その105
楽しい、旅行から一転して、仕事にもどった僕はまた忙しくなった。
放射線科でのローテートは少し余裕があるかと思ったが、IVR、画像診断のために夜中でも呼び出されることも多く・・・。
結局、どこに行っても忙しい職業を選んでしまった僕が悪いんだろうと思う・・・。
そんな中でも、婚約者としての位置づけで、美香にはばかることなく電話できるのは嬉しかったが・・・・・
・・・・時間がないのと呼び出しが多すぎる ・・・。
柳と昼食をとりながら僕はつい愚痴をこぼした・・・。
「・・・もう、一ヶ月も、美香の顔を見てない・・・。」
溜息と共に、パスタをフォークに巻き付ける。
柳がちらりとこちらを見て、ピザを食べながら、言った。
「・・・シャメあげようか?昨日来た奴。」
僕は呆れたように柳を軽く睨み、言った。
「・・学校の猫の成長日記なら、要らない。」
”なんだ持ってんじゃん”・・とお前いくつだよ?と突っ込みたくなる口調で僕に返した。
「僕が言いたいのは、そんなことではなくて、美香の柔らかさと、温かさと、匂いを堪能したいの!!」
僕のほうを呆れた顔で見て、そして声を潜めて彼女は言う。
「・・・溜まってるの?」
僕は思わず、口に入れたパスタをはきそうになった。
柳が、”きたない~~”と顔をしかめる。
・・・・・誰のせいだ!!!!・・・・・
僕は、彼女を睨みつつ、せきをした。
「・・・まだ、そういう関係ではありません!!」
柳が、なんだ・・・と返してきた。
「大体、お前が中学生なんだから待てって言ったんだろう?」
むせながら、やっとの思いで言った悪態に柳は、とぼけた顔して、”そうだったけ?”と返してくる。
・・・・・・・・ありえない!!こいつはなんなんだ!!・・・・・・
咳が治まり、ここからとっとと退散すべく黙々と、パスタを食べ始めた僕に、柳は溜息をつきながら言った。
「・・・アナタ頑張り過ぎ・・・」
・・どういう意味だ?・・・・
僕は、黙って食べながら柳の顔を見た。
ピザをつまみつつ柳は続ける。
「もう少し、要領よくしないと、その内燃え尽きるわよ? 何歳で医者辞めるつもり?」
・・・・・・・・どういう意味だ?・・・・・・・
食べ終えた、ピザのトレイを片付けて、にっこり微笑んで「欲張りすぎるとろくな事ないわよ?婚約したからってほっといたら、どこかの誰かにさらわれるかもよ?」
やな台詞を残して去っていった。
・・僕と美香の何を知ってると言うんだ?僕のほうが美香の事は良くわかってる・・
憤然としながら食事を続ける。
・・・でも、女性心理は、同姓である柳のほうが良くわかってるよな・・・・
慌てて僕は残りを食べて、美香の声を聞きたかったんだ僕は・・と言い訳をしながら電話をするために、中庭に走った。
中庭に着き冷静に考えると、今美香は授業中だ・・・・。
自分の馬鹿さ加減に溜息をつきつつ、ベンチに座ってメール画面を開いた。
・・・さて、なんて打とう?・・・
”逢いたい・・・来て?”いやいや今日は平日明日は学校。
”美香の声が聞きたい”・・あいつの事だ、電話じゃ駄目なの?だろう
”顔が見たい”・・多分シャメ送ってくるだろう・・・。
”温かさを感じて、匂いがかぎたい”・・・僕は変態か?
「・・あぁ・・僕って結構なさけない・・・・。」
独り言のように呟くと、柳の今頃自覚したの?と笑ってる幻聴が聞こえた。
「何してるんだ?」
突然、後ろから話しかけられて、驚いた。
見ると槇原さんがいた。
慌ててメール画面を閉じる。
「どうしたんだ?」
もう一度聞かれて、僕はぼそぼそと事情を話す。
「どうしようと思って・・・どう思いますか?」
きょとんとした顔の槇原さんを見て、自分の説明が不十分なのを棚に上げて、何で解からないんだろうと不愉快になる。
「何の話だ?」
僕は槇原さんにぼつぼつと説明した。
「柳が、僕が要領悪くて、美香をほっときすぎって・・」
・・・??・・・・・・不思議そうな顔で聞く槇原さんにぼくは続ける。
「・・燃え尽きる前に要領よくなれって、美香に愛想つかされるって・・。」
ああ・・と槇原さんが思いあたりがあるようにうなずいた。
「それで、どうしたいんだ?」
「とりあえず、美香に連絡とろうと思うんですけれど、何て送ろうと思って・・」
槇原さんが笑いながら言う。
「陽子と知り合った頃にここで、メールを送るのに、迷っていた事を思い出すよ・・百戦錬磨に見えるお前が、恋愛でこんなに動揺するなんて、面白いな?」
・・・それは僕と槇原さんの行動パターンが、似てるという事ですか?非常に不本意なんですが・・・・
僕の表情に気がついて槇原さんが、”俺と同じ行動を取る事が、不本意なのか?”
