プロローグ
小さな頃はよく幽霊というものを見た。それは僕にとっては当たり前。でも他の人にとっては『異常』。
大人しい性格の僕にはあまり友達がいなかった。仲がいいと言えば幼馴染の美咲≪みさき≫ぐらい。それ以外の人とは知り合い以上、友達未満の付き合いをしてきた。それは今だってあまり変わらない。
そんな僕が心を開ける存在。それが『幽霊』だった。
しかし、見えることが異常だと言われ、否定され、僕の当たり前は呆気なく崩れ去った。
『気持ち悪い』
そんなたった一言で。
誰も信じてくれない中、二人だけ信じてくれた人がいた。美咲と祖母だ。二人は僕の言葉を正面から受け止めてくれた。他の人は変な目で僕を見るだけだったというのに。
だけどそんな日にも終わりが来た。そう、見えなくなったのだ。僕の異常が正常に戻った。
あれは忘れもしない、12歳のある夏の日のことだった――――……
僕は相変わらず幽霊を見る毎日を送っていた。しかし、これが異常だと気付いた日から人には話さないようにしていた。大きくなるにつれて、人に幽霊の存在を理解してもらうのは困難だとわかってきていたし、祖母にも
「絶対に人に話しなさんな。傷つくのは爽≪そう≫くんなんよ?」
と言われていたからだ。
祖母の言葉はいつも大抵正しい。人に話すと傷つくということは身をもって体験していた。
『気持ち悪い』
あの一言が、いつも決まって思い出される。でもそれは仕方のないことだし、その気持ちはわからなくもない。例えば誰かに
『俺は妖精が見える』
と言われたところで信じる気にはなれないし、場合によっては頭がおかしいのじゃないかと疑うだろう。
しかし、そう思ってしまうのは仕方ないのだ。だってその言葉が本当かどうか確かめようがないのだから。
だから傷つかないために、話さないというのが一番有効な手段だった。
そんなある日のこと、そろそろ寝ようかと思い、僕は洗面所に向かった。特筆すべき点はない、普通の洗面台。そこに置かれているコップと、その中に投げ入れられた二つの歯ブラシ。一つは僕のでもう一つは祖母のもの。昔は寂しかったこの光景も今では慣れてしまっていた。
両親は僕が十歳の時に交通事故で死んでいる。あの日のことは、あまりよく覚えていない。というよりかは、思い出せない。
いつもの光景。そう思えるようになった自分を少し寂しく思いながら、僕は青い自分の歯ブラシに手を伸ばそうとした――その時だった。目の前に『鬼』が現れたのは。