二十九 ④
そこからはアッという間だった。
両親への挨拶、結納、結婚、引っ越しなどなど転がるようにすべてが決まり順調に決まっていったのだ。
いろいろと決めることがたくさんあったのだが、意外にも海野君も協力的だった。
のんびりしているけど、決めるところは決める。
そんなところに彼の本質を見た気がして、より彼に惹かれていった。
職場での反応や江国たちの反応はすさまじかった。
多分私は結婚しないと思われていたのであろう。
職場では、誰しもが信じられないとの反応をし、乾さんに至っては冷ややかな視線で、
「あんた、それでいいの?」
と言われてしまった。
なんとも怖い人だ。
泉と井田に至っては、休暇を使って海野君の務めるY市役所に本人が仕事しているさまを確認しに行き、周りの人を捕まえては評判を聞いたそうだ。
ここまでくるとまるで身辺調査だ。
まあ、それだけ私のことを心配していてくれているということなのだろう。
そういう心づかいがこそばゆい。
そんな結婚にまつわるバタバタの中で最も驚いたのが海野君の両親との顔合わせだった。
カルチャーショックというのはこういうものなのかと身をもって感じたのだ。
「それで、久さん。仕事はどうなさる予定ですの?」
ナイフのような鋭い言葉が私をえぐる。
これで何個目の詰問だろうか?
すでに私の評価はボーダーラインを圧倒的に下回っている。
なんのボーダーラインって?
眼前にいる海野君のお義母様から突き付けられている「海野家の嫁の条件」なるものだ。
全部で10あるそうだが、6つ目の時点で私がクリアをしているのはたった2つ。
ある意味、求められてもおかしくない「嫁の条件」だと思うものだが、今更ながらに問われてもしょうがないものもある。
・二十五歳以下であること
・短大以上を卒業していること
・兄弟がいること
・祖父母と生活をしていたこと、
など、ちょっとしたことなのだが、ジワリと品定めをされているのがありありとわかる質問だ。
釈然としないが、そんな想いをグッとこらえる。
なんとも言えない感覚だ。
海野君は、お義父さんと一緒に酒を飲んでいる。
気楽なものだ。
海野君のお義父様も見るからに「しゃん」としている。
このお義父様からどうしたら、ちょっとユルい海野君が生まれるのであろうか?
まあ、可愛がられて育ったからこそのおぼっちゃまというやつであろうか。
「はい。できればこのまま続けたいと思っています」
内心に不安を抱えながらも、本心を隠さずに伝える。
私は、お義母様の目をちらりと見る。
その目が一層細くなるように感じる。
あ、これもダメな奴だ……。
10個すべて終わるころには最終的に何個クリアできているのだろうか?
このままでは結婚はさせてもらえなそうだ……。
だが、ここまで本心を包み隠さず言ってしまったんだ。
だったら、お義母様の質問に合わせることなく、正直に答えようという気にもなる。
そう。
どうせなら、誠意をもって、正直に答えよう。
方便や表面的に取り繕っても仕方ない。
私の想いを伝え、私自身を知ってもらうしかないのだ……。
「はい。これでおわりですわ」
ようやく地獄のような時間が終了した。
多分……、お義母様の期待に応えられる回答は最初の二つだけだったろう。
気落ちし、アタマを垂れる私にお義母様は声をかける。
「久さんといいましたね。正直、ここまで『嫁の条件』に合わないとはびっくりしましたわ。なんていうのでしょう。かなり自由にお過ごしになってきたのですねぇ」
私は背筋がザワリと泡立つのを感じる。
何だろう、お義母様の言葉に険があり、すごみがある。
お義父様と同様、お義母様は、背筋を「しゃんと」伸ばし、私を真正面から見据える。
この二人を前にするとこちらまでしゃんとしなければいけない感じがしてくる。
そして、今、決断のコトバを言い渡される。
それはある意味で私の人生への断罪である。
ここまで生きてきた自分の選択が目の前にいる二人によって評価され、判断される。
それが結婚というもの。
それが家に入るということ。
私はその最後の審判をただ、待つしかなかった。
私たちの間に長い沈黙があった。
先ほどまでお酒を飲んでいた海野君もいつの間にか、座り直し、「しゃんと」している。
お義母様が人差し指で唇をツイと触り、その重い口を開く。
「まずは、ここまでお話を聞かせていただけて、うれしかったわ。非常に個性的な人生を送られてきたみたいですね。包み隠さず、正直に話していただけたことに対して、最大の礼を尽くします。お話をいただき、ほんとうにありがとうございます。さて、うちの雄の嫁になる件ですが……」
その言葉にのどの奥がゴクリと鳴る。
正直、今までの人生の中で最も過緊張する瞬間。
その唇が開かれるのを待つ。
たった二分ほどの時間であっただろう。
だが、私にはこの時間が絞首台へと続く、無限地獄のような長さにも感じる。
お義母様が口が開かれる。
「うちの嫁として認めます。雄のことをお願いします」
そういうとお義母さんは、丁寧にその頭を深々と下げた。
思ってもいないことに私は混乱し、慌てて私も頭を下げる。
「あ、ありがとうございます! これからもどうぞよろでぃくお願いします」
上ずった声で返答をする。
私は、認めてもらえた。
私のこれまでの人生をすべてを肯定してもらえたようで、最高に心が震える。
やった。
ここからだ。
ここから、海野君とそしてお義父様、お義母様との生活がはじまる。
気を抜かず、しっかりとお付き合いをしていかなければ。
そう、フワフワとしたアタマで思考をする。
そこにお義母様から一言がかけられる。
「そうそう。久さん、海野家の嫁としてしっかりと所作や作法は覚えていただきますよ」
その言葉に蕩けたアタマがしゃんとする。
どうやら、そう簡単にはいかないようだ。
(つづく)
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よかったら、つづきも読んでいただけますと嬉しいです。
また、あなたと会えることを楽しみにしています。
白明
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