その23
子供の交通外傷の事故後のシーン。がでてきます。苦手な方おきをつけてください。
医師になって3ヶ月が瞬く間に過ぎた。
国家試験に受かったといっても結局は基礎的な知識があるだけで、即戦力にはならない。
槇原さんのご好意で、僕は自分のローテート以外に、救急外来を時間の空いたときにお手伝いさせてもらっていた。
そんな、恵まれた環境で勉強の機会を与えてもらってるにもかかわらず、ベテランの看護婦さんに、しかられるばかりで、何も出来ない自分に毎日が歯がゆかった。
ある日、その子は搬入されてきた。
MCからの情報で、かなりシビアだとは聞いていたが、搬送されてきた患児の状況に息を飲む。
「親はどこ・・?」
次々と指示を出しながら、救急隊の状況報告を槇原さんとともに受けた。
「自転車で路地から飛び出して、自動車のほうは時速50キロ程度で左横からぶつかられ、3メートルぐらい飛ばされてます。」
左片足の方向がおかしい、長さも違う。骨盤骨折もあるんだろう、腹部もぼうまんしているし、腹腔内も出血しているようだ。右頭部の外傷もある。多発外傷・・。意識レベルは・・・。
「 気道確保がしにくかったら、アドバンス使って!!」
指示を出す槇原さんの行動を見逃すまいと思いながら夢中で、ルートを取ってエコーの機械を当てる。救急外来のスタッフは皆それぞれに自分の役割を見つけて機敏に動いていた。
その間に槇原さんは、OPE室の手配をしていた。
不意に焦点の逢わなかったそのこと視線が合った。
「・・・僕しんじゃうの?お母さんはどこ?」
思わず、手が止まる。
「・・わかるの?どこが痛い?」
僕の様子に槇原さんが、意識あるのか?気のせいだろうという。
「気道確保困難になる前に、アドバンス入れて。」
「でも、母親に会いたがっています。」
僕が言うと、槇原さんに一括された。
「あほっ!!一刻を争う!!あわせてる余裕はない!!お前も医者なら判れ!!」
言われても戸惑ってる僕がそのこをもう一度見ると反応がなかった。
「オマエしょうもないこと言って足引っ張るならでてけ!!」
必要な検査を終えて、挿管が施されて、OPE室に向かう。
槇原さんはいらいらしながら僕に当たっていた。
ああ・・あの子はかなり厳しいんだろう。助けられない可能性の高い患者が来ると、彼はいつもこうだ・・。誰にでもなく当り散らす。
廊下に出ると、父親らしき人と、母親らしき人がいた。
母親は泣き叫び、父親のほうはスーツ姿で呆然としている。隣に高校生ぐらいの男の子がいた。
ずっと、僕のせいだ・・・と泣いている。
僕はなんと声をかけたら良いのかわからず、黙って目礼をしてOPE室へ向かおうとした。
父親らしき人が僕を捕まえて聞いてきた。
「状態はどうなんですか?あの子は助かるんですか?」
僕は彼の目を見て・・答えられなかった。
止めてくれ!!僕は国家試験に受かったばかりで、まだ何もわからないんだ!!わかってるのは、あの子の救命が神に頼むしかないと言うレベルであると言う事だけだ・・・!
呆然として答えられない僕の答えを求めて父親は僕の白衣を離そうとしない。
「お子さんは、自動車に横からぶつかられて、頭、腰と足、腹部の臓器も損傷しており非常に厳しい状態です。只今うちの外科のスタッフが全力を尽くしておりますので、どうか、ご家族の控え室でお待ちください。」
後ろから、槇原さんが家族に淡々と伝える。
看護師に案内を頼んだ後、僕の頭を小突いて・・・ホント、お前って使えないな・・。とつぶやいた。
重ねるように、槇原さんに言われた。
「あの家族に、なんていうつもりだったんだ?僕は研修医なのでわかりませんってか?」
黙ってうなずいた。
そんな僕を見てため息をつきながら、槇原さんは続けた。
「・・・あほか・・、オマエがたとえ、昨日卒業したてのペーペーだろうが、20年目のベテランだろうが、彼らにとっては白衣を着てる人はすべて医者なんだよ! 全員一緒。僕にはわかりませんなんて言って見ろ、医療不信になるぞ?」
そして、一息飲んで続けた。
「・・・それとも、僕にはあの子は助かるとは思えませんってか?」
僕は、槇原さんの顔をじっと見た。槇原さんは僕から視線をはずして下を向いて言った。
「・・・助からない可能性が高いだろうな・・・?俺もそう思うよ?お前本当にあの子が喋るの聞いたの?」
僕は、かすれた声で答えた。
「・・・それは聞きました・・」
槇原さんはそのままの視線で僕に言い聞かせてくれるように言った。
「・・人間の力ってな、・・すごい不思議なんだ。絶対ありえないと思うことが、時々起こる。この商売を続けてると、絶対なんてないんだな・・てよく思うよ。」
そして、子供にするように僕の頭をくしゃくしゃかき回して、
「次の搬入まで、OPE見学して来い。」
俺は昨日寝てないから仮眠する・・・とあくびをしながら去って行った。
