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ちりぬるを  作者: 白明


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3/11

二十九 ②

 なんとも野暮ったい。

 こういうところが好かれない理由なのだろう。


 私たちは本格的にパートナー探しをするためにも、宮本君の友達を紹介してもらうことにしたのだ。

 宮本君は産婦人科に勤務するインターン生。

 私たちと同じ年齢で、そこそこのイケメンだ。


 背は高く、大きな目と太い眉毛。

 顔の真ん中にはボテっと大きめの鼻が鎮座する。

 なにか運動をしていたのだろう。

 その体はがっしりしており、縦にも横にも太い。

 だが、太っているわけでなく、見るからにモテそうな感じだ。


 だが、結婚対象にはならない。

 なんとなく、私の好みではない。

 彼は、市内の有名私立大学の医学部を卒業した後、私立大学と提携しているこの病院で二年間のインターンを行う。

 

 彼の実家は町の中では大きな産院らしい。

 将来的にはそこを継ぐため、産婦人科を専攻したと聞く。


 この病院には産婦人科業界ではとても有名なドクターである山本先生がいる。

 彼は人格者であるだけではなく、その技術にも定評がある。

 彼が帝王切開(カイザー)を行うとその切り跡は残らないという。


 さらにカイザーで何人も出産する場合、同一個所を数ミリの狂いもなく切開ができると有名なのだ。

 この山本先生の下で学びたいとするインターン生は数多く存在し、全国から集まってきた。


 山本先生の教育は、まさに人を育てるもの。

 その教育はインターンやドクターだけでなく、私たち看護婦、医療技師、医療事務にまで及ぶ。


 「医療関係者はまず人たれ」

 という考え方で、その人間性を徹底的に教え込まれる。

 私が非常に感銘を受けたのが医療者、特に医師に対して投げた言葉だ。


 山本先生曰く。


 医療・臨床においてもっとも頂点に立つべきは、看護婦。

 看護婦は患者にもっとも近く、その声、表情、状況を一番把握することができるからとのことだ。


 次に医療技師。

 彼らの計測、検査なくしては病状などの客観的な評価ができないからだ。

 

 さらには、作業療法士がいなければ、患者さんたちが快方へと向かうことはない。

 さらに煩雑な医療事務を適切に患者さんへ説明し、その手続きを行う方々がいなければ、患者さん、そして病院自体の経営も成り立たない。

 彼らがいることで患者さんたちは晴れて病院から退院していくことができるのだ。


 看護婦、医療技師、作業療法士、医療事務がいなければ、医者は患者に対して適切な判断をすることができない。


 つまり、医者は一人では医療を行うことができない。


 だから、医者は決して驕ってはいけないのだと。

 山本先生はそのように語る。

 

 この話を聞いたとき、医療者はこうあるべきだと私は、衝撃を受けた。

 こういった考えを持てるドクターは少ない。

 むしろ自らを医者なのだからと、ふんぞり返っているもの達が多い。


 こういった意味でも山本先生は素晴らしい先生なのだ。

 宮本君はそんな山本先生の下で頭角をメキメキと現し、現在では産婦人科の医局の中でも中心的な存在になっている。

 このまま行けば宮本君が医局長になることは間違いないだろう。


 しかし、私たちにとっては、宮本君はまだひよっこ。

 先日もちょっとしたトラブルにワタワタしていた姿には正直、がっかりした。

 もう少し、年相応の落ち着きを持ってもらいたいと思う。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 その宮本君が友人を連れてきた。

