その26
槇原さんに笑い飛ばされてから数日が経った。毎日が飛ぶように過ぎていく。
美香に逢いたくても逢えず。電話で声を聞くことも侭ならず。メールも途絶えがちだった。
久しぶりに、美香と会う約束をした日曜日、槇原さんに午後から今日はお休みをもらいたいと伝えにいった。
「・・いや、別に、お前に給料払ってるわけでなく、お前が勝手に来てるだけだから、休めばいいよ・・?」
槇原さんはこともなげに言うが、僕は少し後ろめたかった。
「中野君、時間あるなら、お昼付き合って?」
声に振り向くと、そこには柳がいた。
「・・・今日は、用事があるから駄目。」
あっさりと断る僕に、彼女は膨れた。
「ええぇ~~、誰もいないのよ。絶対中野君だったら暇だと思ったのに。」
・・・なんなんだそれは? 僕は、暇だった事なんてないぞ!?
むっとしながら彼女と話をしてる僕の服のすそをつかんで槇原さんは僕に耳打ちした。
「・・・誰だ、彼女は・・。」
思わず槇原さんの顔を見る。・・・ああ、暇な人がここに一人いた。
あきらめ切れないのか、僕に再び何の用事か聞いてくる彼女に声をかけた。
「柳さん、救急の槇原先生が、お昼一緒にしませんかだって!」
横で真っ赤になってうろたえる槇原先生を前に押し出して、僕は続けた。
「ちょうどお腹が空いてたらしい、君来月から救急だって言ってたし、顔つなぎにもなるし、ご一緒させてもらったら?」
うろたえて声も出ない槇原さんを無視して僕は続けた。
「きっと、ご馳走してくださるよ・・?」
柳は最後の一言に引っかかる。・・・つれた!!!
「槇原先生?私なんかで宜しいんですか?」
にっこり笑う柳に真っ赤になったまま槇原さんは無言でうなずいてた。
・・・よっしゃ!!厄介払いできた!!
・・うなずいたものの、僕に救いを求めるような視線を送る槇原さんを何気に無視して、楽しんでね・・と柳に告げる。
・・・目が泳いでるよ・・?槇原さん?まさか女性と出かけるのが初めてとか言わないよね? 40近いおとこの純情なんて僕は知らないからね・・。
普段の鬱憤をこめたつもりはないが、無意識のうちに入ったなら仕方ないだろう。
槇原さんのすがるような視線は気になったが、なるようにしかならないよな・・・と無責任な事を思いつつ、情けない顔をしてる槇原さんを置いて、僕は美香の待つ待ち合わせ場所へと急いだ。
翌日、僕は昨日の出来事なんてすっかり忘れて救急外来へ向かった。
救急外来へ抜ける中庭で、携帯電話を握り締めて、百面相をしている槇原さんとであった。
・・・・何をしているんだろう?・・
後ろからそっと近寄って、ディスプレイを覗いてみた。メールの画面が見えた。
そっとそのまま槇原さんの様子を伺っていると、消しては打ち込み、消しては打ち込みを繰り返し、挙句ため息をついてる。
・・・・・なんなんだろうあれは・・・?
「何なさってるんですか?」
僕の声に飛び上がらんばかりの様子を見せて、あわてて携帯をしまう槇原さんがいた。
「どうかされたんですか?」
もう一度聞いた僕の問いかけに、言いにくそうに・・どうしたらいいのかわからないんだという。
・・・・・・何の話だ・・・?
「昨日、食事に行っただろう。・・・」
ああ、そうだそうだった、おかげで美香とゆっくり出来た。
「・・・・電話番号と、メールアドレスを聞いた。」
・・・?だから?・・・
「・・・どうしたらいいんだろう・・」
・・・・何の話だ・・・・・?
「・・・なあ、どう思う・・?」
「出来れば、経時的に、状況をサマライズ(要約)してください。そして言語は日本語でお願いします。」
事務的な口調で、切り捨てようとした僕の発言に、その熊はうなだれる。
「・・・・おまえ、冷たい・・・」
冷たいも何も、さっぱりわかりません。僕はばっさりと切り捨てた。
「・・・初めてなんだ・・・」
・・・だから何が言いたいんだ・・・・?
「彼女、恋人はいないって言っていた。好きな人はいるんだろうか?」
「・・・知りません。聞いて見られてはいかがですか?」
呆れ顔の僕の顔を恨めしそうに見ながら、お前は女慣れしてるから良いよな・・?と言う。誰が慣れてるんだ?断るのには確かに慣れてるが、一人の女の子の気持ちも侭ならずに、翻弄されてるのに?
・・・そうだよな、自分もたった一人に翻弄されて、気持ちの浮き沈みを繰り返している事を思い出して、少しかわいそうになった。
「・・・彼女に、好きな人がいたら、あきらめるんですか?」
僕の問いに、うなだれた熊が、ボソリと言った。
「・・・あきらめられないと思う。」
「それなら聞かなくても一緒でしょう?」
・・・熊は黙って返事をしない。
あきらめて、ため息をついて言った。
「・・・聞くだけは聞きますから、後はご自分で何とかしてくださいよ。」
今までうなだれていたのに、笑顔で、僕に熊は抱きついた。
「お前が、誰かにアプローチしたいときは、協力するから!!!」
・・・いや、自分で何とかするんで・・・・いいです。
さてどうやって聞こうかな?とおもいつつ、院内PHSを見た。その時PHSが鳴った。
みたことのない番号だった。不思議に思いつつでると、受付の守衛さんだった。
「はい、中野です。」
僕が出ると守衛さんは用件を言ってくれた。
「すみません、先生。先生にご面会希望だって、橘さんて言う中学生ぐらいのお嬢さんが、お見えなんですが、ご存知ですか?」
美香が何で?僕の驚いた表情に、槇原さんが心配そうな、顔をした。
PHSを隠して、槇原さんの視線から逃れるように、守衛さんにこっそり伝える。
「今どこにいますか?」
「守衛室の前です。どちらへご案内いたしましょうか?」
興味津々と言う顔でこちらを見る槇原さんに笑顔を送り守衛さんに告げた。
「僕がそちらに向かいますので、そこで待たせていただけますか?」
守衛さんの、わかりました・・という言葉を確認して、僕は電話を切った。
用事が出来たからと告げて、その場を離れようとする僕を意味深な微笑で見た後。槇原さんは僕の後をついてくる。
「・・・・何か御用ですか?」
明らかに嫌悪感丸出しといった僕の顔にまったく怯むことなく、槇原さんは俺もこっちに用があるんだ・・と言う。
・・でも僕が曲がれば曲がり、走れば走って追いかけてくる・・!!!なんなんだあなたは!!うちの救急はそんなに暇なのか!!
「槇原さんは、どちらにいかれるんですか?」
僕の問いに、槇原さんは笑いながら答える。
「お前の行くところ。」
「・・・柳に連絡取るの止めますよ。」
「・・それよりも、お前の弱み握るほうが先だ。」
笑いながら言ったその台詞に、呆れながら、僕は答えた。
「・・・弱みでもなんでもないですよ。」
その台詞に対して、にやりと笑って熊は続ける。
「・・・少なくとも、落ち込むことは有っても、あまり動揺する事のないお前が動揺するようなネタだろう?」
すっごく興味あるね・・・。と、嫌な笑いをする。
・・・いやいやいや、そのエネルギー僕のほうでなく、患者救命に注いでくれ!!
揉めながら、歩く僕たちの後ろからその声はかかった。
「・・・優ちゃん・・?」