その子は、頭部外傷が思ったよりひどく、結局意識が戻らないまま脳死状態になった。
そのこの残り少ない時間を親と過ごしてもらうために、ICUを出されて、個室に入ったそのこの様子を毎日見に行くのがいつの間にか僕の日課になった。
いつ行っても母親が蒼白い顔をしてそのこの手を握っていた。
兄らしき高校生の子が、端っこでその様子を見ていた。
僕は、いつも部屋に入ると、他の患者さんにするように、手を握って、そのこの額に手を当てて、耳元で話しかける。
「今日の調子はどう?痛いところはない?大丈夫?」
帰ってくるはずのない反応をうかがった後で、昨日のTVの話題、今日通勤途中の出来事などたわいない事を話暫くして帰ろうとしたその時。
「何をしてるんだ?そんなことしたって聞こえるはずないだろう!!」
急に彼の兄が僕の様子に怒り出した。
僕はあっけに取られて、彼の顔を見た。そして静かに言った。
「どうして無駄だと思うんだ?」
彼は続けた、
「もう、正樹は助からないんだ、後は心臓が動かなくなるのをみんなで待ってるんだ。」
何でそう思うんだと、聞いてみた。
「だって、先生だって、看護婦さんだって何にもしてくれないじゃないか?」
一日に数回、痰を取って、点滴を換えるときだけしか来てくれない・・・。
彼は僕の目を見て続けた。
「来たと思えば、お前みたいな医者になりたての役立たずばっかり。正樹の目を無理にこじ開けたり、胸の音なんかいまさら聞いてどうなるんだ?僕らは元どうりの正樹が欲しいんだ!!!いつも、僕の言うことなんか聞かずに、勝手に遊びにいって、道路を渡るときは気をつけろっていってたのに。」
最後は涙で何を言ってるのかわからない。
「僕は君にあきらめろとは言わない、君があきらめないといけないと思ってるのは良くわかる。」
「僕は、確かに医者になり立てで役に立たないよ?でも僕に出来る事は精一杯したいと思ってる。」
「君はどうしたいの?どうして欲しいの?」
僕は切れ切れの言葉で、僕の今の精一杯の気持ちを伝える。
彼は僕を睨みつけていった。
「正樹を元に戻して。」
それは出来ない。僕はいった。
「でも君と一緒に、正樹君が少しでも楽になるように考える事は出来るよ?」
そうだ、こうなってしまった以上僕に出来るのはそれだけかもしれない。
「・・それは、正樹がこの世からいなくなることも含めて・・?」
彼は、そっとささやくように僕に聞いた。
「それを君が望んでいるならそうかもしれない、でも今正樹君は苦しんでいるのかな?」
僕は彼の言葉に淡々と返す。
二人でもう一度正樹君を見た。
レスピレーターに乗って、呼吸管理はされているが、穏やかな顔はしている。
顔の腫れも引いていて、挿管チューブを除けば、まるで、眠っているようにも見える。
「正樹はしんどくないと思う?」
自分の弟の様子を見ながら、彼は言った。
「うん、それに返事は出来ないけれど、耳は聞こえてるんだよ?」
僕は彼の目を見ながら言った。
これは本当の話・・。と僕は続けた。最後まで耳の機能は残ってるんだ・・と。
僕の言葉に、恐る恐るといった感じで、彼は弟に近づく。そして話しかけた。
「正樹聞こえるか・・?何でお兄ちゃんの言いつけ守らなかったんだ?あそこの路地は危ないっていつも言ってただろう?自転車乗るときはヘルメットしろって誕生日にバイトで買ってやったのに・・・」
それからずっと、弟に話しかける彼を暫く見ていたが、母親に目礼をして僕は、病室を出た。
助かる命とそうでない命ってどう違うんだろう?
神様は何を基準に私たちの生死を決めてるんだろう
死ぬほど勉強して、医者になっても、僕は本当に何も出来ないんだと思い知った。
青い顔をして、土曜に救急外来を覗いたら、槇原さんに。お前今日と明日は、病院来るな・・といわれた。
そんなにひどい顔ですか?と聞くと、ICUにいる患者の中で一番不健康といわれて、笑ってしまった。
槇原さんの言いつけに従う事にする。
・・ああ、美香に逢いたい。・・・・
今日は、読んでくださってありがとうございます。
補足です。
アドバンス
advanced airway 日本語訳で高度な気道確保。
いわゆる気管挿管のこととして作中出てます。
ただ、本当は、advanced 自体が高度な~という意味なので、実際の臨床ではこのような使い方はしない(はず)です。
挿管が変換しにくかったもので・・・。
まあ、物語として読んでください・・。すみません。
MC・・メディカルコントロールセンター 救急隊の指令本部です。
実際亡くなられた後も聴力は残るという話はあります。
あなたの知らない世界・・・的になりますが・・・。
御興味のある方は、キューブラー・ロス(精神科医です) で御検索ください。
こちらは本当の話です。
清水澄 拝