 高校時代の友人とのことで、実家も近所らしい。


 さらにその友人はY市役所の職員だという。

 地方公務員というもので、私たちと立場は同じだ。

 つまり、お互いに給料がわかってしまう上、休暇などの福利厚生に関してもお互いにわかってしまうのだ。


 これはあまり気持ちのいいモノではない。

 が。

 結婚相手としては悪くはない。


 仕事は基本的に定時で終了し、有給休暇も多い。

 給料は一般の企業と比較して安いが、クビになることはなく、異動などで地方に引っ越す必要もない。


 さらには、退職金が多いというのも魅力的だ。

 給料が少ない分には私が稼げばいい。

 そういった意味では、結婚相手としては、最適なのである。



 だが、宮本君が連れてきた相手は、パッとしなかった。

 海野(うみの)と名乗るその男は、中肉中背。


 大きな二重が特徴的だが、顔の中央にはボテッと張り付いた小さな鼻。

 その瞳が大きいことからも、実年齢よりも若く見えた。

 笑顔の際に浮き出るえくぼが可愛いが、少しとろいように思える話し方はいただけない。


 はじめての顔合わせは、ルーブル美術館に飾られる名画の名を冠したスパゲティ店で行われた。


 私、泉、宮本君、そして海野君の4人での顔合わせとなった。

 はじめての顔合わせでは、当然のようにお互いの仕事や趣味の話が出るもので。

 御多分に漏れず、話す話題の少ない私たちはそうやって時間を過ごした。


 そこで明らかになる。

 彼の薄っぺらさが。


「あ~。趣味ですか~。今は競馬と麻雀ですね~。給料が入るとお酒を飲みに行くか、競馬に行っちゃいますね~。Y市は市営競馬もあるんでほぼ毎日のようにできるのがいいところですねよ~」

 こいつ。

 ダメな奴だ。

 お金や生活に関する考えがまったくなっていない。

 同じ年齢であるはずなのにこの感覚はちょっと幼さすぎる。


 これでは例え公務員であっても結婚相手として選択することはできない。

 そう思うと、この食事会に対する想いが一気に覚めていく。

 隣に座る泉も多分、同じ思いであろう。

 先ほどから髪先をクルクルと指で繰っている。

 彼女が飽きてきているときにする行動だ。

 あぁ、これはなかったな。と独り言ちる。


「で、君に連絡をしたい場合は、どうすればいいのかな?」

 海野君が聞いてきた。

 え? 私に?


 普通に考えれば私ではなく、美人の泉に連絡先を聞くのが順当のはずだ。

 これには少し驚いた。

 戸惑う私に泉は、見えないところで私を肘で打つ。


 まったく、この状態はいったいなんなのだ。

 私は渋々、コースターの裏側に自宅の電話番号を書く。

 果たしてこれは冗談なのか、それとも社交辞令なのか。

 まったく。難解だ。



「山中ちゃん、結構いいんじゃないの? 彼、結構かわいい顔をしていたし!」

 帰り道に泉が聞いてくる。

 彼女はツンと高い鼻を二度指で叩いた後、話はじめた。

 その仕草がなんともスタイリッシュに見えるのは彼女の容姿があるからだろう。

 私が同じことをしても鼻先が痛いのかと言われそうだ。

 私は、半分俯き、重々しく答える。


「ん~。なんかちょっと違うんだよね~。 お金や生活の感覚が違うような気がするし、ちょっと軽薄そうに見えるんだよね~」

 私は本音で応える。

 生活やお金の感覚はどうしても譲れない。

 ここをしっかりと共有していないとこれからの長い生活を過ごしていくことはできない。


「え~。いいじゃない。宮本君の話だと、彼ってかなり仕事ができるらしいわよ。それに実家もお金持ちなんですって~。うまいこといけば、玉の輿になるかもよ~」

 泉は歩調を早め、軽くステップを踏む。

 そんな姿さえも小粋に見えてしまうのは、彼女の特権だろう。

 それにしても、彼から感じるちょっとしたトロさは、お坊ちゃん育ちだからだということか。


 そうであれば、納得できる。

 しかし、お金のことに関しては、曲げられない。

 例え実家がお金持ちであったとしてもお金の管理がしっかりできなのは、いただけない。

 もし、彼と付き合っていくのであればしっかりと教育する必要がある。


「ん~。そうだね~。要検討ってところだね~。いろいろと思うところもあるからね。はあ、泉は美人でいいよね……」

 疲れついでに少しだけ皮肉を言ってみる。


「なにそれ? 皮肉? 海野君は完全に山中ちゃんしか見てなかったよ。あ~あ、私にもいい人いないかな~」

 泉はまたクルリとステップを踏む。


「まあ、何か進展したら教えてよ! 私も相談に乗るからさ!」

 帰り道に夕日が差す。

 私たちの影が、長く、細く伸び、ビルの谷間に融合していくのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 この状況は一体どういうことなのだろうか?

 私は海野君と二人っきりなのだ。

 海で、夜で、水着で。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 時間は少し遡る。

 海野君から連絡があったのははじめての食事から一週間ほど後だった。

 電話口の彼はとっても疲れているようで、


「そう。そういえば週末はあいている?」

 と、話を切り出された。

 たまたま休日と重なっていたため、軽く返事をした。


「宮本とか、他の奴らも一緒なんだ。海でバーベキューを楽しもう」

 その言葉に少しだけ胸が躍る。

 この年齢になってようやく若者らしいレジャーを楽しむことができる。

 思えば、看護専門学校に入った時からの約10年間、今までレジャーらしいレジャーはしてこなかった。


 話を聞く限り、いつも一緒にいる江国や泉、井田も一緒にいくことになっている。

 同じ病棟である井田は休みだったろうか?