と、不機嫌に聞いてきた。
ぶっちょうずらで、”別に・・”と答えてみた。
可愛くない・・とボソッと呟く槇原さんを冷たい目で見る。
・・・・・・別に、男に可愛いと思われなくともいいです・・・
心の中で喧嘩売ってるかのような一言を呟いてその場を離れようとしたら、PHSがなった。
「中野先生、守衛の森屋ですが、橘さんといわれるお嬢さんがご面会に来られてますが?いかがいらしましょうか?」
美香が来ている?なんで?学校はどうしたんだろう。
不思議に思いつつもその予想しなかった出来事に、思わず笑顔になる。
「すぐ行きます。申し訳ないですが、そこで待たせてください。」
思わず明るい声で答えた、僕の台詞に牧原さんが聞き耳を立てた。
PHSを切って、足取り軽く移動する僕に、槇原さんがついてきた。
・・・・・なんでついてくるんですか・・・
僕の心の問いかけに、彼はいやな笑を満面に浮かべながら、
「面白そうだから・・・」
と言う。
・・・僕をネタにするこの人の行動も、一つのストレスなんだよなと思いつつ溜息をつく・・・・
病院玄関守衛室入り口に美香はいた。
久しぶりに会う彼女を見ながら、僕は笑顔を抑えることが出来なかった。
「・・・緩んでる・・・・」
いつの間に来たのか柳が、旦那である槇原さんの横に並んで二人で呆れた顔で僕を見ていた。
・・・・余計なお世話です・・・・・・
美香のほうに行き”どうしたの?”と美香に聞いた。
・・・嬉しいって先に言えば良いのに・・・
いちいちうるさい柳の突っ込みはこの際無視しよう。
僕は、額に思わず出来そうになったしわを伸ばしながら、美香に笑顔で聞いた。
「学校は?」
美香が「じってだよ?」
と答える・・・・何だそれは・・・・・?
僕の怪訝そうな顔に美香が言いなおした。
「実力テスト、午前で終了。明日はお休み。」
「・・・創立記念日か何か?」
槇原さんが呆れた顔で言った。
「多分明日は全国的に休みだと思うぞ?」
「うん祝日・・優ちゃん大丈夫?」
美香が僕の額に手を当てて熱を見た。
・・・・有り難うでも馬鹿にされてる気がして、あまり嬉しくない・・・・
「・・・・で?どうしたの?」
「うん、久しぶりにご飯つくりに来た。ついでに泊めて?」
・・・・え?・・・・・
思わず僕は聞きなおした。
「今なんていった?」
「・・・泊めて?優ちゃんの所に?」
僕はもう一度確認する。
「・・・ひょっとして僕の部屋?」
美香が怪訝そうな顔をして、”優ちゃんほかに家あるの?”と聞く。
槇原さんたちはことの成り行きを面白そうに見ている。
「・・・ふたりきりだよ?」
美香はまた不思議そうな顔をした。
「・・・ほかに誰か、泊まる人いるの?」
思わず思いっきり首を振る。
「!!いやそういう意味でなくて!!!」
・・・僕が何もしない自信がないということで・・・・
・・・・・美香、覚悟できてる?・・・・
その台詞を、出せずに飲み込んで・・・・。
思わず柳の顔を見た。
「・・私今日は、当直。」
槇原さんを見た。
「・・・左に同じ」
思わず変りましょうか・・と言いかけた僕に彼は言った。
「明日は、ゆっくり休んで良いよ。」
僕はうろたえながら、仕事が・・・と言うと。槇原さんは呆れて続ける。
「・・・お前要領悪すぎ、たまにはサボれ、医者いつまで続ける気だ?定年までするなら、燃え尽きる前に好い加減を覚えろ。今日は定時で帰れ。」
柳と同じような事をいう槇原さんを恨めしい目で見ながら僕は美香に言う。
「・・・9時・・いや、8時・・には帰れると思うけれども・・待てる?鍵持ってるよね?」
僕の台詞に、今日ぐらい定時で帰れという突込みが入った。
・・・無理です・・・僕は要領が悪いので・・・・
そんな僕に美香は申し訳なさそうに言う。
「・・・ごめん、優ちゃん、美香それ忘れたからここに来たの。」
あっけらかんと言う彼女に、一緒に医局に来るように伝えて、ニヤニヤ笑う槇原さんたちを軽く睨む。
事情を知らない、守衛さんは、会話を聞いて、”兄弟仲良くていらっしゃるんですね?”と訳の分からない事をいう。
・・・いえ、まだ手を出す事の出来ない、婚約者です・・・・・
心の叫びを口に出す事も出来ず・・・僕はあいまいに笑って、その場を美香と共に離れた。
・・・・今日、どうやり過ごそう・・・・・
心と裏腹に、美香の腰に手を回し、院内だというのに軽く抱きしめる僕がいた。
・・・本当にどうしよう・・・・・・




