何もせずただいるだけで愛されることの何が悪いの?
人としての尊厳が奪われる描写があります。ご注意ください。
「あら、レリアお義姉様、そのドレス素敵ね。私にちょうだい」
「アベリア、これは婚約者のティボー様からいただいたものだから」
「良いじゃない別に。お義姉様よりも私の方がそのドレス似合うわ。私に譲るべきよ」
「でも……」
母が亡くなって一年も経たないうちに父が再婚し、パラヴィール伯爵家に義母と義妹がやって来た。それ以来、パラヴィール伯爵家は義妹アベリアが中心に回っている。
「何の騒ぎだ?」
「アベリア、何があったの?」
そこへ、父トビと義母ジャンヌがやって来た。
レリアは何が起こるのか予測出来てしまい、軽くため息をつく。
「聞いてくださいお父様、お母様。お義姉様がドレスを譲ってくれないの。お姉様はずっとパラヴィール伯爵家で良い暮らしをしていたのだから、私に譲ってくれても良いのに」
「何だと!?」
アベリアの言葉を聞いたトビはギロリとレリアを睨む。
「お前は義姉なのだからドレスを可愛いアベリアに譲れ! このゴミ屑が!」
パシッと音が響く。トビに頬をぶたれたのだ。ピリッと痛みが頬に走り、レリアは俯く。
「さあ、早くそのドレスを脱げ。今すぐだ」
替えのドレスが近くにない中、レリアはトビからそう命じられてしまう。
仕方なくドレスを脱ぐレリア。
「まあ、お義姉様、貧相な体ね」
下着姿にさせられたレリアを見てクスクスと意地悪そうな笑みを浮かべるアベリア。
使用人達も、下着姿のレリアを見てクスクスと笑っている。
パラヴィール伯爵家の屋敷にジャンヌとアベリアが来て以降、母が生きていた頃にいた使用人達は全員解雇された。今いる使用人達はレリアの味方をしてくれない。
「まさかこんなに心が狭い子だとは思わなかったわ。レリア、貴女は反省するまで食事は抜きよ。こんな屑に食事だなんてもったいないわ」
ジャンヌの冷たい声が響く。
食事を抜かれるのももう何度目だろうか。
レリアは数えることをやめていた。
レリアの不幸は更に続く。
それは数日後のこと。
突然客間に来るようトビから呼ばれて来てみたら、レリアの婚約者であるアギヨン伯爵家次男のティボーがいた。アベリアとジャンヌもいる。
レリアは何となく嫌な予感がした。
「レリア、お前とは婚約破棄だ。お前みたいな辛気臭い女よりも可愛らしいアベリアの方が俺に相応しい。アベリアと共にこのパラヴィール伯爵家を盛り立てていく」
予想通り、ティボーはレリアに婚約破棄を告げたのだ。おまけに新たな婚約者はアベリアとなる。
「あの……パラヴィール伯爵家は亡くなったお母様の家系です。だから次期当主は私ですよ。アベリアでは」
「煩い! お前はアベリアに当主の座も譲らないつもりか!?」
トビの怒鳴り声が響く。
レリアの実母がパラヴィール伯爵家当主だった。トビは中継ぎでしかない。パラヴィール伯爵家の当主になれるのはレリアのみ。しかしそれを無視してアベリアをパラヴィール伯爵家当主にしようとしているのだ。
「本当に心の狭い子ね。こんな子が伯爵家にいるだなんて、信じられない」
嫌な笑みを浮かべ大袈裟に言うジャンヌ。
「お前など生まれて来なければ良かったのだ!」
トビの怒鳴り声が再び響き渡る。
それはレリアの存在を全否定する言葉だった。
「あらお義姉様、可哀想」
可哀想と言いつつニヤニヤと悪意ある笑みを浮かべているアベリア。
「辛気臭い顔するなって。見苦しい」
ティボーが面倒臭そうに顔を顰めている。
レリアの心は折れてしまった。
◇◇◇◇
(もうパラヴィール伯爵家に私の居場所はないのね)
失意の中、レリアはパラヴィール伯爵家の屋敷を出て一人歩いていた。
(お母様……もうお母様の所へ行きたいわ)
レリアの目からは涙が零れ落ちた。
夜も遅く、人通りのない道にレリアはただ一人。もう死んでしまおうかと考えていた。
その時だ。
「ようやく見つけた。私の運命の番」
レリアはふわりと温かい何かに包まれた。
「え……?」
目の前にはこの世のものとは思えない程の美しさを持つ、レリアよりも少し年上の男性。レリアはこの男性に優しく抱きしめられていた。
(いきなりどういうことかしら……!? 運命の番って……!?)