 まあ、みんなで出かけるのも久しぶりだ。

 私たちが四人ということなので、多分、先方も四人なのだろう。


 やるな。

 海野君。

 私は、申し出を受け入れ、早速、手帳の日付に丸を書き込んだ。



 私たちは車2台に4人ずつ乗り、海へ向かっていた。

 私と井田の乗った車は、海野君の車だった。

 もう一つの車には、江国と泉。

 多分、車内は相当うるさくなるであろう。


 コンパクトなサイズのイギリス車。

 意外と多くの荷物が積込めたので、使い勝手はいいのだろう。

 競馬や麻雀が好きと言っていたのに外車に乗っているとは、本当にお坊ちゃんなのだと思う。

 結婚を考えた付き合いをしていくのであれば、このあたりのことはしっかりと考えていかなければならないと思う。

 まあ、結婚を考えたのであれば、の話だが。


 車内での話は結構盛り上がり、楽しかった。

 宮本君と海野君はどうやら高校が同じだけというわけではなかった。

 同じ商店街に住んでいたらしく、相当に幼い頃からの付き合いだそうだ。

 

 二人のやり取りはまるで兄弟のようなものだった。

 宮本君もそれなりに忙しいため、二人が会うのは久しぶりらしく、高校の頃の話などにも広がっていった。


 そのあいまあいまに、海野君は私たちへ適度に話題を振ってくれる。

 出身はどこなのか?

 好きな食べ物はなにか?

 休日はどんなことをしてすごしているか?


 なんとも当たり障りのない話であるが、相手の情報を少しずつ聞いていく内容としてはとてもいい。

 それに車内では、直接に相手の顔を見なくてもいい。

 運転を海野君、助手席に宮本君、後部シートに私と井田という配置は、より話を促すものだった。


 海に到着する頃には、私たちは海野君の家族構成から趣味の話、そして大学卒業後も司法試験を続けていることを知った。

 チャランポランなのか、真面目なのか、はたまたただのお坊ちゃんなのか、わからなくなってくる。


 横に座る井田は、海野君の容姿が気に入ったらしく、海野君の話にいい反応を示していた。

 井田よ。

 海野君と付き合い、結婚するとなると大変だぞ。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 神奈川県の端に位置する海岸沿いの別荘地。

 夏場には人で賑わうであろうこの場所は、初夏ではまだ人もまばらだ。

 しかし、運のいいことにここ数日は、まるで夏のように熱い。


 私たちは、海野君の別荘に到着するなり水着に着替え、海に走り出していた。

 海野君のお父さんが所有しているらしいその別荘は、最初のうちこそ、かび臭いにおいがしたが、部屋の空気を入れ替えると磯の香りで満たされた。


 親が別荘を所有しているとか、どういう感覚なのだろうか?

 海野君と結婚する女性はいろいろと大変になるのだろうなあと独り言ちる。


 海水温はすこし冷たいくらいだったが、今日の日差しを考えると、あまり気にならなかった。

 私たちは遠泳したり、スピードを競ったりと、とにかく泳ぎまくった。


 意外と細く見えた海野君は筋肉質の体をしており、逆に宮本君は腹が出ていてかなり残念な体だった。

 もちろん泳ぐのも大変そうだった。

 医者の不養生とよく言うが、ここまで体現をしてくれるとは。

 ここまでくるとすがすがしい。


 他の二人?

 まったく印象や記憶に残っていない。

 確か、どこかの大学で助教授をしているとか、メーカーの営業をしているとか言ってたっけ。

 それだけ興味がないってことだ。


 とことん泳ぐまくり、私たちは浜辺でビーチバレーを楽しんだ。

 正直ここまで体を使ったのは、専門学校での体育の授業以来だ。

 約十年ぶりの運動に体は明日、悲鳴を上げることだろう。


 そんな中、最初から最後まで元気だったのが泉だ。

 さすが体を鍛えているだけある。

 そしてあの胸の大きさ。

 同性の私でさえ、目のやり場に困ってしまう。

 あの体を保つために一体、どれだけの努力をしているのだろうか?

