第六話 この世界は、救うために作られていない
――意識が、深く沈んでいく。
目を閉じているのに、
無数の光景が流れ込んでくる。
戦争。
疫病。
飢餓。
滅び。
そして、そのすべての上に――
選択肢が浮かんでいた。
A
B
C
D
「……ここは……」
俺の声は、どこにも響かなかった。
『仮管理者レイ』
管理者の声が、以前よりも近い。
いや――違う。
距離が消えた。
『あなたは現在、
世界基盤の内部に接続されている』
「……中?」
『神が、この世界を作った“場所”』
景色が切り替わる。
そこにあったのは、
空でも大地でもなく――
巨大な演算装置だった。
無数の世界線が、枝分かれし、
失敗した世界が、次々と破棄されていく。
「……これ、全部……」
『シミュレーション』
管理者は、淡々と告げた。
『神は、創造主ではない』
「……は?」
『神は、
“観測者”であり、
“試験者”だった』
俺の思考が、追いつかない。
「じゃあ……世界を救えっていうのは……」
『命令ではない』
『課題だ』
背筋が、冷たくなった。
『この世界の本当の目的は』
一拍、間を置いて。
『人間に、正しい選択ができるかを試すこと』
「……ふざけるな」
拳が、震える。
「人の命を使って、テストしてたって言うのか……!」
『肯定』
否定も、躊躇もない。
『神は、
“最適解を選び続けられる存在”を探していた』
「最適解……?」
『多数を救い、
少数を切り捨てる判断』
『感情を排し、
合理を選び続ける意志』
俺は、はっきり理解してしまった。
「……神が欲しかったのは」
唇を噛む。
「救世主じゃない」
『そう』
『管理者候補だ』
――だから。
英雄は、
必ず苦しい選択を迫られる。
――だから。
「彼女を救う」選択肢は、
必ず“間違い”として用意されていた。
「……最初から、詰んでたんだな」
俺が、呟く。
『はい』
静かな肯定。
「じゃあ……」
俺は、問いかける。
「俺がBを選んだのは……」
『システム上は、失敗』
『しかし――』
管理者の声が、わずかに揺れた。
『観測不能な挙動が発生した』
「観測不能?」
『感情による選択が、
世界基盤を部分的に再構築した』
「……は?」
『本来、
この世界は“回復しない”設計だった』
『しかし現在』
【世界安定率:微増】
『あなたの行動は、
神の想定を超えている』
その言葉に、
胸の奥が、ざわついた。
「……じゃあ、神は間違ってたのか?」
『断言はできない』
『だが、一つだけ言える』
管理者は、俺を“見た”。
『神は、
“正しさ”しか見ていなかった』
『あなたは――』
『間違いの中にある意味を選んだ』
その瞬間。
俺の脳裏に、
リリアの泣き顔が浮かぶ。
カインの憎しみ。
生き残った人々の恐怖。
「……全部、無駄じゃなかったのか」
『未確定』
『だが』
管理者は、続けた。
『この世界は現在、
“試験場”から逸脱しつつある』
「それって……」
『神の目的から、
外れ始めている』
つまり。
この世界は――
自由になりかけている。
だが、その代償は。
『仮管理者レイ』
『あなたの存在は、
神のシステムにとって“異物”だ』
『いずれ、
修正対象になる』
「……消される、ってことか」
『高確率で』
俺は、目を閉じた。
怖くないと言えば、嘘になる。
でも。
「……それでも」
目を開く。
「誰かを犠牲にする正解より」
俺は、言い切った。
「間違ってでも、
人を選ぶ世界のほうがいい」
管理者は、沈黙した。
そして、初めて。
『……記録する』
『この世界を』
『“失敗作”としてではなく』
『“観測継続対象”として』
視界が、現実へ引き戻される。
リリアが、俺の胸にすがりついていた。
「……レイ! よかった……!」
カインが、険しい顔で言う。
「何を、見た」
俺は、静かに答えた。
「この世界はな」
空を見上げる。
「最初から、救われる予定なんてなかった」
そして、続けた。
「……だからこそ」
「俺たちで、救う意味がある」