混乱する中、レリアの脳内に大量の情報が海のように流れ込んだ。
今いる世界とは違い、高層ビルが建ち並ぶ世界。人々は便利な小型の液晶画面を持ち歩いている。そして、その世界には娯楽として色々な物語がある。
(あ……!?)
レリアは思い出す。
(これは前世の記憶……!)
レリアは前世ごく普通の日本人女性だったのだ。
そして目の前にいる男性を見てハッと目を見開く。
(ここは……前世で夢中になった小説『竜人の番』の世界……! コミカライズやアニメ化もされて、それもハマったわ……! 目の前にいるのは、ヒーローのカルヴァン・ラ・ノートル! そして私はヒロインのレリア!)
「私はラ・ノートル公爵家長男のカルヴァン。竜人族だ」
カルヴァンはレリアにこの上なく甘く優しい目を向ける。
レリアとして生きた今までの記憶と前世の記憶を照らし合わせる。
(この世界は、獣人族と人間が共存している。竜人族は獣人族の中で頂点に立つ存在。獣人族の中には、運命の番と出会う者もいる。獣人族は運命の番を唯一のパートナーとして真綿で包み込むように溺愛する)
レリアは目の前にいるカルヴァンを見て、胸の中にときめきが溢れ出した。
(本物のカルヴァン様……! 私はこれからひたすら溺愛される……!)
「君の名前を教えてくれるか? 我が運命の番よ」
「レリア……。パラヴィール伯爵家長女、レリア・パラヴィールと申します」
「レリアか。良い名前だ。こんな夜遅くにどうして一人で?」
「実は……」
レリアはカルヴァンにレリアとしての生い立ちを話した。
レリアは八歳の時に実母が亡くなり、それ以降十年間実父、義母、義妹、使用人達から虐げられて生きてきたのだ。そして、先ほど婚約者だったティボーに婚約破棄をされたところである。
「私の運命の番に何という仕打ちを……!」
カルヴァンはレリアの生い立ちを聞き、怒りで拳が震えていた。
「レリア、今日からは私の屋敷で暮らすと良い。今のパラヴィール伯爵家には碌でなししかいないようだからな」
「ありがとうございます」
カルヴァンの申し出に、レリアは内心舞い上がった。
(原作通り。これから私はひたすら愛される生活が始まるのね。原作のレリアは虐げられて自己肯定感が低くて、カルヴァン様に釣り合おうと色々なことをやってトラブルに巻き込まれたり、勝手にカルヴァン様の屋敷を出てカルヴァン様と対立している獣人に攫われたりするけれど、私はそんな馬鹿なことはしない。だって、この世界では獣人族の運命の番は何もせずそこにいるだけでひたすら大切にされて愛されるんだもの。ついでにパラヴィール伯爵家の屑達には盛大にざまぁしないとね)
レリアは心の中でルンルンと浮かれていた。
◇◇◇◇
数日後、レリアはカルヴァンを連れてパラヴィール伯爵家の屋敷に戻っていた。
「レリア、今更戻って来てどういうつもりだ!?」
トビの怒鳴り声と共に、レリアは殴られそうになった。しかしそれをカルヴァンが止める。
「私の運命の番に何をしようとした!?」
「ぐぎゃぁっ!」
カルヴァンの鋭い声と共に、ゴキッとトビの腕が折れる音がした。
「実の父親のくせにレリアを虐げるとは」
カルヴァンの目がギラリと光り、トビに魔力で電撃を浴びせた。おまけに電撃はトビの男性の象徴たる部分に執拗に浴びせている。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁっ!」
急所であるので、トビはとてつもない痛みを感じながら冷や汗を流している。
「汚い汗で汚れてしまう。これで汚い汗を蒸発させるとするか」
カルヴァンは汗を流すトビの顔を炎で焼いた。