 正直、恐ろしくなる。


―――――――――――――――――――――――――――――――――


 十分すぎるほどの運動の後は、待ちに待っていた食事の時間。

 水着のままBBQができるなんて最高だ。

 そしてビールも楽しめる。


 別荘のテラスに設置されたバーベキューグリルに持ってきた肉や野菜を鉄串に刺し、焼いていく。

 肉が焼け、動物的な香りが食欲をそそる。

 昼食もそこそこに泳ぎはじめたので、空腹はすでに最高潮だ。

 それをより刺激するかのように暴力的な肉の焦げるにおいはさらに私を空腹にする。


「さっあて! 焼きあがったし、たべますかぁ!」

 江国はそういうと早速、鉄串をつかみ、肉を頬張る。

 次々に皆が鉄串に手を伸ばしては、かぶりつき、ビールをあおり、またかぶりつく。


 最初のうちは誰しもが話をすることを忘れ、ただ無心に頬張り、飲む。

 あれだけ体を動かしたんだ。

 みんなお腹が空いていないはずはない。

 一呼吸がおかれ、ようやくに話がはじまる。


「え? 井田さんも俺たちと同い年なの? すっごく可愛いから年下だと思ったよ~」


「泉さんって、キレイだから付き合ってほしいってよく言われるんじゃない?」


「江国さんが内科って、イメージないなぁ」

 などなど、所々で話に華が咲く。

 ここに集まる誰しもがそれなりの年齢だ。

 積極的に交流し、相手の情報を聞き出し、パートナーとして適格かどうかを見定めていく。


 小さな会話の端々からお互いが、お互いの品評をする。

 皮膚がヒリヒリとするようなきわどい状況であることが、和やかな雰囲気の中にあるとはなんとも滑稽だと感じる。

 いや。

 実際に皮膚は日焼けでヒリヒリしているのだが。


「よっ! 飲んでいる~? 今日はかなり楽しかったよね~! それにしてもみんな張り切りすぎ~」

 海野君がビール缶をもって近づいてきた。

 日焼けなのか、お酒に酔っているからか、その顔が赤い。


 日焼けをすると赤くなるタイプなのだろうか。

 そういえば、肌は白かったっけな。


「みんな結構、仲良く話しているな~。とか思ってさ。私、自分から話しかけるのとか、苦手で……」

 私はビールのプルトップを引き抜き、ごみ箱に投げる。

 あっ。外れた。


「へぇ~。意外だなぁ。優秀な婦長さんって聞いているから、話すのも得意だと思ってたよ~」

 海野君がビールをペロリと舐めるように飲む。

 うん。

 結構お酒は強いらしい。


「婦長への昇進だって、私が希望したものじゃないのよ。私はもっと勉強がしたかったのに、先輩に推薦されちゃってね。気づいたときには病棟の婦長になってたわ」

 少し酔っているからか、愚痴がするりと口からこぼれる。

 そんなに愚痴を言う方ではないのだが、今日は少し饒舌になる。


「看護婦の世界もいろいろあるんだな~。ま、役所もあんまり変わんないけど。あれ、もうビールないじゃん。宮本~。ビールまだあったっけ~?」

 海野君は立ち上がり、盛り上がっている泉と宮本君のもとに駆け寄る。


 あぁ、結局、今回もうまくみんなと絡めなかったな……。

 こんなんじゃ、結婚はいつになるか、わかったもんじゃぁない。

 そんな自分に失望していると海野君がもどってきた。


「ビールないって。じゃあ、行こう」

 その手のひらを広げて差し出してくる。


「え? なに? 行こうって、どこへ?」

 戸惑う私は言葉が続かない。


「大丈夫。いいから行こう!」

 そういうと海野君は私の手を引き、無理やり立ち上がらせた。


「夜で冷えているかもしれない。軽く羽織っていこう」

 そういう海野君は強引だ。

 私はパーカーを羽織り、サンダルをつっかける。


「十分ほど歩いたところにスーパーがあるんだって。まだこの時間ならやっているそうなんだ! 一緒に好きなものを選んじゃおうぜ!」

 こういうところだ。

 楽観的で強引。

 何も考えていないような雰囲気なのに、意外と気を遣ってくれている。

 なかなか場の雰囲気になじめない私を連れ出してくれようとしているのだろう。


「うん。じゃあ、ビーフジャーキーも買っちゃおうか!」

 私の少し上気した体が夜の闇に溶けていく。

 つないだ右手が、熱かった。


(つづく)

――――――――――――――――――――――――――

お読みいただき、ありがとうございます。

よかったら、つづきも読んでいただけますと嬉しいです。


また、あなたと会えることを楽しみにしています。


白明

――――――――――――――――――――――――――


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