温度
終電前の駅前、
冷えた空気にぽつんと浮かぶコンビニの光。
コーヒーの湯気、スマホの光、
そして、同じ部屋にいる二人の距離。
その温度は、誰にも測れない。
終電が近い駅前は、昼間の街とまるで違った。
冷たい風が頬をかすめ、
コンビニの光だけがぽつんと浮かんでいる。
ポケットの中で震えた通知は、短くても確かな存在感を持っていた。
スマホを取り出す手が少し震える。
『帰れてる?』
短いメッセージ。
返す指先が一瞬止まる。
やがて打ち込む。
「もうすぐ帰るよ」
既読がつく。
『よかった』
『今日寒いね』
それだけのやり取りなのに、
夜の空気が少しだけやわらぐ。
ホットコーヒーを買う。
紙カップの湯気が、静かな道に溶けていく。
こんな帰り道を、
誰かと共有するようになったのは最近のことだ。
家の前に着く。
ポケットの中でスマホがまた震える。
『今度ゆっくり会おう』
私はその文字を、しばらく見つめる。
玄関のドアを開ける。
部屋の電気がついている。
リビングのテレビの音。
ゲームの効果音。
ソファには、誰かの背中がある。
七年一緒にいた人。
別れたはずなのに、
まだ同じ部屋で生活している。
家賃。
生活費。
引っ越す余裕。
生活だけが、
まだ終わっていない。
私はキッチンに立つ。
コーヒーを一口飲む。
少しぬるくなっている。
背中の向こうでは、
ゲームのボタン音が続いている。
長い時間の中で、
体に染み込んだ夜の音。
ポケットの中でスマホが震える。
『会えるの、楽しみにしてる』
画面の光が、手のひらを照らす。
私はゆっくり息を吐く。
そして短い返信を打つ。
「私も」
送信ボタンを押す。
部屋の空気は、何も変わらない。
テレビの光。
ゲームの音。
同じ夜。
スマホがもう一度震える。
『よかった』
その文字を見ながら、私は目を閉じる。
同じ部屋には、
もう恋人じゃない人がいる。
私はコーヒーをもう一口飲む。
その温度は、もうすっかり冷めてしまっていた。
皆様、珈琲は好きですか?