「ちょっと! 誰だか知らないけれどトビ様が死んでしまうわ!」
ジャンヌは慌てたようにカルヴァンに駆け寄る。しかしカルヴァンは冷酷だった。
「ならばお前が死ね。お前もレリアを虐げていたんだろうが」
「ああああああああ!」
カルヴァンは炎を出し、ジャンヌも燃やす。火力が強かったらしく、ジャンヌはもがき苦しみながら骨になるのであった。おまけにトビの方も炎が全身に周り、命を落とし骨となった。
「お父様! お母様! そんな……! 」
「アベリア、落ち着くんだ」
「ティボー様、だって……!」
膝から崩れ落ちアベリアの泣き叫ぶ声と慌てふためくティボーの声である。
「ねえもうやめて! お義姉様、謝るから許し」
「発言を許可した覚えはない」
「きゃあぁぁぁぁぁぁ!」
カルヴァンは魔法でアベリアとティボーを一糸まとわぬ姿にし、屋敷の外に宙吊りにした。おまけに二人のその姿は魔法でこの国中に放映されてしまう。アベリアの尊厳はもうないに等しい。
「お前も仲良く死ね」
カルヴァンは魔法でアベリアとティボーに電撃を流す。
「いやぁぁぁぁぁ!」
「ぐおぉぉぉぉぉ!」
一撃で死ぬことは出来ず、苦しみは長時間にわたり続いた。そしてアベリアとティボーは命を落とした。更に、アベリアとティボーの死体を高火力で焼き、二人の骨が屋敷の外へカラカラと音を立てて落ちた。
「後は使用人達か」
カルヴァンはパラヴィール伯爵家でレリアを虐げていた使用人達にギロリと目を向ける。
「そんな……!」
「レリアお嬢様、どうかお許しを! 私には家族がおりまして」
「関係ない」
カルヴァンは絶対零度よりも冷たく一蹴し、使用人全員に電撃を浴びせて殺した。
(凄い……! 凄いわ……! 私を虐げていた、嫌いだったキャラが全員死んだわ!)
レリアは内心ほくそ笑んだ。
「レリア……。君を虐げていた者達は全てこの世から消えた」
先程とは打って変わって、優しく甘い表情を向けるカルヴァン。
「ありがとうございます」
レリアはカルヴァンに抱きしめられ、その腕の中で満足していた。
(ラ・ノートル公爵家って、かなり権力があるからこのくらいのことは不問に出来るのよね。原作ではレリアはカルヴァン様に酷いことはしないでと頼むのだけど……正直原作を見ていてもパラヴィール伯爵家のキャラ達は嫌いで死んで欲しかったのよね。まあ、この世界は物語とは違って、カルヴァン様も私にも人生がある。でも、屑キャラはNPC扱いして良いでしょ)
「私とレリアは結婚する。子供を二人以上儲けてそのうちの一人をパラヴィール伯爵家の後継者としようか」
「ええ、ありがとうございます」
「じゃあラ・ノートル公爵家の屋敷へ戻ろう」
「はい」
レリアを虐げていた者達の始末が終わり、すっきりとしていた。
◇◇◇◇
その後、レリアはカルヴァンと結婚し理想の生活を送っていた。原作では自己肯定感が低くなったレリアの希望で結婚は先延ばしにしていたが、前世の記憶を思い出したレリアはカルヴァンに望まれるがまますぐに結婚したのだ。
「レリア、君の為にドレスとアクセサリーを用意した」
「わあ、素敵……! カルヴァン様、ありがとうございます」
「レリア、これは隣国の珍しいお菓子だ」
「美味しそうですわ。ありがとうございます、カルヴァン様」
「レリア、君はいるだけで価値がある」
「まあ、カルヴァン様ったら、嬉しいです」
レリアはひたすらカルヴァンに愛され甘やかされ暮らしている。レリアは満面の笑みで、カルヴァンの愛を受け止めていた。
「レリアさん、カルヴァンのことをいつもありがとう」
「レリアさん、私も貴女とお茶したいわ。珍しい紅茶があるのよ」
