得た。少女たちは彼に愛をささげた。イズミは青春を謳歌していた。やがて彼が念願のプロサッカー選手になったとき、インタビューの最後にコメントを求められ、馬車馬のように働くタツオのことを思いながら、本心からこう答えた。

 「今の僕があるのは、両親のおかげです。お父さん・お母さんには本当に感謝しています」

はじめまして。

幽霊の出てくるホラーを書こうと思ったら、なぜか全然違う話になりました。

小説を書くのって難しいです。

よろしくお願いします。

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