その108
病棟を後にした僕の後を、三木さんが追いかけてきた。
「中野先生ありがとうございました。」
何の事だろうと思い不思議な顔をすると、彼女が言った。
「根岸さんに会いにきてくださって。」
彼女の台詞に、”根岸さんの事を教えて貰ってお礼を言わないといけないのは僕のほうだから”・・と返し、その場を離れようとしたが、彼女に再び呼び止められた。
「・・先生、相談したい事があるので少しお時間いただけませんか?」・・・と。
・・・・・その思いつめた様子に、いやな予感がする・・・
「悪いけれど個人的なことなら聞けない。」
そう言った、僕の顔を見て彼女はいきなり泣き出してしまった。
タイミング悪いな・・と逃げ損ねた事を後悔しながら、仕方がないので近くの面談室に彼女の腕をつかんで入った。
「・・・ここなら一人で泣けるでしょう?落ち着いたら、仕事に戻って。」
彼女の話を聞く気のなかった僕は、そういってその部屋を出ようたが・・・
・・・抱きつかれてでるにでれなくなった・・・・
「・・離してもらえないかな?」
低い声で、迷惑だと告げてみたが、離れる気配は無く・・。
・・・・・・むしろますます抱きつかれた・・・・・・。
僕は溜息をつきながら、彼女にもう一度言う。
「すぐに離れて欲しい、迷惑だから。」
彼女の体が震えて、潤んだ瞳で僕を見上げた。
「先生がすきなんです。」
僕はもう一度溜息をつきながら言った。
「悪いけれども、ものすごい迷惑です。」
僕の言葉にも離れようとしない彼女を僕は無理やり僕から引き剥がした。
それでもあきらめた様子も無く、僕のほうを向いて彼女は言う。
「先生の事、ずっと見てました。一緒に仕事をしてる時の先生の真摯な姿がすきなんです。」
僕のほうを一直線に見ながら言う彼女を見た。・・ああ美香にばれたら、断り方を考えろと怒られるなと思いながら・・・・・でもこれが僕だ。
「高校の時から好きな子がいて、やっとそのこと両思いになれたんだ。ほかは見たくありません。僕は彼女を裏切るつもりはないので、無理です。」
僕の台詞に、いつまでも待つと彼女は言う。
「一生待ってもらっても無理です。僕には彼女しか見えませんから。」
僕はそのこを残して、部屋を出た。
昔だったら気にしなかった苦い思いを抱きながら、何でつかまる前に逃げなかったんだと、自分の油断に後悔する。
だから、槇原さんが僕と入れ替わりに、その部屋に入ったのに気づかなかった。
病棟指示を出して医局に帰ろうとした槇原は、優希が泣いている看護婦をつれて面談室に入るのを見た。
・・・どうしたんだろう・・
不審に思い、外で様子を伺うと、看護婦が優希に告白してるのが聞こえた。
放っておこうかと思ったが、つい優希とすれ違いに様子を見に入ってしまった。
中に入ると、今まで泣いていたとは思えないぐらい怖いかおをして、悔しそうに壁を睨んでいる三木がいた。
「・・・何か御用ですか?」
憮然とした表情で、槇原を見た彼女に槇原が思わず笑う。
「中野の前とずいぶん、違うな?」
そのことに答えずに、槇原を睨んでいた。
「先生趣味悪いです。聞いてたんでしょう?」
槇原は、彼女の言葉を無視して続けた。
「中野のどこが好きなんだ?」
彼女は即答した。
「ずっと見てたんです。患者さんに優しいし、熱心だし、」
「見た目もよいし、自分のわがまま聞いてくれそうってか?」
彼女の言葉につなげた槇原の言葉に、彼女がむっとした表情を見せた。
槇原が続けた。
「君にしたのと同じ質問を中野の彼女にしたことがある。」
曰く・・と続ける。
「すぐすねて、いじけて、とても年上に思えない。」
「おまけに、自分勝手で、自分中心に地球を回して、自分に不利益な事は、躊躇せず切り捨てる・・とさ」
笑いながら続ける。
「でも、優しくて、一生懸命で、自分を飾らず、何事にも全力で取り組む不器用者。」
「そのすべてが丸ごとすきってさ・・。」
・・・君そんな中野のネガティブな面知ってた・・?
槇原の言葉に三木は首を振り、そして言った。
「・・今は知りません・・でも、付き合っていくうちに分かることもあるでしょう?」
槇原が笑いながら答えた。
「きっと君には一生見せないと思うよあいつは・・。見せるのは美香ちゃんだけだろうな。実は僕も知らないんだそんな中野は・・。でも、美香ちゃんの言葉が本当なら、あまりしつこくすると逆に見なくても良いあいつの冷たい一面を見ることになると思うから、今のうちに手を引いたほうが良いと思うよ。」
槇原の言葉に、まだ、でも・・と続ける彼女を槇原が見つめる。
「君が、夢の王子様を、夢のままにしておきたいのなら、これ以上現実を見るのは止めたほうがよい。あいつは一筋縄で行く奴ではないと思うよ?」
「多分あいつは一緒に働く同僚だから遠慮してる部分もあるが・・」
・・・もし・・・
「君が中野が彼女との仲を続けるにあたっての障害となるようなことをしたら、彼は容赦しないだろうね。」
・・気をつけたほうが良いよ・・・
「陽子に振り回されてるのを見て、中野が押しに弱いと思ってたら大きな間違いだぞ?」
きょとんとした顔の彼女に続けて槇原が言った。
「彼が陽子に逆らわないのは自分の彼女が陽子と仲が良いからだよ?」
「あいつは、自分の彼女中心に物事を決めてるから、陽子と彼女の接点が無ければ、陽子にも振り回されてないよ・・。」
考え込んでいる彼女を残し、その場を離れた。
・・・中野と付き合うようになってから、人との接点が増えたのは、良い事なんだろうか?自分もおせっかいだな・・と思いながら・・・・