「レリア様のお世話は私が!」
「いいえ、それは私が!」
「レリア様の為に入浴時の入浴剤を準備しろ!」
「承知しました!」
「レリア様の護衛をしっかりな!」
「それも承知しました!」
ラ・ノートル公爵家の義父と義母、使用人達もレリアにとても優しい。
(何もせず、いるだけでひたすら大切にされて愛される。何て素敵なのかしら)
レリアは現状にとても満足していた。
しかしそんなある日、レリアはカルヴァンと共に出席した夜会でとある令嬢に絡まれる。
「ねえ貴女、転生者なのでしょう?」
いつもカルヴァンから離れないようにしていたのだが、丁度今だけ別行動をしていた。しかし、護衛がいるので問題ない。
(この令嬢は原作に登場した覚えはないわね。コミカライズでもアニメでも見たことがない。つまりモブね。まあでも、モブにもモブの人生があるわよね)
レリアはそんなことを考えていた。
「ちょっと、聞いていますの?」
令嬢の声が鋭くなる。
「ええ、聞いておりますわ。改めまして、レリア・ラ・ノートルです」
「レリア・ラ・ノートル。やっぱり、原作と違うわ。原作のレリアはまだ結婚していないもの。それに、貴女のこと観察させてもらったけど、貴女何の努力もしないで、そこにいるだけでカルヴァン様から愛されて狡いと思わないの?」
令嬢はレリアと同じ転生者で、『竜人の番』も知っているようだ。恐らくレリアと同じく『竜人の番』に夢中になったのだろう。
「それに、パラヴィール伯爵家の人達が死んじゃってるのもおかしいわ。レリアは心優しくて、カルヴァン様が奴らを殺そうとするのを止めるもの。努力もしないでただいるだけで愛されて、嫌いなキャラを排除して、貴女何様のつもりなの?」
令嬢はキッとレリアを睨んでいる。しかしレリアはそんなことを気にせず優雅に微笑む。
「ねえ、何もせずただいるだけで愛されることの何が悪いの?」
「え?」
レリアの問いに、令嬢は戸惑う。
「努力せず、何もせず、ただそこにいるだけで愛される。別にそれで良いじゃない。何か悪いことでもあるのかしら?」
レリアは前世からずっと疑問に思っていた。
何もせずただ愛されるだけのヒロインが登場する物語。それらにはアンチが付いた。ヒロインが何もしていないことをまるで悪であることのように言う輩がいた。独立した女性が求められ、専業主婦になりたいと言えば叩かれる。それが不思議で仕方なかった。
(多様性と言われているのに、自立しないことは認めてくれないなんておかしいわ。多様性と言うのなら、努力しない人も自立しない人も認めるべきなのよ)
「私のレリアに何を言っている」
「まあ、カルヴァン様」
いつの間にか隣にカルヴァンが来ていた。カルヴァンは鋭く令嬢を睨んでいる。
「いや、その……」
令嬢はカルヴァンの冷たい声にたじろいでしまう。
「私のレリアに理不尽な文句を言うのなら殺してやるぞ」
「まあまあカルヴァン様、落ち着いてください。パラヴィール伯爵家にいた頃よりも遥かに可愛いものですわ。だから殺すのはやめてくださいね」
レリアはふふっと笑いカルヴァンを宥める。
「レリアがそう言うのなら仕方ない。レリアは優しいな」
「ありがとうございます、カルヴァン様」
甘く優しい表情を向けられ、レリアは満足する。
ただいるだけで愛される。レリアは生涯カルヴァンに愛され、ラ・ノートル公爵家の者達に大切にされ、寿命が尽きるまで理想の生活をするのであった。
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こんなヒロインがいても良いのではないかと思っております。




